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社長日記

2008年02月23日

一週間の日記 2月18日から2月23日まで

2月18日(月)
◇済生会中央病院へ。膝に注射。いてえ。

◇東京駅から京都へ。いつもは東京駅の大丸の食品売り場で弁当を買うのだけど、工事中で休業。大丸はどこと合併したんだっけ。企業が合併するのは基本的に反対。本当の時代の流れは、むしろ企業組織がより小さな企業組織へ分解していくべきだと思うから。大きな企業がより大きな企業になれば、行き着く先は金融会社にしかならないことは自明の理だと思う。ホールディングカンパニーって、何をホールドしたいのだ。

◇名古屋を超えると関ヶ原あたりは雪景色。いつも、この辺の積雪で新幹線が止まる。このあたりだけ、冬場だけビニールハウスのようなトンネルにすればよいと思うのだが。かけるコストとかけないで損失するコストを見渡す業務が、今の企業組織に欠けていると思う。昔、こんな話を聞いたことがある。ドイツのある地方鉄道会社で、有人駅にして人員にかけるコストと、無人駅にしてタダノリをする率を調査分析して失う料金を見渡したところ、圧倒的に無人駅にした方が利益が出る、と判断して無人駅にした、と。

◇眼前と遠景の両方を見渡す人が必要だ、と車窓を眺めながら考える。移動するということは思索の時間を与えられるということだな。

◇京都で木村英輝さんと会うことになっているので、まずは京都動物園の絵を見にいこうと思ったら、月曜日は休館だ。ホテルに入って少し休んで、空の北田くんを訪ねる。京都のすぎもときょうこちゃんも合流。みんなで、青蓮院門跡へ。大柄な木村さんが待っていてくれた。ロックの世界では伝説的な人で、村八分のプロデュースや70年代初期のロックムーブメントのどまんなかにいた人。噂通りに存在感が漂う。青蓮院のふすま絵は、歴史的な建造物にライブ感あふれる蓮の絵が描かれている。前世、現世、来世(極楽)のような間取り。現世のカエルくんたちの生命力が素晴らしい。

▼青蓮院門跡(極楽)
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◇木村さんの話。
「これは岩絵の具やニカワは使わんで、アクリルで描いたんや。門主に、俵屋宗達や伊藤若冲が今いたら、同じ素材を使ったと思う、って言うてな」
「門跡というのは、天皇家の妾の子が住んでいたとろや。京都には、そういう門跡がたくさんある」
「ここの絵はだいたい1ヶ月くらいで描いた。5年も8年もかけて描く奴は決断力がないんや。君なら分かるやろ、インプロビゼーションなんや」
 まさしく、木村さんの絵はロックそのものであった。いやはや、久しぶりに圧倒される人と会えた。木村さんは額縁の中の絵ではなく、京都中の建物の壁画を描いている。まさに京都全体をステージにしたライブ活動を続けているわけだ。

▼青蓮院門跡(木村さん)
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◇そのあと木村さんの案内で、佗屋古暦堂という鳥料理の店で食事(ここには「けんか鳥」の絵がある)。東京から日販の松島凡、大阪から西哲が合流。そのあと“MOJO WEST”というライブハウスに行き(ここには「シンギング・パンサー」というど迫力の絵がある)、ル・アンジェ教会の「飛ぶ亀」を見せていただいた。とても贅沢なツァーだった。

◇木村さんの存在感とともに、京都という町の持つ奥深い器に感動。一人の才能のある人間を見つけると、マスコミの評価ではなく、自前の眼力で評価し、応援する。現在、木村さんの作品は、20カ所以上、京都の町の中で息づいている。ガイドマップを作って、今度、友人たちと一緒に見学ツァーを企画したい。これも「地域興しの」新しい方法だろう。

◇ちなみに、僕のブログの1970年9月6日の日記にある、100円コンサートは、木村さんたちが仕掛けたものだろう。

2月19日(火)
◇ホテルで目覚めて、四条から丸山公園を通って京都動物園へ。ぶらぶら歩きながら、ようやく到着。類人猿館があって、ゴリラが檻の中をウロウロ。室内に入ると、いきなり木村さんの絵が。凄い色彩、凄い躍動感。檻の中のゴリラより存在感があって、彼らが可愛そうになった。

