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社長日記

2009年01月26日

一週間の日記 1月19日から1月25日まで

1月19日(月)
◇この日記、最近会ってない古い友人も読んでるようだ。久しぶりに電話した奴から「風邪、大丈夫ですか」と言われた(笑)。

◇池袋の島根歯科で歯のクリーニング。いつものように終了後、島根さん、キズナの高崎くん、それと本日は、三井不動産の滝山さんにも声かけて、みんなで、いつもの「うどん屋」へ。ビールがコップ半分飲めた。

1月20日(火)
◇昨年、今は小児精神科の医院をやっいてる朝倉新くんと会った。彼とは今から30年近く前に、彼が学生でポンプの投稿者で、投稿がきっかけで私信のやりとりをしていた。そういえば、あの頃は、いろんな投稿者と手紙でやりとりしていた。まだメールはおろかパソコンというものすらなかった1970年代後半。実際には会ったこともなかった朝倉くんと30年ぶりにリアルで初出会いした。その時の手紙の話になって「橘川さんから来た手紙はコピーでしたよ」と言われた。ああ、そうだ、あの頃、写職屋をやっていて家に大型のコピー機があったので、私信をコピーしてたのだ。今のメールと同じ感覚だな。

◇部屋を整理していたら、その時の私信の束が出てきた。どこかの段階で、「読み物」になってる私信だけファイルしてあったのだ。1981年に僕が初めて出した単行本「企画書」には、その時の私信が何本か収録されている。精神科の医大生だった田村さんに出した手紙や、教師を目指していた渡辺さんへの手紙だ。みんなどうしているのだろうか。私信のファイルを読み直してしまった。

1月21日(水)
◇午前中、博多からリーフラスの桃原さん上京。リーフラスは毎年30人からの体育会系大学生の新卒を受け入れ、今では300人からの体制。ODECOとの協働をいろいろ打ち合わせしていて、これは、教育支援協会の吉田さんだな、と思い、電話すると、本日、ペーパーメディア研究所で会議だと。アポとる。

◇午後から、コンテンツワークの池川さんが来社。オンブックの中村、市川らを交えて打ち合わせ。その後、オンブック会議。

◇御成門の駅で桃原さんと再合流して、ペメ研へ。吉田さんと打ち合わせ。やはり、有益な情報などをいただく。吉田さんは、2月1日に若者と政治というテーマでシンポジウムを開く。寺脇研さんの発案のようだ。僕は予定があっていけないのだけど、関心ある方は参加してください。凄いメンバーが集まってる。

1月22日(木)
◇ロッキングオン会議。渋谷の町の坂道はきつい。

1月23日(金)
◇元リクの荒井尚英くん来社。荒井くんとは、イージーインターネット協会の立ち上げの時にリクルートから彼が担当で来て知り合った。実は高校生の時にロッキングオンの読者だったようだ。彼はリクルートやめてからユニクロに行ったり、IMJで活躍したりしていたが、最近はアジア向けの投資会社がメインのようだ。人は場所を変えながら成長していくものだ。いろいろとおしゃべり。

◇荒井くんも50歳になるという。50歳から変わるよ、と教えてあげた。僕は50歳になった時、もう新しいことは何も出来ないと思い、後輩たちに声かけて生前葬をやった。とにかく僕が考えたことはすべて語ってしまうから、これでおしまいだ、と。連続講義になったのだが、その記録が「21世紀企画書」という本になっている。これで終わりだと思ったが、それから、かなりのスピードで本を出している。生前葬に参加した久米信行くんは「橘川さん、終わったはずじゃなかったんですか」と笑っていた。

◇僕は10代の時は自分が10代であることを視点に語っていた。20代の時は20代が視点、30代の時は30代が視点、40代は40代が視点。50歳になった時に、自分が50歳であることを視点にものを考えることは出来ない、と予感したのだ。だから「終わり」だと思った。だけど、実際、もうすぐ50代が終わりになると分かったことがある。50代とは、10代の視点でも20代の視点でも30代の視点でも40代の視点でも、自分の視点として使いこなせるようになるのだ。実際、40代までは、20歳の頃に書いた原稿などは絶対に読み直せなかったが、20歳の時に書いた短歌を読み直して、50代の自分が撮影した写真と組み合わせて「餓鴉」という本をオンブックから出した。この本の本文とあとがきは、数人の友人から「一番、橘川らしい」と言われた。50代になると、それまでのように成長しつつある最前線の自分が大事なのではなくて、人生総体を自分のものとすることが出来るのだ。たぶん、分水嶺は45歳だろう。三島由紀夫が自殺した年齢、それは脳髄の成長の限界だと思う。

