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社長日記

2008年09月28日

一週間の日記 9月22日から9月28日まで

9月22日(月)
◇「深呼吸するブログカード」をスタートさせます。この左側にある奴です。みなさんのブログに設置してもらうと、リロードするたびに、新しいコンテンツが登場します。コンテンツそのものは、橘川が随時、製作していきます。カードをシャッフルして配るように、ランダムに送信されます。橘川のイメージは「ネットDJ」。サイズは「bloblo」に合わせてあるので、今後、連動を考えています。

◇深呼吸するブログカードの案内は「こちら」へ。

◇「日本デザイン専門学校」の授業。僕のこうした学校での授業は、出欠の確認の時が違う。普通は、名前を呼んで、出席の時は「はーい」だが、この作業が退屈でつまらないので、毎回、お題を出して「はーい」の代わりに、お題に答えてもらうことにしている。お題と言っても簡単なものだ。この日は、「では、今日のお題は、嫌いな食べ物で」。みんな返事をする代わりに「カボチャ」とか「クサヤ」とか答えるのだ。これを開発したのは、15年近く前に、神奈川情報文化専門学校(現・アーツカレッジヨコハマ)で授業をやった時だ。授業というのも、まだまだやるべきことが残っている。

9月23日(火)
◇休日。今日は、会社で少し仕事をして、写真撮影の日。ブログカードを簡単に作れるのも、膨大な写真のストックがあるからだ。それも、僕はなぜか最初から、言葉が組み込まれるような写真ばかりストックしてきた。日本各地に行った時に撮ってきた写真は「壁」の写真が多い。

9月24日(水)
◇周平と合流して、丸の内の三菱ビルにある産業政策計画研究所株式会社の柳橋正廣社長を訪問。最近、お会いして今後協力してやるべきことがたくさんありそうだ、と認識が一致した。活動内容とコンセプトを聞いて、とても勉強になった。世の中、まだまだ人材は豊富だ。来年が楽しみ。

◇午後からオンブックの会議。オンブックのインフラが、来年から生きてくるはずだ。

◇夕方、大野くんが来社。いつものようにカミさん交えて、近くの居酒屋へ。大野くんは、リクルート時代に「ガテン」を創刊したり、「ダビィンチ」の編集長になったりして活躍していたが、その後、松下電器に入ってTナビなどのプロジェクトを進め、アクトビラの初代社長になった。最近、退社してフリーターになったので、遊びに来た。僕のブログ日記には、やたらと元リクの連中たちの名前が出てくる。いろいろと僕の方の来年に向けてのプランを説明する。大野くんも50歳。僕もそうだったが、50歳というのは、とても大きな転機だ。来年、来年。みんな一緒にやろうぜ。しかし、大野くんの親父が大野明男さんだとは驚き。

◇以下の新刊が10月末に出ます。
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天才バカボン公認副読本
これでいいのだ14歳。
バカボンパパに学ぶ14歳からの生き方哲学100

著/福田淳 漫画/赤塚不二夫
新書判 256ページ 定価:800円(税別)
発売日:10月21日(火)
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バカボンパパのDNAを受け継ぐ福田淳と7人の面白仲間たちの対話集!
01赤塚りえ子 02横山雅子 03北山雄一 04橘川幸夫 
05如月音流 06松本圭介 07安藤哲也
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9月25日(木)
◇ロッキングオンへ。「COUNTDOWN JACK」が盛り上がってきた。新しいバンドの登場に立ち会えるのは楽しい。

◇三井不動産の瀧山さんからメールが入ってきたので、連絡。ちょうど、午後から八丁堀なので、日本橋へ寄り、瀧山さんに寿司をごちそうになりながら、来年に向けてのミーティング。

◇八丁堀の大阪屋で金子くんと合流して、教育支援協会の吉田さん訪問。相変わらず密度の濃いい情報を仕入れる。

◇夕方、小柳、山北さんと虎ノ門で合流。文科省で打ち合わせ。山北さんが体調悪いようでフラフラしているので、終了後、タクシーでホテルに帰ってもらって、いつものカフェで小柳くんと来年に向けての打ち合わせ。

9月26日(金)
◇アクセスにいた頃に知り合い、現在は野村證券の産業戦略調査室の宮崎智彦さんが東洋経済から新刊を出した。「ガラパゴス化する日本の製造業」

◇宮崎さんは、日本の電子部品製造業について、緻密なフィールドワークを重ねてきた人で、単独の本としては処女作だと思う。さきほど届いたばかりなので、まだ読んでいないが、5万円パソコンなどで力を見せつけはじめた台湾系企業の実体が見えてきそうだ。

9月27日(土)
◇駅の売店の夕刊フジを見たら西村康稔さんが一面にデカデカと。おお、なんだ、と思って買ってみると、西村さんが主役ではなくて、小泉Jrとのツーショット。ジュニアの写真がなくて、西村さんの事務所が提供したらしい。西村さんとは、彼が通産省の頃からの知り合い。保坂展人くんも杉並から出るし、選挙の風がビュンビュン。

◇リアルテキスト塾の10期生、最終日。今期のメンバーも、またいつものように、今までになった人たちで、楽しかった。修了製作の作品が集まったので、冊子にまとめようと思う。

9月28日(日)
◇自宅のパソコンが壊れたので、会社に来て社長日記を書いてる。来年から、新しい「学校」をやるつもり。「オープン・デメ研」のプランもだいたい固まった。さあて、満ちてきたぞ。


2008年09月21日

一週間の日記 9月15日から9月21日まで

9月15日(月)
◇先週の深呼吸する言葉より
「人は往々にして、言ってることの中身よりも言い方で中身を判断する。」

◇教育支援協会の吉田さんから連絡。10月11日(土)13時から京都造形大学で「「放課後子どもプラン推進・地域教育力シンポジウム2008」があります。また同日の夕方から、寺脇研さんがプロデュースする激団BKYUによる「グレイッシュとモモ」も公演されます。