▼京都動物園(ゴリラの日々)
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◇山科に出て、京都駅へ。帰京。思うところ多々あり。

2月20日(水)
◇秋田の白神山地を舞台にしたドキュメンタリー映画「白神の夢」のプロデューサーである山下勉さんが来社。テーマも内容も、素晴らしい作品だ。今後の協力関係について、相談。近日、イベントをやろうと思う。映画も良いなあ。いやあ、毎日、パワフルな人ばかりに会うなあ。

◇人ばかりではなく、いろんな相談事が舞い込んできている。なんだが、時代地震かな。そういう時は、なぜか、僕がいるんだな(笑)

◇亀ちゃんと久しぶりに打ち合わせ。お互い、動きまわりすぎて、打ち合わせも出来ない。

◇夕方からベネッセ打ち合わせ。

◇アキバテクノクラブの鈴木さんが来社。来年の秋葉原活性化について相談。鈴木さんは、橘川が「企画書」という単行本を出した81年に、それを読んで連絡くれて、以来、仲間。当時は鹿島建設の社員で、日本で最初に「サテライト・オフィス」という企画を持ち込んで、実行した。現在は、秋葉原のダイビルで、産学協同のスペースを運営している。カミさんと三人で韓国料理屋へ。

2月21日(木)
◇ロッキングオンへ。RO69は、これからぐっと面白くなりますよ。

◇オンブックの会議。出版企画が続々と入ってきている。マスではないけど、とてもインパクトのある出版企画がオンブックの得意領域だ。旧来の出版社スタイルとは違う、インターネットのコンテンツ・ビジネスのあり方は分かっているので、あとは地道に進めるしかない。

◇周平とオキタリュウイチくんが来社。オキタくんは、「ヘブンズパスポート」という一時期メディアでも話題になった企画を推進し、関西のえげつない商売人に痛い目にあった人。数年前に会って、昨年、日本財団のパーティで再会した。こないだ東京新聞を読んでたらオキタくんの活動が出ていた。「生きテク」というプロジェクトだ。


◇「完全自殺マニュアル」以来、自殺の方法論に関しては出版でも本でもたくさん出ている。そういう情報を読んでいるうちに、自殺したくなってしまう子どもたちが出てくるのも当然だろう。オキタくんは、「生きテク」という、自殺を思いとどまった方法論を体系化して、それを広げることによって自殺をストップさせたいという試みに着手している。

◇天狗で、食事しながら、雑談。一番まずいのは、無自覚に情報を垂れ流しているテレビではないか、とオキタくん。ごもっとも。マスコミの連中を集めて、生きテクのレクチャーやりたいね。今、メディア・リテラシーが必要なのは、メディアを作ってる連中だ。

◇かつて、マスコミ権力の横暴に対して、サブカルチャーが生まれたんだと思うが、インターネットの時代になって、サブカルチャーが権力化して、マスコミも追従するという光景になっているのではないか。サブカルチャーに対抗する、ポジティブ・カルチャーの成立は、いろんな領域で必要になっているはずだ。単なるシステム的なフィルター整備では、問題が奥深くなっていくだけ。

2月22日(金)
◇フレンドリー後藤くんたちと、ピリオの今後について相談。

◇周平、妹尾さんと神宮前の子ども調査研究所へ。高山英男さんと、定期的に戦後子ども文化史の研究会を始めている。子ども史みたいなものは、新聞記事をスクラップしたものや、教育史みたいな本はいくつかあるが、文化史としてとらえたものはない。例えば、キャプテン翼が一番売れて子どもたちに影響を与えたのはいつで、ナルミヤの子ども服が爆発した時期はいつで、そのことによって子どもたちの意識がどのように変化したのか、ということは記録されていない。長い時間が必要だが、戦後の子どもたちの内面に踏み込んだ文化史を探っていきたい。