◇成長しないで生活する、これは僕自身のテーマであり、もしかしたら、サブプライム・ジェナサイド以降の世界のテーマになるのかも知れない。

◇池袋に行き、西山公認会計事務所で西山くんと打ち合わせ。彼とも長い仲間関係にある。

1月24日(土)
◇久しぶりにカメラを持って撮影する。とても寒いけど、寒さを撮りたかった。

1月25日(日)
◇「PUNK SAMURAI RECORDS」の打ち合わせ。0.8秒の二人。日販の柴田くん、デメ研研究員のヤックン、菅原くんらが集結。新しい動きは、いつになっても新鮮なわくわく感があるな。遅めのランチは、近くの越前そば。

◇お台場の駅で弟の健ちゃんと待ち合わせして両親の住まいへ。親父は今日は地元町内会で「ビンゴ大会」を仕切っていたようだ。

2009年01月19日

一週間の日記 1月12日から1月18日まで

1月12日(月)
◇友だちが僕の本を読みたい、というので、新宿のジュンク堂を教えてあげた。僕は見たことないのだけど、最近、僕の本が揃ってるという話を、別の友だちから聞いたので。ありがたいことだ。みなさん、本は新宿のジュンク堂で(笑)

1月13日(火)
◇風邪が抜けない。朦朧とした気配の中で、いくつか企画を整理。僕は20歳の頃から自分のやるべきことはただ一つだと認識して生きてきたから、やるべきことは一つなのだが、シーンが違ったり組む相手が違うだけで、さまざまに変化していくんだな、これがまた。

◇橋本大也くんの新刊「情報力」(翔泳社)を送ってもらう。今では日本の代表的なアルファーブロガーだが、インターネットの初期に学生だった大ちゃんが、企業に就職するか個人で頑張るかで悩んでいた時代が懐かしい。彼のブログを見ていると、膨大な読書量に驚かされる。本とネットから貪欲なに情報収集し、ブログや本でアウトプットする。良い感じの深呼吸だと思う。こうした情報呼吸をスームスに出来る人たちが増えると、時代も新しいゾーンに突入していくだろう。

1月14日(水)
◇京都から漢検の柴橋さんと鋤納さんが来社。学芸大学は商店街も活性化している住宅街なので、女性には人気がある。

◇オンブック会議。FACTA・阿部さんの「有らざらん2」の原稿がだいたい揃った。阿部さんの博覧強記ぶりにいつも驚かされる。最近のFACTAの暴れぶりも凄い。時代が混乱してくると血が騒ぐのは僕も同じだが(笑)

◇山北さんが大阪から上京してきて、亀田くん交えて打ち合わせ。関西と東京は、もうビルの違うフロアーみたいな感じだ。

1月15日(木)
◇bloblo打ち合わせ。いつもの青山さん、深水くん、長田くんの他に、ブラジルのエンジニアとデザイナー君も参加。僕が最初にイメージした通りのシステムに仕上がってきた。はっきり言って革命的ですよ、こいつは。早く完成させて使いまくりたい。

◇銀座で亀田くんと合流して、京橋の焼き鳥屋「栄一」へ。僕の父親と同じ名前の店だ。元リクの大野くんの紹介で、リクルートの鎌田広報部長と会食。リクルートとベネッセは、旧来の経団連的な企業とは違うので、世代的にも親近感がある。個人的にも付き合ってる奴が多い。わいわいと打ち合わせ。

1月16日(金)
◇「ジャパンネット銀行」が使えるようになった。銀行振込みなど、これまで窓口に並んで処理していたが、今後はエクセルで処理できる。娘に話したら「間違えそうで怖い」と言っていた。窓口振り込みでもしょっちゅう間違えてる僕ですから(笑)当然の不安ですな。こないだも印刷屋さんから「あのう、同じ金額が2回振り込まれているんでけど」と電話があった。現在、デメ研の事務所には僕とカミさんの他はスタッフの井上くんと萌ちゃんの二人。井上くんは、文科省や経産省のややこしい作業やってもらってるし、萌ちゃんはカミさんは作業手伝いでフル回転。経理作業は暇な(笑)僕しかやる人がいない。ということで、取引関係のある方は、「ジャパンネット銀行」に口座を作ってください。振込代が安いんです。

