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社長日記

2009年02月22日

一週間の日記 2月16日から2月22日まで



左上に出てくる「深呼吸するブログカード」の劇場は「こちら」です。

2月16日(月)
◇GMの破綻はトヨタの売り上げ減とは違う。この問題をちゃんと取材して報道したのは、僕の知る限りNHKだけだ。GMは、高級車を売るために、不動産と同じ低所得者向けローンで売って、その債権が証券化されていたということだ。サブプライム問題が住宅だけではなくて、自動車産業にも波及していたということだ。サププライム問題が起きた時に、あるアメリカの投資家が、アメリカに原爆が落ちてその大地は100年間、汚染されるだろう、と言ったが、まさにその状況だ。グローバル・ビジネスが成立しなくなる、という状況を踏まえて、日本は、新しい生存装置を構築しなくてはならないだろう。旧来型の政治家やビジネスマンは、この不況が一過性のもので、再び揺り戻しのようなバブルがやってくると思っているのかも知れない。それはもう来ない。来るとしても100年後だから、今の時代の人間は誰もいない。なぜこんな事態になったのかという分析と、これからの社会デザインとコンセプトをまとめなおす必要があるな。周平、頼むぜ。

◇八戸で仕事があるので、早めに東京を出て、二戸から金田一温泉へ行く。岩手のひなびた温泉で、じゃらんにも登録されてない温泉旅館。平日ということもあり、広々とした旅館で宿泊客が僕ひとりのようだ。岩風呂独占。部屋は学生時代のアパートのようなものだが。なんかいい。持ってきたノートに、ランダムに構造図を書く。旅行の最中に深呼吸する言葉を書くことが多かったが、今回はなぜか「言葉」ではなく「論理」が頭に浮かんでくる。言葉が出る時は論理のことは忘れ、論理を描く時は言葉そのものは不要。今年は日本中を回ることにしている。

◇岩手の駅でお土産屋をのぞくと、やたらと雑穀を使ったお菓子などが多い。岩手はいつの間にか雑穀王国になったのか。大谷ゆみこの功績が大きいね。彼女が未来食を言い出した頃は、雑穀を栽培していた農家なんか、ほとんどなかった。もう10数年前だな、大谷さんが学芸大学の事務所で徹夜で本の校正してたのは。夜食に雑炊を作ってくれた。

2月17日(火)
◇岩手の小さな町をしばらく歩いてみる。寒くて人がいない。道路だけは立派だが、通っているのは流通や工事の仕事関係の車。そりゃそうだ、道路は遊ぶためのものではないのだろう。小さな村落を通過していくだけ。雪国の舗装道路は、しても滑って歩きにくい。いろんなことを考えながら、青い森鉄道に乗って八戸へ。

◇ホテルに相模くんが迎えに来てくれて、八戸ニューシティホテルに向かい、谷口板長さんに「虎鯖棒すし」などをごちそうになる。絶品である。相模くんや板長さんは、昨年の「ドラマで泣いて人生充実するのか出版パーティ」に、一同さんで参加してくれて、八戸の酒と料理をふるまってくれたので、知ってる人もいるでしょう。あの味です。わいわいと橘川がやってること、考えてることをネタに楽しい時間が過ぎる。

◇携帯でメールをチェックすると、楽しみにしていた作業のラフが仕上がってきた。東京に帰ってから、ゆっくりチェックしよう。

2月18日(水)
◇八戸はちょうど、「えんぶり」という祭りの最中。来るまで知らなかったが(笑)。外国人もちらほらいる。日本の祭は世界的なコンテンツなんだろう。町中をしかし寒い。


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▲男性の頭にある烏帽子のようなかぶり物。重たそう。これでマキシマムホルモン並みのヘッドバンキングをやらかす。首を痛めるだろうな。