9月16日(火)
◇ペーパーメディア研究所の青山さん、未来検索ブラジルの深水くん、長田くんらが集まった「bloblo」の会議。終了後、深水、長田くんとランチ。「インディゴ」に連れていく。カリフォルニア・キュイジーヌ。ここの肉と野菜は、素材がよくておいしい。値段もよろしいが、おいしい。

◇オンブック会議。とにかく、いろんな種類の出版企画が毎回届く。

9月17日(水)
◇今日は人間ドック入り。済生会中央病院まではバスで1本なので楽だ。病院は新館になっていて、エスカレーターがとても遅いスピードに設定してある。検査方法も去年まではレントゲンだったのがCTスキャンに変更になっていたり、いろいろ変わっていた。終了後、リー先生の診断。γ-GTPが2年前に135あったのだが(気絶を繰り返してた頃)2年間の禁酒で、35になっていた。数値的には健康の模様(笑)

9月18日(木)
◇午前中、ロッキングオンの会議。途中、インフォスタワーの避難訓練があって中断。

◇教育CSR会議の打ち合わせ。

◇滑川の報告によると、アメリカのTechCrunch50で、井口尊仁くんのプレゼンが大反響らしい。お笑いとしてのようだが(笑)彼がデジタオで「book it!」というオンデマンド出版をやっていた時に、一度、デメ研に来たことがあった。「ぞりん」も彼がやってたんだな。いずれにせよ、世界を相手に喝采を得たことはめでたい。

9月19日(金)
◇朝の9時から日本財団でe物産市研修会の講師。戦後史、近代史の流れをビジネス構造に即して説明する。このプロジェクトは経産省からセルフサービス協会(セル協)が受託して実施している。セル協の担当者の人に挨拶した時に、叔父の話をした。僕の叔父(母親の弟)の宮寺繁男(通称・チーチャン)は、セル協に20年くらい勤めていたが、20年前に病死した。セル協が五反田のTRCにあった頃、なんどか行ったことがあるし、チーチャンが編集長だった会報誌の写植を頼まれたこともあったし、原稿を書いたこともある。チーチャンとは、四谷の家で、ほとんど兄弟のようにして育った。明治大学の映画研究会に所属していた文学青年で、卒論は太宰治の何かの小説をシナリオにしたものだったと思う。担当は平野謙だった。高校生だった僕は、大学生のチーチャンの部屋から新人だった五木寛之や吉行淳之介の初期の本を借りたり、雑誌の小説現代を読んだりしていた。僕は太宰は嫌いだったので読まなかったが、全集があった。セル協の部長に「昔、叔父が勤めていたんですよ」と言うと、20年前のことなので、直接は面識はないみたいだが「協会では、今でも噂になるんですよ、とても自由人だった、と」。その言葉を聞いて、なんだか自分が誉められたような気がして、少し嬉しかった。

◇講演終了後、事務所に帰って、大阪の山北さんが来て、ODECOの打ち合わせ。

◇夕方から小柳くんも合流して打ち合わせ。みんなで飲み屋に移動して、サンマと釜飯。

◇ここ数年、教育の現場について考えてきたが、やはり、自分自身で「場」を持たないといけない気になってる。リアルテキスト塾も10期まできたので、一応、第一段階は終了して、次のステップに進みたい。奈良の寮美千子が和光大学時代にやっていた授業のコンセプトは「ネットを中心にして、講義はオフ会の感覚」というものだということを、こないだ奈良でおしゃべりした時に聞いた。まさに、それだな。eラーニングがつまらないのは、教育のなんたるかを理解しようとしないシステム屋が、システムの都合だけで構築したシステムだからだと思う。ネットとリアルが本当に融合するような教育の「場」づくりをしたいと思う。

9月20日(土)
◇AIGが日経新聞をはじめとする主要各新聞で、「どうぞ、ご安心ください」という、顧客への詫び状広告を出した。その文章の中に以下のような文章がある。

「今般、米国政府の強力な支援のもと、米国連邦準備制度理事会(FRB)が決定した最大850億ドル(約9兆円)の融資により、AIGは、引き続きお客さまにより良いサービスを提供できる体制が整いました。この融資は、AIGの事業基盤の強さとその重要性に対する信頼の証しです。」

◇これは噴飯ものだね。リーマンより先にAIGが破綻したら、米国政府が支援したかどうか。だいたい事業基盤が強かったら9兆円もの融資は必要ないだろうと思う。ロシアンルーレットに、たまたま勝っただけなんだから、こんな空威張りしない方がよいと思うのだが。ところでドイツもオーストラリアも、みんな空売り禁止やってるね。日本はどうなんだ。こうした騒ぎの根本は、金融だけではなくて企業経営が、みんな単年度決算の価値の極大化しか考えなくなったからだと思う。いわゆる、株主のための経営。だれも、将来のことなんか考えなくて、その期の成績がよければ、自分が辞めたあとのことなんか考えない。執行役員制度なんて、経営のフリーター化だと思うのだが。リーマンのCEOだって、退職金はもらいそこねたかも知れないが、年俸200億円でしょ。それだけ会社から個人に資金シフト出来ていれば、潰れても自殺するほど困惑するわけではない。役員や社員だってそう。取れるときに取れるだけとって、あとはあとの奴が考えるさ、てなもんだ。ここ数年書いていた僕の新しい本のテーマが、こうした「経営刹那主義」への批判なんだけど、こうした構造を考え直さない限り、組織(コミュニティ)は使い捨てられるだけのものとなる。エコロジー問題の根幹も、ここにあるはず。サブプライムだって、ある時は、それでおいしい果実を吸ってたわけで、破綻したからといって、すでに得てしまった果実を返却しようなんていう奴はいない。アメリカ国民の税金に頼るわけで、これは、21世紀の新しい搾取の構造だ。刹那主義に溺れている組織がサスティナプルなんて言葉使うんだから、いやになるね。言葉をなめるなよ、と言いたい。

9月21日(日)

◇新橋で、親父と弟のケンちゃんと会う。香川県のアンテナショップにあるレストランで食事。

◇そのあと、神保町の三省堂へ。福原哲郎さんの「宇宙ダンス」のセミナー。「スペース・チュービング」を体験してきた。子どもたちは大喜び。福原さんの『宇宙ダンス/新しい身体をつくる』が春秋社から発行された。