◇子ども調査研究所は、僕にとって、故郷みたいな空間。エレベータのない階段をのぼるのも懐かしい感覚。

2月23日(土)
◇インターネットで大学の友人の名前を入れたら何人かヒットした。同じように、学生時代に読んだ本で、とっくに捨ててしまった本を検索したら出てきた。ジャン・ポーランの「タルブの花」を入手。当時も何が書いてあるのかほとんど理解できなかったけど、何かとてつもないエネルギーを感じた本。ジャン・ポーランは、NRFの編集長としてフランス文学界の人材開拓と、無名の新人作家に多くの影響力を与えた人。インターネットで検索してみれば分かるが、サルトルからモーリス・ブランショまで、彼らのデビューと作品制作にジャン・ポーランがからんでいる。ミショーにメスカリンを吸わせ、「O嬢の物語」の実質的な執筆者とも噂されていた。編集者として異常な嗅覚と文章作業力を持ち、ナチとの抵抗運動では卓抜な活動家ぶりを実践し、若き作家たちに畏敬されていた男。19歳だった僕は漠然と彼の生き方に憧れていた。「タルブの花」を読み直してみたが、やはり、学生時代と同じような感覚。理解は出来ないが底知れぬエネルギーを感じる。「何も言わなかったことにしておこうか」という言葉で終わる本。

◇3月14日の出版パーティの準備。僕が誰と付き合ってきて何をしようとしいるかが分かる人には分かるだろう。

2008年02月16日

一週間の日記 2月11日から2月16日まで

2月11日(月)
◇静岡のホテルに宿泊。泊まったのは、橘川、ソニーデジタルの福田さん、鍼灸師の信国真理子。チェックアウトして、信国とどうせなら海でも見てこようと、焼津へ。焼津駅に降りたが、なんの変哲もない田舎町で潮騒の香りもない。市場も休日で休みのようだ。なんもない道を歩いて食事したが、つまらないので、タクシー呼んで大崩海岸へ。

◇大崩海岸の崖っぷちにある「ダダリ」というカフェへ。これはなかなか味のある店。風景は抜群だし、岸田今日子風のママも味を出してる。お茶飲んで帰る。信国は、モルガン銀行を19年勤めあげて、今は鍼灸師+マヤ整体(アジアで唯一のマスター)をやっているが、彼女が女子高生時代にロッキングオンに投稿してきた頃から知っているので、当時の読者仲間たちの話で盛り上げる。今度のパーティにみんなを呼ぼうということに。

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◇帰京。眠い。

2月12日(火)
◇午前中、オンブックの会議。

◇関西からマーケティング会社の人がクライアントを連れてヒアリングに来る。自動車の未来についての話だが、80年代にメーカーやら自動車工業界などで、さんざん話したことと、あまり変わらないことに、話しながら気づく。ようやくリアリティが出てきたということか。そういえば、僕は自動車免許もないのに、あらゆる自動車会社の仕事はしたことがあるし、「新道路産業」では長く連載していたし、「トラモンド」というタクシー業界の雑誌でも連載してたことがあるのだな。移動と通信はコインの裏表。

◇金子、周平くんたちと合流。目黒で野澤さんたちと環境教育CSR会議。

◇そのあと、周平とデメ研に帰って、フレンドリーラボの後藤くんと打ち合わせ。「ピリオ」を今後どうするかで相談。

2月13日(水)
◇ヌースの布施くんら来社。いろいろ打ち合わせ。

◇今日は、沖縄検定の打ち合わせの予定だったが、なくなったので、塾生の田淵萌ちゃんを呼んで打ち合わせ。仕事を手伝ってもらうことに。

◇モノマガジン見てたら、島田奈央子ちゃんが出てて驚く。島田奈美という芸名でアイドルだったのだけど、10代でアイドルをやめた子。西村知美と同期で、やめる時に、西村知美が「ずるいよぉ」と言ったとか言わないとか。なんでそんなことまで覚えているかというと、親戚だから(笑)。奈央子ちゃんのお母さん(みーちゃん)には、僕が子どもの時に可愛がってもらってた。