◇八戸市役所で、オデコのセミナー。今回は、同志社大学の「プロデュース・テクノロジー」の実施。体系化された思考と、関連する情報が面白くて勉強になった。

◇夕方、終了。本八戸をうろうろしながら、新幹線の八戸駅へ。熊本も新幹線の駅前は何もなくて、繁華街から遠かった。八戸も本八戸まで遠い。新幹線は町が栄えたあとに出来たので、大都市以外は土地を確保しやすい郊外に作られた。いろいろ政治もあるのだろう。つなぐ電車は一時間に一本。これでは新幹線が来年暮れに青森まで行ってしまえば、八戸はさびれるな。町を歩いてみたけど、一歩裏側に行くと廃業した飲食ビルが多い。デパートの一階にCHANELが入っていても、地下の食堂街は閉鎖されている。ローソンやモスバーガーだけが、見せかけの若さを見せている。町が老衰化していく。このままだと、やがて日本そのものが老衰する。

◇東京まで3時間で帰京。

2月19日(木)
◇朝、早くに市ヶ谷で教育関係者と待ち合わせをして、ファイアサイドへ行く。シンクライアントの説明を受ける。とても可能性のあるシステム。

◇そのまま、神田外語へ向かい、佐野さんから「ブリティッシュヒルズ」の説明を受ける。神田外語は、いろんな面白い取り組みをしてるんだな。近くのカレー屋さんのカレーでランチ。おいしい。

◇山下卓が合流して、ミーティング。山下くんの兄貴が東大で宇宙素粒子の研究をしていて、リニアコライダー推進しているので、その件。兄貴は、都合悪くて会えなかったが、近いうちに会うだろう。

◇ハードな一日が終わって、神田駅前の居酒屋へ。ビールをコップ一杯だけ飲む。なんだか「のんびり」と「せわしなさ」が同居してるような今週。

◇博報堂で出してる「広告」という雑誌の次号に、僕の原稿というか、インタビュー記事が掲載されている。昨年「森を見る会」で講演した内容をまとめたようなもの。本屋さんで覗いてみてください。

2月20日(金)
◇午前中、来客があってミーティング。なんだか、人に会えば会うほど、やるべきことが増えそうだ。

◇午後からフレンドリーの後藤くんが来社。久しぶりなので、いろいろ相談。サークルサイトをなんとか発展させたい。

◇夕方、後藤くん、カミさんらと食事しようと思ったが、どうもバテたみたいで一人だけ帰る。でも帰ってからモンハンやってたが。

◇サンマイクロの坂井くんから電話がある。退職したんだそうだ。知らなかった、びっくり。坂井くんは、一番の古株になってたのに。これで、僕の知り合いはいなくなったな。サンは僕とって外資のリクルートみたいな感覚だったが、みんないなくなる。

◇FACTAの最新号が届く。内村剛介さんの追悼文を桶谷秀昭さんが書いている。学生だった僕にとって、この人たちはとても堅い壁であり底を感じることも出来ない井戸であった。ニセ学生になって東洋大学に桶谷さんの授業を聞きにいったこともある。内村剛介さんと石原良郎さんの存在は、誰よりも戦争と戦後というものの意味を突き付けてきた。戦争の内臓ともいうべき精神に触れることは、特に若いうちに必要な体験だと思う。

2月21日(土)
◇神保町で「みんなの学校」。滑川がクラウドコンピュータの説明をしてくれたが、なるほどと思うことがいくつか。「みんなの学校」は、現在、運営準備中だが、オンブックの「出版セミナー」や、滑川たちの「IT英語講座」、山北さんの「企画書作成講座」など、身になる講座企画を準備中。橘川の「リアルテキスト塾」もね(笑)。この場所で、スタイルを確立して、全国に出前講座として持っていけるようにしたい。

◇毎月、第一、第三土曜日は、「みんなの学校」にいますので、橘川に相談ごとのある方は、基本的にこちらへ来てください。おっと、3月の1週目は、北海道に行くので橘川は留守だ。正式なサイトも準備中なので、しばらくお待ちください。