◇世界経済危機はどこの話、というような感じで、日本は選挙のオーラが日本中を覆いだした。しかし、まだなんの告示もないのに、目黒区では、佐藤ゆかりのポスターがそこら中にはられているよ。いいんだっけ、こういうの(笑)。僕は投票には行かないけど(投票用紙がきても、「どうせいかないんでしょ」とカミさんが捨ててしまう)(笑)いろいろ付き合いがあるので、政治家からの郵便物がちらほらと。

◇個人的な付き合いだと、保坂くん。僕が大学生の時に、麹町中学でバリケードやったのは、保坂と古沢という中学生て゜、古沢は僕の最初の舎弟だ。それに、保坂くんには、ロッキングオンの仲間だった大久保青志が議員秘書でついてる。社民党は人数少ないから、国会で保坂くんが質問する機会が多くて、その分、場慣れして鍛えられてるな。自民党や民主党だと、人数多すぎて、質問時間は長くても、ローテーションまわるのにえらく時間がかかる(笑)。社民党は、質問時間は短いが、いつも保坂くんが出てるような気がする。

保坂展人のどこどこ日記

◇選挙区は民主党が推薦に入って、杉並になったようだな。石原伸晃さんとの戦いか。これはこれで、小沢さん一流の選挙術だな。なかなか面白い選挙区になりそうだ。

▼過去の東京選挙区の票

◇デメ研の古参研究員であるやっくんが、『英辞郎』の最新版に登場しました。

◇やっくんは、5歳で、僕が運営していた「おしゃべり放送局」でDJやってました。15年前。これは、有線放送のCANの1回線を借りて、誰でも30分DJ出来る、というものでした。カラオケのように、やりたい人がお金を払ってDJやる「DJカラオケ」を目指したのですが、企画倒れ(笑)。ネットの時代であれば、別のやり方があったかもしれません。ちなみに、その時の、番組のレギュラーでジングル作りなどでいろいろ協力してくれたのが、後にエバなどの声優でブレイクした宮村優子ちゃん。ミヤムーです。まだ神戸の芦屋から出てきたばかりの女の子だった。その他、いろいろキャラクター豊富なDJたちでした。後に、AV女優になった子もいたっけ。やっくんは当時、下北沢保育園の園児。別に僕が見出したわけではないのですが(笑)その後、9歳ぐらいの時に、「WIRED」に紹介して、記事になりました。これからの人材ですので、みなさまよろしく。


2008年09月14日

一週間の日記 9月8日から9月14日まで

9月8日(月)
◇今日から毎週、日本デザイン専門学校でメディア論の講義。代々木のフジタの前だという記憶だけで行ったが、フジタの前にない。よく考えたら僕が知ってるフジタのビルは、昔、売却されて裏の方に移ったんだな。ギリギリで間に合う。10代の子どもたちと一緒の時間は楽しい。

◇ロッキングオン創刊の仲間である岩谷宏が、滑川海彦の翻訳の仕事を手伝うことになった。なかなか思いの深い動きだ。

◇世田谷・用賀にある朝日新聞の販売店であるASA用賀の井口さんを訪問。井口さんは先進的な販売店で、用賀ナビを作ったり、販売店でミニコミ出したりカルチャーセンターのようなこともやっている。

◇帰り道に渋谷のハチ公前のところで、破門中の(笑)博多の岡崎太郎にばったり。昨晩、博多から帰ってきたばかりなのに、なんたる太郎の引きの強さよ。バンドの練習だとか言ってた。

◇首都圏で動いている人にとってスイカのカードは必需品になりつつあるだろう。80年代にテレカが出来た時に、僕は、テレカの社長のアドバイザリーブレーンのメンバーだった。その時にも、日本のカード携行率で一番高いのは定期券だったから、定期券が電子マネーになったら凄いね、などという雑談があった。それが現実化したわけである。ところが、ちょっと面倒なことになってきた。イオカードの時代は、税務処理する時に、使い終わったイオカードを交通費課目の領収書として添付して処理していのだが、スイカがマルチマネーになってきたので、チャージの領収書をはっても、交通費だけではなくて、新聞も買えればユニクロも買えてしまう。税務署が見逃すわけがなく、チャージの領収書では認めない、ということを言い出したようだ。そうなると、いちいち利用明細をプリントして、課目振り分けしなければならなくなって、とても大変。それならいっそ、イオカードに戻して、交通費だけのカードにしてもらった方が、仕事で動き回っている身としてはあとが楽。僕の旅行用のカードケースには、各地の交通カードが入ってる。関西の「するっと関西」「Jスルーカード」、博多の「よかネット」、札幌のカードなど。裏面に移動した区間が記録されるので、あとで精算する時に便利。いずれにしても、税務関係の作業は、とてつもなく非生産的な行為なので、なるべく簡略にやりたいものだ。

9月9日(火)
◇田町のヌースフィアは閉店してしまったが、布施くんが来る。布施はやはり何か拠点持たないとパワーを発揮できないと思うな。

◇観た人が、嬉しそうに勧めるので「デトロイト・メタル・シティ」(DMC)を観に行く。素晴らしい。こういう、明るく笑えて泣けるドラマは良いなあ(笑)。人に勧めたくなる映画は久しぶりだ。映画制作のコストがデジタル革命で激減してるから、がんばる監督の出番だよ。マツケンも良い味、出してる。

9月10日(水)
◇オンブック会議。

◇大阪から山北さんが来て、ODECO会議。亀田、星野さんも参加。

◇社団法人日本インターネットプロバイダー協会の事務局長に亀田くんが復帰しました。この社団は、亀ちゃんが初代事務局長として動きまわって設立されたもので、昨今のインターネット・プロバイダーを巡る動きが混乱してきて、再登板の要請が来たわけです。なんだか、僕を含めて、周辺の連中は、忙しさにドライブかかってきた。いくつもの仕事を同時並行で進めているので、頭の切り替えが大変だ。