◇アイドルの頃は、暴走族にファンが多いという噂を聞いた。周平に聞いたら、NYのクラブシーンでもファンが多かったということだ。今は大人になって、音楽ライターやDJやってるようだ。

▼「よい子の歌謡曲」の連中には、顔の輪郭が若い時の僕に似ていると言われていた(笑)

2月14日(木)
◇ロッキングオン会議。1年前から渋谷に説明していることを、ようやく渋谷が理解。方向性が決まる。

◇ODECO会議。教育CSR会議。

2月15日(金)
野口恒さんが来社。野口さんはビジネス本をたくさん書いている。僕とは80年代の後半に、NTTがテレカという会社を作って、出来たばかりのテレカの勝屋社長のアドバイザリーボードのメンバーとして一緒だった。僕は、それ以前から情報通信総合研究所のいろんなテーマのブレーンやっていて、その流れで選ばれた。途中から、まだ日本女子大の先生だった頃の奥出直人くんなどが入ってきたりした。なかなかエキサイティングなボードだった。野口さんは、確か、イサム野口の親戚だったとか。今日の訪問は「教育CSR」について。

◇久しぶりにNECの松永統行さんが来社。いろいろと情報交換。大いなる刺激を得る。

◇金子、妹尾さんと大崎で待ち合わせしてゲートシティのMOCへ。瀧山さんと合流。春から地域活性のテーマで連続講座を計画している。面白いことになりそうだ。

2月16日(土)
◇日販、柴田、凡くんと恵比寿で打ち合わせ。検定をいろいろ考えようということになる。

◇ガーデンヒルズのウィンストンホテルでソニーデジタルの福田さんと、ケータイ文学賞第一回大賞の淺里大助さんと会食。淺里さんは岩手の障害児学校で教諭をされている。現場の生々しい話を聞かせてもらいました。

2月17日(日)
◇膝のMR検診のために麻布の済生会中央病院へ。ヘッドホンをつけて横たわる。放射線で輪切りにされるわけだ。休日の病院は不思議な静けさ。

◇行きはバスで来たが帰りは地下鉄で帰ろうと三田駅の方に向かうと、ちょうど、東京国際マラソン。走っている人を見ると、あまり若い子はいないな。30代、40代が中心か。人間は、機械化によって肉体を酷使する労働を軽減したが、そのことで得た余暇を使って肉体を酷使するスポーツに夢中になる。変な生き物とは人間のことだ。これからの技術は、適度な肉体的酷使を加味した機械の開発がポイントになってくるだろう。それが本当のヒューマン・エルゴノミクスなのに、そんなこと考えるエンジニアも経営者も、まだ当分は現れないだろう。合理の意味を、現前のことではなくて、人類全体の問題としてとらえなければならないのに。

▼東京国際マラソン
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2008年02月11日

一週間の日記 2月3日から2月10日まで

2月3日(日)
◇10年ぶりの大パーティなので準備が大変。1990年に「一応族の反乱」(日経新聞社)を出した時の出版パーティが600人以上の大変なイベントだった。イベントの模様は、リクルートがチーム作ってくれて映像記録してくれたのだが、ベーカムのでかい奴なので、どうすればよいのか(笑)。その次は、2001年「21世紀企画書」(晶文社)の出版パーティで、この時は350人くらい。しかし凄いのは、大阪でやったのだ。博報堂関西が協力してくれて、東京から200人余りが参加した。しかも平日。デタラメな出張願いを出して来てくれた人も(笑)たくさんいる。ありがたいことだ。このパーティには、ブースが20社以上出て、売れ出したばかりの田口ランディのサイン会まであった。人の出版記念パーティで、他の人がサイン会やるというのも珍しいだろう。そういえば、90年のパーティの時も、ランデイは発起人になってくれていたのだ。