◇スターウォーズ見て、寝る。

2月22日(日)
◇おだやかな日曜日。今週の日記は書くのに時間かかった。長さはいつもと変わらないのに。

◇春にデメ研フェスタを計画。また、いろんな趣向で企画しますので、ご期待を。

2009年02月15日

一週間の日記 2月9日から2月15日まで

2月9日(月)
◇武蔵小山の平和通り商店街に行ったら、もう蚕豆が出ていた。早いな。暖かい冬だからかな。ゆでたてはおいしい。

◇高原さんが来社。高原さんは元弁護士で、インターネットがはじまった頃に無料相談サイトをつくった人。80年代からベンチャークラブで活動していたので旧知の仲。今は弁護士を辞めて悠々自適。僕より年下だが。小柳くんも合流して、近くの居酒屋「兆八」へ。

2月10日(火)
◇恵比寿のガオへ。相変わらず面白い開発をしている。アメリカには、いろんな実験サイトがあるらしく、照井が教えてくれたのは、Webカメラで自分を映すじゃないですか。その画面にフラッシュで雪が降るわけです。その降ってきた雪が、人間の肩のところとか鼻の頭に積もるんだな。照井の説明では、画像の色彩の境界を認識して処理しているらしい。その他、いろいろ見せてもらった。新しいものが登場してくるところだけが、僕らの未来だ。

◇恵比寿に来たのでメタブレーンにも寄ってみる。太田さんとおしゃべり。いろんなところにアジトがあって、いろんなところに同志がいる。心強きかな。

2月11日(水)
◇林試の森が整備されて10年くらいたつ。目黒区と品川区の間にある都立公園で、都は最初、目黒公園にしようとしたが品川区の反対で、昔の名前に戻る。整備される前は古びた廃屋みたいな建物もあり、悪がきのたまり場になったり、映画のロケに使われたりした。公園の周辺は軽工業の工場とか古いアパートが並んでいたが、最近続々と高そうなマンションが増えた。縄文から江戸まで、川の南側台地が、高級住宅他だったと思うが、今は、都市の公園の周囲なのか。土と緑が資産価値になる時代だな。林試の森に入ったら、なんか桜が咲いてるぞ! なんのこっちゃ。これ、桜だよな。お花見はどうなるんだ。不動通りの「にしむら」で鰻を買う。

◇ドラマで泣いて、の本を出して一年近くなる。予想以上に売れなかった(笑)。でも、Mixiのレビューコーナーには、53本のレビューが並んでいる。ほとんど面識のない人たちばかりで、レビューがのるとマイミク申請したので、つながりがたくさん出来た。これ以上に何の報酬を望むものか。レビュー(反応)してくれない人がどれほど多くいようとも、たった一人でもちゃんと反応してくれる人が確認出来ることの方が嬉しい。これはやせがまんではなくて(笑)本当にそう思うんだから仕方ない。新宿ビレッジバンガードでは、1年前の新刊なのに、まだ平積みしてくれている。これも、店長さんのレビュー(反応)の一つだと思い、感謝。

◇とゆーことで、新刊用の1008本を整理した。1冊目が売れたら、年4冊ぐらい出そうと、バジリコさんとは話していたのだが(笑)その構想も砕け散ったので、もういちど、スタートしてみる。橘川くん、コミュニケーションを、あきらめないことだけが取柄です。

2月12日(木)
◇ロッキングオンの会議。今日から、僕と市川とのコンビで出席することに。

◇午後からオンブックの会議。そのあと妹尾さんも参加して、いろいろ作業調整。FACTA・阿部さんの「有らざらん 2」がもうすぐ出る。出版パーティを企画しよう。

◇夕方、菅原くんが来社。打ち合わせ後、カミさん交えて3人で「庄屋」へ。先日の林試の森で桜が咲いてたという話をしたら、カミさんが「それ緋寒桜じゃないの」と言われた。そうか、こないだ奄美大島で見てきたばかりだ。学習してないな。

12月13日(金)
◇Mixiの日記で演説風の日記を書く。時々、こういう文章を書きたくなる。

「日本企業の自動車の生産台数は、昨年度で11,563,629台。昨年の夏をピークにして下がり続けている。今年は、もっと下がるだろう。

 僕の感覚が正常であれば、自動車会社が低燃費のエコカーを開発してベストセラーになるより、自動車の生産高が3割落ちる方が、どれだけ地球環境に貢献するかと思う。これは家電でもハリーポッター(笑)でも同じ。ユーザーニーズには適正な限度と範囲というものがあるのであって、そうした限度を突破する者ができるビジネスマンとして評価されてきた。範囲を自覚した上で、きっちりとしたコンテンツ(商品)を開発するものが、大人の社会人というものだ。今は、餓鬼の経営者から大人の普通の感覚を持った経営者への移行期だろう。(この辺については拙著「暇つぶしの時代」参照)