◇学芸大学の和食屋さんは、昔は「しみず」という店に通っていたが、店長の清水健太郎(笑)さんが五反田に行ってしまってからいかなくなった。最近は、「件」とか「兆八」といった飲み屋が多いが、かしこまって和食の料理が食べたくなると「日々」に行く。この店の料理は、とてもおいしい。たまにしか食べられないが、ブイヤベースがあると最高。デメ研のそばに、ミシュラン星の「すずき」があるが、ここは、大企業の人がデメ研に来た時に、「何かおいしいものでも」と言った時ぐらいしかいかない(笑)。自前で行ったことがない。その「日々」がランチ定食を開始した。品が良すぎるのがたまにきずだが、やはり、おいしい。サンマの生姜煮、突き出し3品、豚汁、五目飯で1200円也。地域情報は、地域の人しか意味ないが、それはそれで必要だろう。

9月11日(木)
◇ロッキングオン会議。

◇青少年育成協会の本田さん来社。

◇教育CSR会議の会議。

◇弟に電話したら、お腹の調子どう? と聞かれた。そうか、一週間の日記、読んでるんだな。うちの親父も毎週チェックしている。家族はバラバラだが情報は共有。そういう意味でも「一週間の日記」というブログの週刊誌化は成功だな。

9月12日(金)
◇二宮の星槎学園へ。参加者は以下。橘川の他、朝倉(小児精神科医)村井(リクルートエージェント代表)田中(秘書)信國(元リク)後藤(フレンドリーラボ)小柳(東急エージェンシー人事部長)照井(ガオ代表)金子(教育CSR会議)妹尾(教育CSR会議)大野(お仕事探検隊)平賀(お仕事探検隊)中村(オンブック)。デメ研旅芸人の一座だ。

◇いやはや、すげえ密度の濃いい時間だった。いつものように星槎の宮澤さんのごちそう攻撃、演説攻撃が凄いのだが、こちらのメンバーもみんな一筋縄ではいかない連中なので(笑)大変、良い、コラボレーションだった。星槎の大磯プロジェクトはかなり進んでいるようだ。帰りは小田原まで学校のバスで送ってもらい、新幹線で帰京。

9月13日(土)
◇リアルテキスト塾10期生講義。今日は、フレンドリーの後藤くんと、あしゃぬまんが聴講生として参加。10期生もあと一回で終わり。しばらく専門学校での講義があるので、リアルテキスト塾は休みだな。参加希望の方は、橘川の方に連絡だけいれとおいてください。開講する時に連絡します。

9月14日(日)
◇銀座にH&Mがオープンしたので行ってみるが、博品館の前まで、もの凄い行列で入れない。日曜日はホコ天だから良いとして、平日もこの調子だったら、どうするんだろう。ちなみに銀座は、ガスホールがあったところだ。映画の試写会でおなじみだったな。渋谷のH&Mは、ブックファーストのあったビルだと。確か、パチンコ屋さんに追い出されたと思ったが、転がされたのか。しばらくは、都市の一等地のビルにH&M旋風が吹き荒れるのかな。

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◇10月2日に奈良に行きます。当日は、ソニーデジタルエンターティメントの福田社長と、作家の寮美千子さんを引き合わせて「まんとくん」などの話をします。そのあとでランチとなりますので、関西方面の人でランチに合流したい人いたら、連絡ください。

◇港区のエコプラザで、こんなのやります。橘川とエコね。周平の仕切りなので、断れない(笑)全体の仕切りは、元博報堂の池田さんらしい。雑誌「広告」やってた人です。

◇深呼吸歌人の久米信行くんの新刊「すぐやる技術」が出ました。「メール道」「ブログ道」のラインとは少し違う、「考える前に跳ぶ」ためのTIPS集。久米くんは、講演の上手さ面白さには定評がある。本書の内容も明治大学での講義がベースになっているようだ。具体的な「語るべき相手」がいる文章の方が、久米くんのスタイルに合っているようで、中身も、上手な講演を聞かせてもらったような気になる。いきなり「道」から入らないで、こうした出版コミュニケーション活動の追求を経て、最後に「道」に辿り着くのが正しい「道」だろう。

2008年09月08日

一週間の日記 9月1日から9月7日まで

9月1日(月)
◇大手町の野村ビルにある漢字検定協会へ大久保くんを訪問。僕に会わせたい人がいるというので。二人の人に会わせていただいたが、いずれも、僕がこれからやろうとしてテーマにドンピシャな人たち。彼らについては、今後の僕の活動の中で、報告していく。自分だけで人を呼ぶのではないのだ。人がまた人を呼んでくれる。大久保くんに感謝。

◇今週、九州に行くので、帰りに温泉でも寄りたいなと思って、ネットの旅館情報をあさったら、いろんなレビューが掲載されている。これを読むと、なんだか悪口ばかり。あれっ?  5年ほど前までは、文句も少しはあったけど、これほどではなかったと思うが。僕なんかは、いやなことがあったら早く忘れたい方なので、旅館レビューに悪口書いたら、またそのことを思い出すのでいやだなと思うのだが、そういうことはないのか。だいたい、いやな目にあった店は、二度と行かないだろうから、文句言っても仕方ないと思うのだが。でも結果的に、そういう悪口を読まされたら、行く気が失せるよな。旅館の人も、相手にしなければ良いのにと思うような書き込みにも、マニュアル通りに丁寧に答えてる。「金返すから、オマエなんか二度と来るな」みたいなことはない(笑)
 客がモンスター化しているのか。だいたい、僕は、何でもサービスしてくれることには感謝してしまうので、悪口は言わない。教育でも医療でも、先生に感謝することなく、サービスの一環としてお客の立場で文句を言う人が多くなったということだろう。これが、賢い消費者ということなのかい。やだな。
 昔、大阪の友人と話していて、大阪の人は食べ物屋の悪口を店主にズケズケと言うが、東京の人はおとなしいね、と言われた。大阪は町が狭いから、他に店がないから店主に文句を言って、また行くのだそうだ。店主も、今に見てやがれと味に工夫する。そうやって店を育てるという。東京は、まずかったら二度と行かないだけで、でも、新しい通行人が客として入ってくるから、店は潰れない。
 でも、旅館情報のレコメンドは、そういう愛情あふれる悪口ではなくて、単なる恨み節なんだな。そういえば、本のレビューも、どんどん一方的な悪口のレビューが増えてきた。嫌いなものは読まなければよいのに、わざわざ悪口を言う感性が分からない。
 なんでも自分を100%満足させられないものは敵だ、という感覚を持つ人が増えてきているのだろうか。やっかいな時代である。