◇そういえば、こないだロッキングオンの会議の時に渋谷に「橘川は実務作業がダメだなあ」と言われたけど、「ちょっと待て、昔はロッキングオンの印刷管理から取次進行までぜんぶオレ一人でやってたのを忘れたか」と言い返した。20代の頃は、実務作業は全部仕切れていたのだが、まわりに優秀なスタッフが集まってくると、どうも、その部分の集中力がなくなってくるようだ。今は、周りから「橘川さんは風呂敷広げるだけでいいよ」と言われたりする。本当は実務は嫌いではないのだが。

◇美容院でシャンプー・カット。いつもシャンプーやってもらってる子に、「僕ももうすぐ還暦だから」と言ったら「えっ、うちのお父さんより上なんですか、詐欺です」と驚かれた。取引先の部長とかが、どんどん自分より年齢の下の人になって驚いた時期があったが、これからは、「お父さんより上」と言う世代がどんどん出てくるんだろう。

1月17日(土)
◇神田で昼飯食べてから、ちよだプラットホームへ行き、第一回の「こんなの学校」を開催。橘川への相談事のある人は、第一、第三の土曜日にこちらへ来てください。今日の相談は、リアテキスト塾生の島村くんが出版の相談に来る。同じく河野くんが新規事業の相談に来る。そのあと、デメ研のオープン企画会議。10名ぐらいが集まり、橘川が現在進行している各種企画を説明。ディスカション。「みんなの学校」については、独自のサイトを作りますが、当面は「こちら」で情報提供していきますので、よろしく。

◇終了後、滑川と一緒に帰ったが途中、古書会館があって、古書店の日だと思い入る。古書会館のイベントは、高校生の頃に発見して以来、僕の愛すべき立ち寄りスポット。ビルはきれいになっても、やってることは同じ。購入した本は三冊。「風流たべもの誌/浜田義一郎/人物往来社・昭和43年」「東京おぼえ帳/平山蘆江/住吉書店・昭和27年」「漫画講座第二巻/日本漫画会/建設社・昭和9年」。漫画講座は昭和初期に出た全6巻の入門書。前から気になっていたが全巻ものは高いので買えなかったが、1冊だけ買ってみた。岡本一平(岡本太郎の親父)の時代だ。岡本一平のカミさん(太郎の母親)は岡本かのこだが、かのこは男出入りが激しくて、しまいには、旦那の一平、息子の太郎の生活している家に不倫相手を同居させるという、ものすごい女性だったが、一平は最後までかのこの才能を信用していた。マンガの私塾を開き、そこから、近藤日出造、杉浦幸雄、清水崑などが育った。この本に一平は「漫画家の修養法」という文章があるが、今のマンガ家志望の子どもたちにも読ませたいものだ。やはり人を育てるのが究極の道楽なんだろう。岡本太郎という人は、いくら芸術で爆発しても母親を超えられなかったし、人を育てられなかったという意味でも父親を超えられなかったのだろう。また昭和初期に「トーキー漫画の作成法」という記事が出ている。今のアニメだ。

◇平成生まれが成人式を迎える時代になった。そうすると、平成の子どもたちにとって「昭和」は、僕らの時代の「大正」の感覚になるのかな。平成は64年も続かないから、昭和が明治の感覚になる時期も近い。

1月18日(日)
◇「0.8秒と衝撃」の二人が来社。おみやげに「武蔵野スフレ」を買ってきてくれた。とろけて、とてもおいしい。いろいろと陰謀会議。みんなで「与志田」に行って、むぎとろ定食を食べる。つけものが盛り合わせで出て、おいしい。おいしい食べ物と、おいしい関係が、グルメ。

2009年01月12日

一週間の日記 1月5日から1月10日まで

1月5日(月)
◇博多は九州のTOKIO。札幌が北海道のTOKIOであるように。でもいろいろ聞いてみると、東京にあって博多にないものがある。ひとつは「そば屋」だ。博多はラーメン王国だし、飲み屋にいってもメニューが豊富でとてもおいしい。だけど日本ソバの店がない。中州に「藪」があるらしいが、まずいという噂。でも中州で飲んだ後にここでせ締めるというコースがあるらしい。博多の人も東京に来る人が多いので、江戸前の真っ黒な日本ソバに最初は驚いても、いつのまにか慣れてしまう。あと、喫茶店がない。タリーズやロイヤルホストはたくさんあるが、銀座にあるような純喫茶がない。最近は東京にも少なくなったが、喫茶店文化というのがないな。東京には日本中のご当地ラーメンやら郷土料理の店があるけど、逆に東京にあって地方都市にないものというのもあるのだな、と思った。