 問題は自動車の売上が3割さがるということは、その産業で生活の糧を得る人間が3割不要になるということであるということだろう。切られた人が、国や企業に請願したり要求したりすることが、僕にはよく分からない。国は何も生産していない組織だから、国に要求すれば国はそれを実施した人として、そのコストは要求した人に返ってくる。国に対する要求を出来るだけおさえることが、小さな政府にするための最大の方法だと思うのだが。

 国や企業に見捨てられら、それはむしろ千載一遇のチャンスではないか。国や企業に頼らないで生きる方法を探すべきである。そうした行動をした人とだけ、僕は付き合いたい。組織は僕らが生きていくための方策であり道具である。そのようなものに生身の生きた人間が従属したり期待したりすることはない。一人の生身の人間として進む人とだけ、僕は一緒に歩いていきたい。

 日本の現下の最大課題は景気回復ではない。外交である。キャノンの御手洗さん経団連の会長になる前の絶頂期に社内でこういう演説をしたという。「キャノンは世界ネットワークを完成した。どこの国の為替が落ちても他の国で対応できる。キャノンは絶対に潰れない」と。しかし、どれだけリスクヘッジをしても世界が同時に不況に陥るとは考えていなかったのだろう。世界中の経済構造が同時に崩れている。強欲金融資本主義を牽引した最先端のアメリカが一番傷が深い。バブル時の一番の甘い果実を食べたものが、バブル崩壊後の苦しみを味わう。しかし、アメリカは以前として世界最大の軍事国家である。

 一度、金融バブルの崩壊を味わっている日本は、相対的には世界同時崩壊の傷が少ない方だと思う。普通に考えれば、台風が来て村落が潰れて自分の村に餓死者が出るような自体になれば、台風の被害をまぬがれた近隣の村落にある食糧を狙うだろう。現代は原始時代ではないので、合法的に、政治交渉で、日本の富を狙いにくるだろう。ヒラリーが日本に来る時に小沢一郎との会談を要求しているというのも、狙っているものが明確だからだ。

 景気対策などはすぐには出来ない、まして世界同時不況の中で、輸出で成長してきた日本経済は、自社の努力だけでは、いかんともしがたい事態なのである。それよりも、今、残っている資産をどうやって外国の恫喝や誘惑から守るか、が最大の課題である。

 それなのに、麻生太郎は就任早々、IMFに10兆円の資金導入を決めてしまった。それも官僚たちが懸命に「金額を明示しないように」と、いさめたのを振り切って、独断で決めてしまった。IMFは、今回の世界同時不況の犯人の一味だぜ。今は、どんなに世界中に批判されようと、自分の巣を守ることの方が国のトップの役割だ。麻生太郎の最大の過ちは、自分が一番得意と思っている外交にある。

 しかし、では小沢さんでアメリカと戦えるのか、というのも不安がある。金丸さんは国内勢力に対してはこわもてでドスがきいていたけど、アメリカで出てきたら、すっかりしょぼんとしてしまったことがあった。その感じがしないでもない。それは、国家の中枢にいたものほど、アメリカの本当の恐ろしさを知っているからだ。

 それは、日本郵政の西川さんが、企業社会ではこわもての「最後のバンカー」だが、国に対してはびびりまくっているのと似ている。銀行にいると、監督官庁に対しての恐怖感は尋常ではない。NTTがいまだに総務省を恐れているように。こういうのは、市井の庶民には分からないものだろう」

◇亀ちゃんが昼間きて、ランチしつつ打ち合わせ。Mixiの日記を読んだらしく「どうしたんですか、いきなり演説して」と言われる。来期の動きについて打ち合わせ。いろいろ企画書を書かないと。