9月2日(火)
◇ほとんど一日、企画書を書いてた。死ぬときは「人生の大半を日記と企画書を書いて過ごした」と言いたい。深呼吸は僕のメタ日記だ。

9月3日(水)
◇オンブックの会議は毎週、木曜日だったが、市川編集長が今月から毎週、八戸市に出稼ぎに行くので、水曜日に変更。

◇外を歩くと、暑くて頭が割れそう(いててて)赤坂見附からTBSの新しいビルに入居した博報堂へ。田町も神保町も、全部、ここに集めたようだ。田町のあんなところにあるビルは、その後、誰が入居するのだ。東京に立つ新しい再開発ビルは、もうネットバブルのようなことが起きない限り入居者があふれることはないだろうが、相変わらずビルの工事があちこちで見受けられる。使い道はいくらでも考えられるのだが。
 TBSは、赤坂の再開発で家賃収入という新しい利益構造を作りだした。しかし、サッポロが本業では堕落しても、恵比寿の家賃収入で高収益をあげているようだ。それは、企業として幸福なことなのだろうか。TBSもまた、同じような道を歩き出したのか。
 悪趣味の一ツ木通りの街路灯。TBSの、あの迷路のような社屋はなくなり、まさに「そびえたつ」ようなビル。窓からは国会議事堂が目の前に。生活総研の嶋本くんらと打ち合わせ。嶋本は、橘川公認の弟子なので(笑)僕の考えの理解力は速い。
 しかし、TBSには、僕の知り合いは誰もいなくなったな。80年代は仲間がたくさんいて、よく来ていた。一ツ木通りを歩くと、なんとなく20数年前のことを思い出す。TBSの前にある新赤坂ビルは昔のままだ。70年代、ここに小谷正一さんのデスクKがあった。小谷さんにごちそうになった京都の天ぷら屋さんの場所は、工事中でなくなっていた。そういえば、一ツ木通りに「高級吉野屋」のパイロット店があったな。あれはおいしかった。赤坂で飲んだあとの〆だった、牡蠣カレーうどんの店は、どうなっただろう。町を歩くと、人と食い物のことしか思い出せない。

9月4日(木)
◇博多から桃原さんが来た。桃原さんは、麻生グループの一員だったが、最近やめて新しいビジネスにかかわっている。かつて、博多で「麻生デジタルメディア研究所」を共同出資で作ったことがあるが、あっという間に消えた(笑)。桃原さんがかかわる新しい会社は、とても面白い。また博多に行くことが増えるのかも。タウン情報ふくおかは、緒方さんたちの手を離れて、別な動きになっているようだ。

◇教育CSR会議のメンバーと会議。しばらくは、全員、各地に散って取材活動だ。

9月5日(金)
◇家を7時に出て、目黒駅の果実園でモーニング。ここは朝も早くて抜群のコストパフォーマンス。羽田に向かい、熊本へ。

◇熊本到着。飛行機に乗るたびに、かつて川端康成が、飛行機に乗っていてそのまま墜落したら、どんなに楽な死に方だろう、と思っていたことを思い浮かべてしまう。なんたる呪術的な言葉を川端さんは残したものだ(@_@)。

◇熊本は暑い。熊本市内のプロントで黒川裕一くんたちと待ち合わせ。いつものように道に迷い、なんだかソープランドとかラブホが密集している地域に迷いこむ。感じの良い若いカップルがいたので、プロントの場所を聞いたら、ちょうど彼らもそこに行くみたいで案内してくれた。優しいね。

◇プロントで久しぶりに黒川くんと再会。黒川くんは、東大法学部を出てからアメリカに渡り自主映画を作って帰国。熊本で映画作りのムーブメントを進めている。数年前、彼の映画の役者オーディションが東京であって、僕も審査員やらせていただいた。楽しいオーディションだった。三井不動産の瀧山さん、教育CSR会議の周平、黒川くんのサポートしている三浦千晶さんらが集まり取材開始。今回は、三井不動産S&E研究所が著者で、オンブックで出版予定の、地域活性化をテーマにした本の取材である。

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▲取材風景。インビュアー=周平。後ろで撮影してるのは瀧山さん。

◇黒川くん、ますます活動にドライブがかかっていて、確信も展望も素晴らしい。僕のやろうとしていることと、まさにつながりっぱなし。同時代人というのは、こういう感覚なのかも知れない。黒川くんの活動・思想については、単行本が出たら読んでください。

◇一度解散して、僕と周平は熊本駅前のホテルニューオータニへ。ネットで検索して駅前がよいだろうと思ってとったんだが、熊本は駅前がメインではなくて、市街地は別なんだな。こういうのは地域によって違うから気をつけないと。駅前は何もない、殺風景な立地である。

◇夜は、「むつ五郎」で馬肉料理。黒川くんと、橘川、周平の他、深呼吸歌人のオゼくん、RYOくんが合流。深呼吸メンバーが増えたので、日本各地、どこに行っても仲間を呼べるので楽しい。ここの馬肉料理が絶品。刺身からステーキから串からにぎり寿司まで、すべて馬肉。ガンガン食える。スタミナ付きすぎ。