◇ということで、本当は、60歳の還暦の時に3回目の大パーティをやる予定だったが、前倒し。前2回は協力してくれた仲間や会社があったけど、今回は、小さな身内だけで実施しなければならない。当日、会場で協力してくれる人には、個別に連絡するのでよろしく。

◇会場は、素晴らしい。昔、新世界というグランドキャバレーだったのだが、まさか行ったことがある人なんかいないと思ったら、いた。うちの親父だ(笑)「40年以上前によく行った。懐かしい」と。その頃、親父は毎晩飲んで帰ってきて、たまにお寿司の特上を持ってくるのが楽しみだった。ちなみに、うちの親父は、このブログを毎週チェックしているので、これも読んでるだろう(笑)

◇今回のパーティは林雄二郎さん(91歳)に来ていただくので、世代を超えた集まりになるだろう。いまから、わくわくしている。

2月4日(月)
◇さてさて誕生日である。なんだろうね。林さんから比べれば、まだまだ小僧っこというところか。

◇インサイト・コンサルティングの槇本さん来社。教育CSRは今年は馬力あげないと。

2月5日(火)
◇オンブックの会議。日経広告研究所の「広告関連論文レファレンス」が出来上がる。こういう、一般の人には必要ではないが、必要な人にとっては必要、というコンテンツがオンデマンドには合うのだろう。今後も、いろいろ資料集を出していく。貴重な資料やデータ集がある方は、ご相談ください。

◇林雄二郎さんと「森を見る会」を開催。少し早めに霞ヶ関ビルで林さんと会い、スターバックスでお茶をする。会議では、経産省の境くんが「静脈産業」という言葉にインスパイアされて、「静脈産業と国家予算」というテーマで講演。林さんのコンセプトとは少し違うが、ここ数年、役所の予算と付き合っていて感じることがたくさんあり、面白いテーマになると思う。

◇終了後、みんなで中華料理。林さんはワイン。「僕は肉でも魚でも赤ワインなんだ」と赤ワインを飲みながら、みんなとおしゃべり。今日も終了は11時くらいになる。

2月6日(水)
◇午前中はベネッセの矢島くん来社。打ち合わせ。

◇昼間、松下電器の大原幸子さんが来社。久しぶりである。亀ちゃんと3人でランチ。大原さんは東大出て松下に入って、マーケティングやインターネット事業をやっていた。デメ研とは10年来のおつきあいである。今は、お台場のショールームの企画をやっているので、いろいろやれることありそうだ。

2月7日(木)
◇朝からロッキングオンの会議、3本立て。午後に終わって、カミさんが「iPod」買いたいというのでビックカメラに付き合う。ランチはどじょうを食べようということになり、渋谷の駒形どぜうへ。しかし、場所が移転していて、渋谷をうろうろ。ようやく新しい駒形どぜうに辿り着き、丸鍋。たまに食べたくなるんでねぇ、どぜうは。渋谷の店はだいぶ狭くなった。

◇八丁堀で小柳くんと合流して、教育支援協会へ。吉田さんと情報交換をしながら議論。吉田さんの話は勉強になるし、新しい視点を発見することが出来る。

◇六本木のミッドタウンへ。リッツカールトンで高須賀宣さんの新しいソフト「LUNARR」の発表会がある。高須賀さんはサイボウズを立ち上げた元社長で、今は、アメリカで新しいベンチャーを始めている。橘川と市川昌浩とで発表会に参加。昨年、「LUNARR」を見せてもらい、僕は直感的に市川は技術的に面白いと思い、市川はリポートを書いた。今後、使い方を考えていきたい。

◇発表会の終了後、プレゼントタイムがあって、なんと出席者全員に「iPod」が。ああ、昼間買ったのと同じだ(笑)。アメリカでは、アルファブロガーの影響力が巨大で、こうした発表会もブロガーを集めて行われることがあるらしい。今回も、通常の出版社向けのリリースというより、ブロガーを集めてのものであったようだ。