◇カミさんは宝塚に。夕方、0.8秒の二人がやってきて、わいわいと。まりかちゃんから手作りチョコレートもらう。カミさんも帰ってきて、萌も交えて、連日の庄屋。年を取るとは、若い子と話すのが楽しくなることである。

◇0.8秒と衝撃の音はこちらで。23日にライブがある。ロックはカッコよくないとダメだが、ロックのかっこよさとは、それが分からない人にはなかなか説明しにくい。現在、CD制作中。生まれて初めて(と言うと、みんな不思議そうな顔をするが)ライナーノーツを書いた。

12月14日(土)
◇なんかスゴく暖かいねぇ。カメラを持って散歩。

◇博多から松島凡が電話。博多で緒方さんたちと飲んでるようだ。凡は最近、テレビ電話してくるから面倒くさい。部屋の散らかってないところをバックにしなくてはならなかったり。

12月15日(日)
◇日曜日は朝からお風呂に入って、何も考えない時間がうるわしい。今年、やるべきことはだいたい見えたので、あとは何も考える必要もなく、現実に反応していくだけ。体力が持つかな(笑)。

◇テレビで公務員試験を受ける大学生が出てきて「安定した仕事なので選択しました」みたいな発言。昔からいるけどね。自分の選んだ仕事が、他人よりメリット大きいと思うことは、その分、他人を押しのけたことになるんだ。いやな選択だし、いやだと思わないことが、とてもいやだ。もちろん現実には、そんな公務員ばかりではないのだけど、一部のものすごく頑張ってる公務員が、たいはんの安定だけを希望する公務員の生活を支えてる、というのも現実だろう。

2009年02月08日

一週間の日記 2月2日から2月8日まで

2月2日(月)
◇鹿児島のお土産を事務所のみんなに配る。東京で買えない地域のお土産って難しい。

◇夜、司法書士の方に来ていただき、ODECOのNPO化で相談。昨年の法改正で一般社団法人とか、またまたいろいろ出来てよく分からないが、とりあえずNPOへ。特定非営利活動促進法は山岡義典さん(日本NPOセンター代表理事)が中心になって政治や官庁に働きかけてスタートした。その前夜あたりの時期に、山岡さんと林雄二郎さんと僕は「生活情報論」という本を作っていたので、山岡さんがとても忙しそうにしていたのを見ている。山岡さんたちの思いを実現しているNPOがどれだけあるか分からないが、僕らも僕らのやり方で追及してみようと思う。

◇周りの人間からは、デメ研自体がNPOだろ、と言われる。確かに、「Nonprofit」なことばかり一生懸命やってしまう(笑)。デメ研の最初のパンフレットには、業務案内として「儲かる仕事」「儲かるかも知れない仕事」「儲からなくてもやらなくてはいけない仕事」の3本柱で行く、というようなことが書いてあった。星さんが苦笑していたっけ。

2月3日(火)
◇自分の部屋にテレビが来てフレッツテレビの工事。なるほどなるほどと、いろいろ発見。

◇小泉吉宏くんから「一秒の言葉」の書籍化されたものが送られてきた。これはロングテールのプレゼント本になるだろう。ロングテールのコンテンツ、今、必要なのは、そういうものかも知れない。

2月4日(水)
◇橘川くん59歳の誕生日。20歳の時、30歳まで生きるとは思わなかった。30歳になった時、死ななかったが世界が少し変わった。20代にやっていた仕事をすべて辞めて、自分の部屋にあった本とレコードを、若い連中を集めて、すべてあげてしまった。すっからかんになって30代からの自分をゼロからはじめた。30歳の時、60歳まで生きるとは思わなかった。さて、このあとどんな世界が待っているのか。とりあえず、僕の人生のサイクル(第一期20歳まで、第二期30歳まで、第三期60歳までというサイクル)の終わりの一年。走ります。

締め切りのない人生は退屈だ。

◇お台場へ行く。両親がお台場に住んでから13年が経つ。最初の住民だろう。親父は自治会長をやったり、内閣府の生活達人に選ばれたりした。男は仕事やめると友だちを作れない、というが、親父についてはそんなことない。親父はワープロ打てるので、自伝をまとめるように依頼。母親がサザンオールスターズのファンで、桑田くんの一人紅白のテレビ番組の新聞広告を切り抜いてあった。だけどあれスカパーか何かだろう。DVD出たら買ってやるから、と。