◇途中で、大学生のオゼくんへの説教がはじまる。彼は、大学の学友たちが、生ぬるいので、フリーペーパーを作って、外で活躍している人たちのことや、動きを紹介して、学内の活性化をはかりたい、と思っている。そういう発想に、まず橘川がカチンときた。僕のメディア人生は「みんな何も考えていないから啓蒙しなければならない」という旧来型のジャーナリズム的押しつけ主義と戦ってきた人生だからだ。
「おまえ、大学の友だちが嫌いか、信用してないだろう。そういう態度で、いくら外の素晴らしい人を連れてきても、彼らを洗脳するだけで、信頼関係なんか作れない。やるべきことは、そういうことではなくて、まず、オゼくんが仲間たちを好きになることだ」
「自分が凄い人になるわけではなくて、外の人を凄い凄いといって驚いて仲間に紹介しても、おまえ自身何も変わらない。そういう方法で経験を膨らませていくと、将来、とんでもなくいやな奴になるぞ」
「ベンチャー会社を立ち上げて社長やりたいというけど、社長なんて自分の欲望のために、他人を道具としてしか扱わない仕事だぞ。これからの社会は、そんな社会ではないよ」
 などなど、はじめて会うオゼくんを攻撃し続ける。黒川くんも同調(笑)。
橘川「いいかい、今のオゼくんと話をして説教しない大人は、おまえのことを利用しようとしている人間だからな」
黒川「もしくは、オゼくんのことを何とも思っていない大人だ」

◇とゆーことで、「説教した人間が飲み代を払うべし」という深呼吸する言葉通り、橘川が飲み代負担して終了。

◇そのあとコーヒーでも、ということで地元熊本のRYOくんが知っている「アロー」という喫茶店に。ホワイトコーヒーということで、何のことだろうと「?」を抱きながら、古いカウンターだけの店へ。穏和な顔をしたマスターがいれてくれたコーヒーは、一見、単なるお湯。最初、カップを温めるためにいれたお湯を、そのまま出してしまったのか、と思ったぐらい。でもこれがコーヒーらしい。飲んでみると、理解不能。お湯に、薄いコーヒーの香りが。しばらく味わっていると、不思議な落ち着き感が出てくる。

◇マスターが何気なく「お茶ですよ。お茶は誰でも簡単に入れられるけど、お茶ほど深いものはない」と。どうやら、マスターが試行錯誤の結果、コーヒー道で「お茶」を追求した末に辿り着いたものらしい。焙煎をほとんどせずに、生豆に近いローストでコーヒーをいれている。喫茶店をはじめて45年、そのうち35年間は、朝の8時から夜中の3時まで休まずに店を開いていたという。熊本の人間、畏るべし。次から次へと常連が入ってくる。外国からも飲みに来る人がいるらしい。

◇解散。周平とホテルに向かったのだが、どうせ熊本に来たんだから「桂花ラーメン本店」に行かないと、と。これが悲劇の幕開け。70年代に新宿に桂花ラーメンが出来た時、不思議な味に最初は驚いたが、やがて味がなじみ、時々、食べに来ていた。最近はまるで行かなかったが、20代の思い出の味である。ニンニクたっぷりのトンコツラーメンはおいしい。

◇ホテルに帰って、ベッドへ。馬肉のエネルギーで体中がほてってきた。更にニンニクラーメンで完全下痢(笑)。昔、日中旅行社にいた古沢がお土産で持ってきた中国の精力剤というのを試しに飲んだら、ひどい下痢をしたことがある。あの時と同じ雰囲気だ。一晩、のたうちまわる。

9月6日(土)
◇早朝の散歩も、腹具合が悪くて、早々にホテルへ。朝飯は抜き。駅前のドラッグストアで正露丸を購入して、ラッパ飲み(笑)。

◇周平がレンターカーを借りて、島原へドライブ。しかし、一時間単位でトイレのあるレストランで休憩しつつ。島原は、大きな町だ。地方は、どこに行っても住宅もごきれいだし、スーパーに行けば、東京と同じ品揃えだし、海鮮ものは安い。だけど野菜はそれほど安いとは思えなかった。武蔵小山の平和通り商店街の方がはるかに安い。しかし、都市部は、ファーストフードも靴屋もカフェも、どこも同じフランチャイズの店ばかりだな。

◇とゆーことで、風景を愛でることもなく、ひたす腹かかえておとなしくしている。熊本駅で降ろしてもらって、一人に。本日は、福岡まで行く予定だったが、やばいので少し休憩して、ネットで調べておいた熊本近くの温泉で泊まれる所を探して電話。玉名温泉に行く。夕食が出たがほとんど食べられずに睡眠。

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▲熊本の蜻蛉。僕が子どもの頃は、東京でもトンボがたくさんいた。

9月7日(日)
◇早朝の温泉は贅沢な時間だ。お腹をなだめながら福岡へ。久しぶりの福岡なので、いろいろ動きたかったが、早めに空港に行って、休息。福岡空港は、市街地から一番近い空港だ。地下鉄ですぐだ。昔、福岡によく来た頃に買ってあった「よかネット」が使えた。

◇羽田上空は雷で、なかなか着陸出来なかったが、ようやく着陸。川端呪文が(笑)。飛行機の中で10本くらい深呼吸する言葉を書く。まさに旅の空。旅行すると深呼吸しやすい。食べ物や風景が違うことが刺激になるのか。芭蕉の気持ちが少し分かる。

◇帰りの電車の中で深呼吸歌人のhamiさんが書いた「深呼吸和歌集No.3」のレビユーを読む。

◇これなんだよな、僕が「ポンプ」以来、戦ってきたテーマというのは。「ポンプ」という投稿雑誌を78年に創刊した時、旧来型のインテリからは「内容のクォリティが低い」という批判がたくさん来た。僕は、「これはクオリティを求めるものではなくて、一人一人が生きていることのライブ感を共有するものなのだ」ということで反論した。クォリティは才能ある人が切磋琢磨して作り上げていくもので、それはそれで評価すべきだと思うが、特別人ではなく、すべての人が生きていること自体が表現であるというような社会形態を僕は求めたのだ。「ポンプの投稿は、正しいとか凄いというのではなくて、嬉しいものであって欲しい」と書いた。

◇深呼吸和歌集は、個人集については「クォリティ」を求めるものとし、アンソロジー集については「ライブ」を求めるものと理解ください。時代感性そのもののウィキペディアと言えばよいでしょうか。