◇天神で日販の松島凡に会う。凡は九州出身なので正月帰省していたので待ち合わせ。凡はいつか博多で日本ソバ屋をやりたいと言ってた。凡と一緒に緒方さんと待ち合わせ。タウン情報ふくおかを長年やっていて、今は大村学園の副理事長やってる緒方さんだ。緒方さんは、僕がポンプをやってる時に、博多でタウン情報誌を立ち上げ一時代を作った。全国のタウン誌のネットワークが出来て、中心人物だった。日暮里にタウン情報全国ネットで小鹿さんが事務局やっていて、僕も講師などで呼ばれたりして、全国のタウン誌やってる連中と交流が出来た。博多に行く時は、必ずといってよいほど、緒方さんのところに寄った。緒方さんには「メディアをまたやろうよ、紙メディアだよ」とあおっておいた。

◇2000年に、株式会社麻生デジタルメディア研究所という(笑)会社を作った。設立パテーィには麻生知事(麻生太郎さんとは親戚ではない)をはじめとして、博多行政財界のそうそうたるメンバーが集まったが、半年で潰れた(笑)。つまりデメ研は半年ほど麻生太郎のグループに属していたことになる。その麻生グループのパートナーだった桃原さんが、グループを離れて、リーフラス株式会社で活動している。子どもスポーツのとても面白い会社で、今回の博多行きは、桃原さんと空の北田くんを紹介すること。

◇空の博多事務所に入ると、木村英輝さんの「笑う象」の屏風が迎えてくれる。空のスタッフらと天神の飲み屋へ。とにかく出てくるものなんでもうまい。締めは「炊き餃子」。水炊きのダシがグツグツしてところに水餃子が入ってる。桃原さんから、今、博多で一番活躍している人ということで、後山泰一さんを紹介される。元気な若い人たちに会えて楽しい一夜であった。

▼空・博多事務所の入口
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1月6日(火)
◇朝一で帰京。風邪が抜けなくて、少しふらつく。早めに帰って休息。

1月7日(水)
◇亀ちゃんとランチ打ち合わせ。まだ亀ちゃんに教えてなかった、うどん屋さん。東京文化ってランチ文化かもな。

◇オンブック会議。『地域電気店に捧げる応援歌! −がんばれ!後継者たち−』が売れ行き好調。

◇高円寺の改札口で、若い二人と会う。「0.8秒と衝撃」の二人だ。バーミィーに連れて行き、おしゃべり。僕はもうとっくに終わった人間だけど、これから始まる人と会うのはいつになってもわくわくする。僕は有名な奴とは付き合いたいとは思わない。社会的には何も持っていないけど、持っていないからこそ輝く石というのもあるのだ。考えてみると、僕の人生は、そうした可能性の若さとだけ付き合ってきたような気がする。2月にライブやるので、楽しみ。デモCDをもらった上に、なんと、おごってもらっちゃった(笑)。すがすがしい気持ちで帰って、彼らのCDを聞く。

1月8日(木)
◇ロッキングオンの会議。帰りにネットカフェに行って、まんが読む。

◇「みんなの学校」会議。僕も今年からトークライブをやる。これは昔、書いたことがあるけど、僕は講演会とかセミナーってあまり好きではなくて、だいたいこの手の講師って、つまらん自慢話や自分のことは棚に置いた説教が多くて、もとろん中には良質で上手いなぁと思う講師もいるけど、平気で人前で自慢話する奴は基本的に好かん(笑)。だけど、ある日、僕は講演会やるんではなくてライブやるんだ、と思った瞬間があって、そう思ったら気が楽になった。自分の話のネタを楽曲だと思って、今日のライブは、この曲とこの曲をかましてみるか、みたいな感じでやると、とても楽しい。イントロはドカンとやって、少しスローバラードでなごませて、最後にこいつでキメてやるか、みたいな。客の反応を見ながら予定の楽曲変えたりしてね。

◇とゆーことで、第一回のライブをやります。連続ライブもあるけど、とりあえず、単発でやろうと思う。1月17日、15時から。テーマは「社会の中で育つ自分から、自分の中に社会を育てるということ」。昨年、リクルートエージェントでやった「森を見る会」の演目と同じようなものになると思うので、それに参加した人は来ないように(笑)