◇お台場に来るたびに海浜公園の空を見に来る。ここは海に浮かぶ島なんだ。朝も昼も深夜も、お台場の空の下ははスピリットプレイス。

◇大手町のオアゾに行って、本を探す。本屋で本を探すのは、エンターティメントを探すのではなくて、実用書だな、これは30歳の頃にはっきりとそうなった。生活の実用もあるし、仕事の実用もある。

◇話題の漢検へ(笑)。グローバルみらい塾の松崎浩さんと渥美育子さんに会う。渥美さんは、グローバル教育について豊富な経験とユニークなメソッドを開発している。こういう人たちに会い続けることが、僕の仕事だ。

2月5日(木)
◇ロッキングオン会議。橘川・小林・市川昌浩。市川くんが今回から参加して、来週からは橘川と市川とで会議に参加することになる。市川がロッキングオンの読者として知り合ったわけだから、なんとも不思議な時間軸。

◇オンブック会議。いろいろ体制の組み直しが必要。インターネットの動きはこれからのビジネスモデルにとって、最大の参考書だ。

◇菅原くん来社。育成中。

2月6日(金)

◇昔、「面白貼紙協会」をやっていた仁上さん。今は図書館の世界では有名。こんなリポートを出して、僕とかイトヒロを紹介してくれた。仁上さんとイトコロは、早稲田の同窓であると同時に赤瀬川さんの美学校の仲間であり、草野球の戦友。.

◇亀ちゃんに電話すると、今週は「今、八戸です」「これから九州に行きます」「岡山に到着しました」と、とんでもない行程で動きまわってる。更に、日本インターネットプロバイダー協会の事務局長に再任されてしまったので、そちらの作業も大変。本日、ようやく打ち合わせの時間がとれたのでランチ。いくつか方向性を確認して、ひとつだけアドバイス。「地域活性化の問題だけど、いろいろ見てると、地域で頑張ってるのは中年のおじさん、おばさんが多いな。地域活性とは、地域の若者たちの活性化でなくては意味がない。中年が若者たちを説教したり、リーダーシップ発揮しすぎで振り回してるんじゃないか。若い世代の活性化ということをテーマにした、地域活性化を経産省に提案しよう」と。

◇僕は59歳。今更、自己実現を目指すわけがない。もうそんなのとっくに仕上げてしまってる。そういう人間は、ただ、若い連中たちの内部に自分の可能性を感じて、サポートする立場に徹しなければいけない。老齢の政治家に望むスタンスは、ただそれだけ。

◇PSPのモンハンでシェンガオレンから砦を守るために連打してたら、親指痛めた。テーピングしてしばらく退場だな。

2月7日(土)
◇日販のヘラクレス(1階にあるブロンズ像)で柴田くんと、ディミュージックエンタテインメントの城田芳一さんと会う。喫茶店の穂高で打ち合わせ。松島凡も来る。凡ちゃんはボーリングにはまって、ボーリングダイエットに成功。神保町でランチ。いろいろアイデアを凡に渡す。

◇橘川・柴田・城田さんらと、ちよだプラットホームへ。今日は「みが」の日だ。以下の流れでいろいろなミーティングが行われる。

1.ソシオメディアの篠原捻和さんが、アマゾンの電子ブック端末「Kindle」を持ってきてくれて、滑川海彦と一緒に解説。電子ブックは、松下電器のシグマブックのスタート前後で仕事したことがあるので、大変なことは理解しているつもり。専用端末機は、一般ユーザーよりも特定ユーザー向けにビジネスモデルを構築した方が良いと思う。一方でiPhoneが電子ブック端末の勢いを増してきている。今の携帯コンテンツは、一時のバブルだと思う。本格的なコンテンツと販売モデルが必要になるだろう。