◇今回の九州行きは、とても多くの情報と確信を持つことが出来た。クォリティとライブの融合こそが、僕らの求めるテーマだ。別個に進んで、共に撃つ。時代が僕らの共通の職場だ。これ以上の大企業はない。

2008年09月01日

一週間の日記 8月25日から8月31日まで

8月25日(月)
◇来月から日本デザイン専門学校で講師やるんだけど、やたらといろんな書類を提出しなければならない。なんか大変。とりあえず今日は、世田谷区役所で「身分証明書」をもらってくる。なんの書類か分からなかったんだけど、「禁治産者ではない」という証明書だった。僕の本籍は世田谷区駒沢になっている。僕の生まれた時の戸籍は「台東区柳橋1−31」だったが、娘が生まれた時に当時住んでいた駒沢に家族みんな移した。

◇その後、青山の國學院高校へ。僕の経歴は「國學院大学中退」となっているが、卒業していないので、正確には「國學院高校卒」となる。最終学校の卒業証明書が必要だというのだ。国高は、今では受験校だが僕の当時は誰でも入れるバカ高校であった。大学もそのままエレベーターだから、まともな受験勉強はしたことない。そのバカ高校でも、成績はペケから2番目くらいだったからな。これ、自慢したいところだ(笑)。

◇よく大学生と話をする時に「なんだ、オレがおまえの年齢の時にはロッキングオンやってたぞ」と言うと、みんなビビる(笑)。だけど、その頃のロッキングオンは今のロッキングオンではないので、ビビる必要はないのだが、それでもビビるな。

◇銀座で金子くんと合流して、栄光で野澤さんと打ち合わせ。「こどもエコ自然観察ガイド」(東京書籍)の本が出来たので、もらう。子どもエコ検定のプロジェクトの一環だ。

◇銀座から池袋へ向かい島根歯科で歯の定期クリーニング。打ち合わせの時間がとれなくて、タウンタウンの田尾さんを島根歯科に呼んであったので、待合室で打ち合わせ。田尾さんは、行徳のニュースタートのメンバーだ。終了後いつものように、島根さんとキズナの高崎くんと田尾さんとで、近くのうどん屋へ。本日は、深呼吸する言葉ネットワークの人に「合流自由」と伝えてあったので、途中から、深呼吸歌人のhamiさんが合流。

8月26日(火)
◇健康診断書を専門学校に提出しなければならないので、近くの病院へ。来月、人間ドックに入るんだけどな。簡単な検査して5000円ちょっと取られる。

◇電通さんから「広告青春時代」という、なんともな案内がきたので汐留のアドミュージアムへ。「七人の刑事・二人の銀座」を上映(といっても、普通のテレビでビデオ再生してるだけだが)。これが、凄く良い。漁村の若いカップルがいて、女の子が東京から遊びに来た男たちに誘拐される。彼氏(寺田農)が東京に探しに来て、七人の刑事と犯人グループを銀座で発見する。銀座の街並み、人の服装がなんとも懐かしい。僕は四谷に生まれ育ったので、ちょうど銀座と新宿の間だった。渋谷と神保町の間でもあったが。銀座の町に都電が走ってる。あの都電に乗って銀座に行ったのだ。新幹線も映ってる。それで、犯人と誘拐された彼女を発見するのだが、彼女はすっかり東京になじんでいて、楽しそうに犯人グループの中に溶け込んでいる。寺田農が「帰って来い」というのだが、彼女は、東京で仕事も見つけたし、生活に満足していると言う。漁師である寺田農が「おまえ、給料いくらもらってるんだ」と言うと、彼女が「月給12000円」(笑)と答える。すると勝ち誇ったように「漁師は月給5万円だぞ」と言うが、彼女に馬鹿にされる。最後は、デパートで包丁を買って、てっきり犯人や女を刺すのかと思ったら、犯人グループに背を向けて、銀座の雑踏の中に向けて走り出し、見も知らぬ通行人を刺殺する。

◇ああ、僕らは、こういうテレビを見て、育ったのだ。あれは佐々木・守さんかな。村木良彦さんが寺山修司と組んで番組を作っていた時代だ。テレビのこちら側とあちら側が強い視線でつながっていた時代があったのだ。 こないだの秋葉原の事件は誰もが心の奥底で予感していて、本やマンガの中では、そのシーンを推察していたような作品はいろいろあるが、テレビでは、こういう想像力は遮断されてしまったようだ。テレビの崩壊は、システムの崩壊というよりも、内在する表現の自己制御による崩壊の方が意味が大きい。

◇アドミュージアムでは元リクの澤田美佐子さんも合流するはずだったが、本日、小柳くんと会うことになったので、彼にあげる「こどもエコ自然観察ガイド」を野澤さんのところに取りに行くことになり、澤田さんに電話して、早めに出る。

◇新橋から銀座に向かって歩いていると「きつかわさん」と呼びかける声が。なんと澤田さんがいる。しかも、僕らの90年前後のバソコン通信時代の仲間である下伊豆くんの作品を近くの画廊で展示しているから見に行くところだと。ならばというので、そのまま一緒に画廊へ。下伊豆くんは、京都の太平印刷に勤めていた人で、かなりシュールな人だ。たぶん、遊星通信の蔵前仁一くんらの紹介で会ったのだと思う。作品もとてもシュール(笑)。他の芸術家は、いろいろこった作品が多い中、何も書いていないのか、下地だけなのか、のっぺらぼうな額縁が2枚並んでいる。昔、具体派の芸術家だった村上知彦のお父さんが「椅子」というテーマの作品展をやって、みんなが画廊に行くと、椅子に座ったお父さんがいた、という伝説を思い出した。

◇そのまま澤田さんと一緒に、野澤さんの事務所に行き、本をもらって有楽町へ。電機ビルの上にある「有楽町外人記者クラブ」の会員制バーで、高橋誠さんと藤原和博くんとを会わせることになっている。そこに小柳くんも参加。高橋さんとは、80年代マーケティングの時代に、同じような世界にいて、面識がある。今は、栄光がやっている日本教育大学院大学を運営してる。藤原くんは、和田中の元校長先生なので「校長」と呼ぶのが今でも似合う。澤田さんは、リクルート時代の藤原くんのアシスタントをやっていたこともあり、久しぶりの再会である。東急エージェンシーの小柳くんは、ODECO、教育CSR会議における橘川のパートナーなので、ここに合流。