◇詳しくは「みんなの学校」のサイトをご覧ください。

1月9日(金)
◇教育支援協会の吉田さんから、以下の案内が来る。凄いメンバーだ。開成町の露木町長は前から吉田さんから噂を聞いていて、関心があった。当日、鹿児島に行くことになりそうなので、行けそうもないが。関心のある方はぜひ参加してください。



市民討論会「若者がつくる未来形リーダー」

<暫定開催概要>
企画意図:
 大学や仕事に追われる20、30代の日常と政治ニュースはあまりにかけ離れていたり、面白くなかったり、ドラマを感じなかったりするから投票の義務をなんとなく理解していても、実際のところ興味が湧かない、優先順位が低い。そんな状況を変えていくために政治に興味のない若者層を動員し、おじさん・おばさん世代も参加して壇上で行われる 有識者と、10代20代の若者とのライブ感のある、 知的好奇心を刺激するようなディスカッションを提供する。

 このイベントを通して「意外と国の仕組みに関わる話は面白い」と気付いてもらう。演劇や映画にお金を払うように、たまには政治家の話を聞きに行くようになったら日本の政治はもっと良くなる。  

日程:2月1日(日)

場所:科学技術館サイエンスホール
   九段下駅徒歩7分
   http://www.jsf.or.jp/map/

開催時間:12時〜16時
参加費:1000円(基本はカンパとします)

 二部構成
  12:10〜14:00  政治と若者の生活の関係について(参加者からの質問に答えていく)
  14:10〜16:00  パネラーと若者のディスカッション (会場の参加者全体との交流)

主催者:NPOカタリバ 協力:NPO教育支援協会 

ゲスト(変更の可能性あり)
 ●宮台真司 首都大学東京教授
 ●廣岡守穂 中央大学教授
 ●吉田俊実 東京工業大学
 ●山口二郎 北海道大学教授

 ●早野透 朝日新聞
 ●山田厚史 朝日新聞
 ●川戸恵子 TBS
 ●与良正男 毎日新聞

 ●鈴木寛 民主党
 ○鈴木恒夫 自民党 *打診中*
 ○福島みずほ 社民党 *打診中*
 ●露木順一 神奈川県開成町 町長(地方分権推進委員会委員)

 ●駒崎弘樹 フローレンス代表

申込はこちら。

PC
ケータイ


1月10日(土)
◇日販の柴田くん来社。いろいろと打ち合わせ。「0.8秒と衝撃」を聞かせて、CDをあげる。僕が70年代にロッキングオンをやっていたことは僕にとっても大きなことなんだな。日本中のいろんなところに、その頃の読者がいる。

◇柴田くんと学芸大学の四川料理「天悠」に行く。滑川海彦も合流。滑川には「みんなの学校」でレクチャーやってもらうように頼む。

1月11日(日)
◇「ワークシェアリング」という言葉が話題になっている。25年前、新宿にあった清成忠男さんの事務所でこの言葉を話したことがある。清成さんに会ったの2度ほどしかないが、大学教授でも素晴らしい人物がいるんだな、と思わされた人だ。中小企業という形式を「ベンチャービジネス」という概念に変えた人で、ベンチャークラブも彼が作ったのだろう。法政大学の総長の時も、新しい試みを仕掛けていたようだ。僕が関心を持った「ワークシェアリング」というのは、経団連の会長がいうような、給料を複数の人間が分配することなどではなく、たとえば2人の友人がチームを組んで、清掃会社とソフトハウスと契約する。A君は週の前半を清掃作業をして、後半はB君とチェンジしてソフトハウスでプログラマーになる。肉体を使う仕事と頭脳を使う仕事をやることで、トータルな労働環境を作ろうとするものだ。

◇経済の混乱状況の中では、賃金のシェアみたいな量の議論が盛んになるが、大きな視点で見れば、あくまでも「労働の質」を問うような立場であり続けなければ未来は開かない。なんだか労働を巡る議論がどんどん古い時代に戻されるようで、なんだかなあ、と思う。派遣の問題にしても、正規社員というのは「家」という意識が厳然とあった時代の婚姻制度みたいなもので、結婚なんかしなくてもフリーで付き合いたいと思う意識の方が時代の流れからすれば普通だったのではないのか。何が問題だったのかといえば、派遣会社のような代理店が介在したからではないか。個人が組織とちゃんと対等に契約すべきだったのだと思う。代理店機能が必要だったとしても、それは企業の側にたった代理店ではなく、労働者の立場にたった代理店があってもよかった。まぁ、あとはライブで(笑)