◇六本木の夜は寒い。大阪から西哲が上京してきたので、アマンドで待ち合わせて、居酒屋へ。西哲は80年代に新進気鋭のイラストレーターとして注目を浴びたが、突然消えてしまい、21世紀になった頃に大阪から連絡があった。今度、京都で昔「村八分」のプロデューサーだった木村さんという人と会うよ、と言ったら、行きたいというので今度は京都で会うことになる。

2月8日(金)
◇朝、滑川海彦と市川と市ヶ谷に集合。ブレインズの中澤社長を訪問。新しいシンクライアントを見せてもらう。コンテンツとからめると教育シーンでも使えそうだ。実機を頂戴する。なんかここ二日、いろんなものをいただく。

◇滑川に昨晩「LUNARR」発表会のことを話すと、ちょうど、テッククランチで滑川訳の「LUNARR」の記事が出たところであった。

◇市ヶ谷のお堀を越えて技術評論社へ。お堀の所に釣り堀があって懐かしい。子どもの頃、台風になると釣り堀の水があふれて魚がお堀の方に逃げ出してしまうので、そっちに行くとタダで魚が釣れた。そうそう、あの釣り堀は昔はつり上げるとグラムいくらかで買い戻してくれた。パチンコ屋みたいなもので、それで稼いでいた友人がいた。今はどうなんだろう。

◇技術評論社に行き、加藤編集局長と和田くんに会う。加藤さんとは初めて、和田くんは以前に会ったことがある。5人で近所の定食屋へ。出版企画について、いろいろおしゃべり。

◇神田でオンブック中村さんと合流し、神田外語学校へ。いろいろ打ち合わせ。

2月9日(土)
◇中国の餃子騒ぎで、みんなが餃子餃子と言うから、餃子が食べたくなり、挽肉とニラを買って作り出す。昔は皮も作ったが、面倒なので市販のもので。餃子って、冷蔵庫に残飯整理によい。シイタケとかキャベツとか余ってる野菜をみじん切りにして餡にする。長野の「おやき」も、考え方は餃子と同じだろう。やはり餃子はおいしい。

2月10日(日)
◇早起きして品川へ。品川アトレにあるモーニング・ビュッフェはCP最高。880円でいろんなの選べる。ただし品川アトレはトイレが少なすぎる。いつも困る(笑)。コーヒー飲みながら本日の進行を少し考える。新幹線のホームで信国真理子と待ち合わせして、静岡へ。静岡商工会議所青年部の主催による「ビジネス連座2008」のシンポジウム。

◇コーディネーターは私。スピーカーは、高須賀宣さん、福田淳さん、岸紅子さん、信国真理子さん。ものすごく脈絡のないメンバーである。シンポジウムのコーディネートを頼まれることがあるが、単なる演説会ではつまらないので、デメ研流シンポジウムメソッドとして「大切り方式」を提案することにしている。今回も、4人のメンバーに、お題を出して、それぞれが答えたり、会場の人に意見を聞いたりと、ライブ感覚あふれる(笑)シンポジウムになった。どういうお題かというと「静岡の駅弁を作るとしたら、どんな具をいれますか」「静岡を舞台にした映画を作るとしたら、どういうキャストでどういう映画にしますか」「静岡人を動物にたとえると何ですか」のような感じ。この方式は、もっと普及しても良いと思うのだがね。

◇会場には200人ぐらいの参加者。4時間余りの長時間にもかかわらず、誰一人として居眠りする人がいなかった。とにかく、授業でも講演でもシンポジウムでも居眠りされたら負けだと思っているので(笑)やったぜ。静岡人を動物(?)にたとえると、クラゲに決まりました。

◇終了後、今度は、料亭に行って「食談」というイベント。料理食べてると、次から次へと地元の人が目の前に座っていろんな話しをする。いやはや、みんなパワフルだ。

▼静岡・佐乃春の食事
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◇2次会はパーへ。飲めないので、コーラ。高須賀さんは、東京から車で来ていたので途中で帰る。さすがにアメリカのベンチャー社長だ、東京・静岡の距離は自動車でビュンだな。わいわいわいわいやりながら、ホテルに入って、爆睡。