◇いやはや、楽しい夕餉であった。高橋さんが65歳ではじめての子どもが3歳ということで驚愕。しかも奥さんも50を超えて初産だと。なんでも、母親が50歳で出産したのは、年間45人だとか。45人もいるのか。

◇藤原校長も、和田中やめて、なんだか昔のリクルート時代に戻ったような感じだ。橋下徹大阪府知事の顧問として大阪の教育改革にあたるらしいが、大阪の教育界に面白いパートナーをみつけたようだ。その他いろいろ面白い話を聞けたのだが、オリジナル時計をプロデュースしたらしい。相当、本物(笑)

◇解散後、小柳くんと銀座でお茶。10時すぎだったが、小柳くん、会社に戻る。代理店は大変だ。

8月27日(水)
◇ペーパーメディア研究所(ペメ研)の青山さん来社。blobloのテスト版を今秋発行なので、打ち合わせ。青山さんは、明日から夏休み旅行でシベリアへ。

◇大阪から山北さんが来て、亀田くんらと打ち合わせ。経産省の「にっぽんe物産市」がスタートしたので、詳細つめる。デメ研の役割は、採択された30カ所の地域エージェントに対して、毎月2泊3日の研修を行う。日本各地から、いろんな人が一つの場に集まって勉強することは、単なる知識取得だけではなく、信頼出来る関係性を作るチャンスになるはずだ。亀田くんは、八戸市の顧問もあり、社団法人日本インターネットプロバイダー協会に復帰したりして大変なので、元東京財団の星野さんを秘書に。星野さんも会議に初参加。

◇「写真言葉」の企画をスタートしました。写真と言葉のコラボによる作品の合流を。作品が集まったら、深呼吸する写真展を開きましょう。しかし、picasaのシステムが安定しない。アップロードした写真が見えなくなった。サポートは英語でしか受付ないのというので、困った。

▼橘川の「写真言葉」は、こちらです。

8月28日(木)
◇ロッキングオンの会議。RO69「COUNTDOWN JACK」が盛り上がってきた。アマチュア・バンドの公募企画で、賞品は暮れの幕張ロックフェスのステージに立てるということだから、バンドやってる人は注目だ。知り合いに話したら、早速、関係してるバンドを応募させたようだ。

◇渋谷の三井銀行で口座開設。専門学校が、ここでの口座開設を指定してきている。これで、書類はすべて揃ったので、郵送。

◇午後から、オンブックの会議。今日はコンテンツワークスと打ち合わせ。
『深呼吸和歌集 No.3「最近、人生について考えると、眠くなる」』撰 きつかわゆきお」が発行になる。これを読んでいると、時代をトリップします。ああ、僕は、やはり、時代に対して、ミーハー的なファンなのだな。

◇教育CSR会議の打ち合わせ。地域活性と教育活性が2010年までのデメ研活動の両輪。

8月29日(金)
◇元鹿島建設の鈴木敏行さん来社。携帯を使った植物判別システムの打ち合わせ。

◇午後から、深水英一郎くんがパズブロックの長田くんを連れて来社。blobloの打ち合わせ。新しいことが誕生する時の、楽しい高揚感が好きだ。ハイテンションになると(笑)の方向を向いてしまう。

8月30日(土)
◇人はたくさんの人と出会うけど、出会ったすべての人と付き合える時間はない。本来なら一緒に仕事をし続けたかった人、一緒に遊びつづけたかった人、一緒に暮らしたかった人……個人は、時間と肉体の小さな限界の中で生きているので、すべてのコミュニケーション欲求に従うことは出来ない。

◇パソコン通信が出来た時、「ああ、これは出会いのメディアではなくて、再会のメディアだな」と思った。本来なら会い続けるべきだった人たちと、ネットの上で再会出来ることが僕にとって最大のメリットを感じるものだった。それは、具体的に会ったことのある人だけではなく、会うべきだった見知らぬ人も含めて。

◇そして、今も、現実は変わらない。物理的・時間的な制約の中で、可能な限りコミュニケィティブに生きようと思っていても、一日に会える人は限られている。関わりたいプロジェクトが無限にあっても、共同して実施出来るプロジェクトは限られている。

◇僕は今「一週間の日記」という記録をつけている。これは、単なる備忘録ではない。この時代の中で、本来、一緒に時間と空間を共有して生きていくべきだった仲間たちへの、僕という現実からの業務報告だ。僕は、僕及び僕の現実が果たしている役割より、会えない仲間たちが担っている仕事の方に、多くの期待をかけている。だからこそ「業務報告」をする必要があるのだ。

◇時代を生きるとは、時代の中で生きることではなく、時代そのものを自分のものとして感じながら生きていくことなのだから。

8月31日(日)

◇すごい青空と雲。思わず目黒の林試の森に、青空を見に来た。人が一杯。森のベンチで休息。セミがこれでもかと鳴いている。乱パというわけですね。頑張れ自然。この森には僕のマザーツリーがいる。来ても会話は交わさない。ただ木の肌を触るだけ。母と会話は不要だ。以前にあった小山は削られて広場になってる。風もなく、木の呼吸だけが満ちている。

◇智恵子さんではないが、東京には空がない。空を見上げると電線がはりめぐらされていて、純粋に空を見上げることが出来ない。このことはカメラを持ったことによって発見した。空を探しに、森へ。武蔵小山の方に歩いていくと、禿坂(かむろざか)から26号線に向けたバイパスが大方完成していて、新しい道路は電線などが地中化しているので、青空が大きく見える。

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◇武蔵小山商店街は、古い東京の雰囲気が残ってる。システム化される以前の雑踏。中華料理の井門で「揚げ戻しゆで麺」を食べようとしたら、メニューになくなっていた。