▼Kindle
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2.次いで、ペーパーメディア研究所の青山さん、未来検索ブラジルの深水くん、長田くんが集まって、bloblo会議。篠原さんたちも残留。深水くん、「Kindle」をさかんに撮影。「ガジェット通信」用のネタだろう。blobloの方向性の整理と作業分担。そのあとで、深水くんがやってる「ニコニコ生テレビ」を実演してくれる。深水くんが映ると、ニコ動と同じに「あっ、社長」「ハゲ」とかいう弾丸が流れる。どんどんやりたいことをやってしまうパワーは凄いものだ。使い方を考えよう。

3.夕方、「0.8秒と衝撃」の二人が合流。もう何が何だか分からないまま、残ったメンバーで神保町へ食事に。「さぼうる」でビール。アルコールのリハビリ中の橘川は、カンパリソーダ。深水たちや、妹尾親子も帰って、0.8秒の二人と滑川と橘川とで、ラーメン食べて締める。

◇毎月第一、第三土曜日は、以上のような、とても贅沢な学校をやっているので、我と思わん方はどうぞ。基本オープン会議なので参加したい人は「みんなの学校」の方に連絡を。ただし、中途半端に覗きに来ると火傷するよ(笑)

2月8日(日)
◇アニマルズの「朝日のあたる家」が聞きたくなった。20年たっても、30年たっても、再び出会いたくなる人や作品が、愛されるということなんだろう。

◇オンブックで「一週間の日記」を本にしようと思うのだけど、誰か編集手伝ってくれる人いませんか。現状のスタッフでは、とても作業は無理だ。用語とか人名とか、説明つけないと分からないことが多いと思うので(笑)
毎年1冊ずつまとめていきたい。

2009年02月02日

一週間の日記 1月26日から2月1日まで

1月26日(月)
◇みがの会議。みがは毎月第一、第三土曜日にちよだプラットホームで行います。まだ整理出来ていないのですが、いろいろやります。定期講座は、橘川のリアネテキスト塾、山北末広の企画書制作講座、滑川海彦のIT英語翻訳講座などを計画しています。その他、随時、時代の話題をテーマにしたセミナーやシンポジウムを行います。デメ研のオープン会議、その他、友人たちの企画会議(オープン、クローズ)を実施します。スペースを使いたい人も相談ください。

1月27日(火)
◇「0.8秒と衝撃」の塔山くん、J.M.ちゃんと今年のはじめに初めて会って、そこから急速に流れがはじまる。まずは「MySpace」で彼らの音の一端に触れてください。2月23日に下北沢のモナレコードでライブをやります。関心のある人は直接、参加してください。ライブ終了後に宴会やりますので、参加希望者は橘川まで連絡ください。

1月28日(水)
◇ペーパーメディア研究所の青山さん来社。広告業界は大変な構造崩壊の事態に陥っているが、みんな呑気に流されてる(笑)。いろいろ企んでいますぜ。

◇オンブック会議。中村、市川、小林、友ら全員集合。みがを使って「本の書き方・作り方」みたいな講座を準備。

1月29日(木)
◇ロッキングオンの会議。渋谷のブログで吉本さんの写真が出てる。渋谷にとっての吉本隆明は、僕にとっての林雄二郎だろうか。

◇明日からの旅の準備。仕度しててカードケースが見あたらん。げっそりやばい。旅の費用をカードで決済するようになって、いくら現金を持っていけば良いのか悩む必要がなくなったのだが。リュックの中身は着替えとカメラ。忘れてはいけないのは携帯充電用のコード。睡眠薬がわりのプレステ。モンハンはまったくナンギなゲームだ。

1月30日(金)
◇羽田空港から鹿児島空港へ。寒いと聞いていたので防寒体制で来たが暑い。乗り換えて奄美大島へ。今回の訪問は、ODECOの池江さんの講座「苦手意識は捨てられる」の立ち会い。池江俊博さんとは、「読書のすすめ」という凄い書店をやってる清水克衛さんの紹介で会って、ここ3年間のODECOの活動で日本中を回ってもらっている。身長が191センチあるので、飛行機の中ですぐ見つけた。元自衛隊でF14戦闘機のパイロット。これまでは小中学校で「ぷち速読」の講座をやってもらっていたが、本年度は生涯学習がテーマなので、NLPの講座をやってもらった。

■NLPとは

◇奄美空港には、今回の講座を実施していただく、IT企業塾OB勉強会の前田守一さんが迎えに来てくれる。しかし、暑い。20度を超えてる。緋寒桜という桜をはじめて知った。

■前田さんのブログ

◇講座は順調に進み、参加者も20名を超える。NLPにはいろんなメソッドがあって、どれも面白い。池江さんの人柄もあり、柔らかく静かな進め方。

◇終了後、前田さんの案内で、居酒屋へ。「あおさの天ぷら」、こりゃ、うまい。黒糖焼酎のまーらん船、飲めないので一口だけ。うまい。つまり、ラム酒なんだな。バカルディのホワイトだな。ゴーヤの味噌いため。普通の練り味噌ではなく、大豆の原型が残ってる段階での味噌。我が家では、大豆のことを味噌豆と呼んで好物なので、うれしい味。コンビニで味噌をみたら、「粒味噌」というらしいが、どうも大豆ではなくてソテツの実で作る味噌らしい。あとでネットで調べよう。奄美では、チャンプルという言葉は使わないようだ。さつま揚げは「つきあげ」と言う。そうか、「薩摩揚」というのは、薩摩以外の人が見て名付けたものであって、本人たちが付けたのではないのだな。ネーミングの歴史には、そういう視点があるのかも。ブランドとか言って、なんでも自分を客観的な商品としてでしか捉えられない時代は間違っているのかもな。「今日の深呼吸する言葉」

▼あおさの天ぷら
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1月31日(土)
◇朝刊、南海日日新聞を買う。65円だった。大新聞のページ数だけ水ぶくれしたビジネスモデルより健全な新聞。儲からないけど潰れない経営、というのが、これからのコンセプトだ。地域新聞に特ダネはいらない。

◇パナソニックも日立も強烈な赤字。自動車、家電と、戦後社会を築いてきた土台産業が音をたてて崩れていく。その土台の上で踊ったマスメディアも広告も崩れていく。ある種、壮大な崩壊風景だ。大手広告代理店の数字が社内でまとめられてきた。とてつもない日本とは、この状況か。亀ちゃんに電話して、すぐにシンポジウムをやろう、と。

◇奄美から鹿児島へ。池江さんは奄美から直行で東京へ帰る。前田さんの話によると、奄美の若者は島を出るとしたら鹿児島か東京に行くという。都市へ出るなら、一番近い大都市・鹿児島か、一番でかい大都市・東京へ行くという。博多とか大阪とかには行かない。それは「島を出る」という覚悟を決めるには、中途半端なところでは決断できないのかも知れない。その意識の底には、鹿児島便、東京便という移動ルートもあるのだろう。

鹿児島サンロイヤルホテルにチェックイン。桜島が眼前に見えて温泉つき。じゃらんで申し込んで1泊朝食付き1万円。

▼ホテルから見た桜島
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◇ネットで知り合った深谷健一くんと会い天文館の焼肉屋へ。ここ数ヶ月で新しい友だちになったのは、なぜか25歳前後の人たちばかり。深谷くんは大学出てから就職しないでスーパーでアルバイトをしながら、かばんを作り続けている。それも独学でオリジナルなカバンを。僕と会うので徹夜で作ってプレゼントしてくれた。嬉しいねぇ。深谷くんと焼肉食べながら、かばん談義。一緒に何かやりたくなったので、宿題を渡して別れる。どうやら25歳の連中と組んで何かしでかせ、という天啓かも。まさに 1984年、オーウェルの予告した年であり、それをボウイが歌った。僕が「メディアが何をしたか?」を出した年に生まれた子たち。

深谷くんのバッグ(右側に作品が並んでる)

2月1日(日)
◇鹿児島で、「つきあげ」などを買って、帰京。羽田の上空から絵葉書のような富士山が見える。桜島と富士山、日本人にとって山は、日常の中の自然そのものだったのだろう。さあて、明日から、やること一杯。

▼羽田上空の機上から富士山
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