2008年02月02日

一週間の日記 1月28日から2月2日まで

1月28日(月)
◇銀座で怪しい友人と待ち合わせ。ライオンの前と言ったら、ライオンビアホールに行ってしまった。三越ライオンの前だ(笑)。

◇金子くんと鶯谷へ。出版パーティの会場の下見だ。ラブホ街と吉原への入口という独特の雰囲気(笑)。そこに元「新世界」というグランドキャバレー(死語)があった場所に「東京キネマ倶楽部」がある。これが素晴らしい空間なのだ。昭和初期に大正ロマンを意識して作られたということだ。吹き抜けのステージがあって、相当の人数が収容出来る。この日は、踊り子さんのモデルがいて撮影会をやっていた。いろいろ探したが、ここに決まりだ。

◇さあて、パーティの準備をしなければならない。こういうのは、他人まかせにすると、細かい所の気配りが出来ないので、全部、自分でやる。ていうか、招待する人のことを知ってるのは僕だけなので、他人では無理なのだ。数日前から発起人のお願いメールや電話をしている。これもきりがないね。

◇250インチの映像プロジェクターがあって、借りるのちょっと高いけど、これは使いたいな。映像を流したい人いたら、連絡ください。その他、ステージで何かやりたい人もどうぞ。なんか使いたい機材がたくさんあって、やばい(笑)

◇ブース(といってもボックスシート)も用意出来るので、プレゼンしたい人がいたら、どうぞ。すでにいろいろと相談がはじまっている。

◇パーティは詳細が決まってから正式に告知しようと思っている。とりあえず、このブログから紹介サイトにリンクして、GreeとMixiでのメール告知だけをしています。それでもぼちぼちと参加申し込みが来てるな。

◇参加費はとりあえず8000円にしました。ちょっと高いと思うけど、その分の内容とお土産は用意しますので、まぁ、デメ研福袋(笑)と思ってよろしくお願いします。

◇とにかく業界・ジャンルを超えて、たくさんのユニークな人たちを集めたい。友だちをどんどん誘ってください。案内葉書は制作中です。

1月29日(火)
◇オンブックの会議。市川くんの八戸通いも、もうすぐ終わりだ。

◇愛知のアスクネットの毛受芳高さんが来社。「めんじょう」さんと読む。佐藤大悟くんの紹介で電話をいただいたのだが、「めんじょう」さんというと「校条」と書いて「めんじょう」という人がいるので、間違えてた。愛知という地域に根ざして、教育CSR活動、地域教育活動として、素晴らしい活動をしている。亀ちゃんが「教育CSRは名古屋が盛んのようだよ」と言っていたが、毛受さんたちの活動のことだったのだ。いろいろと情報交換しながら、教育CSRというテーマで協力していくことになるだろう。

1月30日(水)
スタジオハードの高橋信之くんが来社。その場でパーティの発起人を依頼。高橋くんは、彼が早稲田のマンガ研究会の1年生の時に、ポンプの版下はりこみの手伝いに来てた時からの知り合いだ。当時の早稲田マン研は、人材豊富だった。高橋くんは「コスプレ」という言葉の名付け親。パーティの協力、教育と地域活性化の協力などを頼む。

1月31日(木)
◇朝はロッキングオン、午後からODECOと教育CSR会議の打ち合わせ。地域活性化の連続セミナーをMOCでやることになったので、人選を進める。日本中から、頑張ってる人を呼ぼうと思う。「こんな人が地域活性で頑張ってるよ」という情報があったら、教えてください。

◇夕方、五反田の「空」の新しい事務所に山北・小柳くんと訪問。空の北田くん、クレアンの園田さんと、教育CSRについて議論。クレアンは、日本の大企業の大半のCSRリポートを作っている、優秀な会社の美人社長。環境問題についての博識ぶりはすばらしい。「不都合な真実」の子ども版を子どもたちに渡したい、と言ったら、「でも、子どもたちに現実そのものを見せると、希望を失って、もう未来はダメだ、と思ってしまうのでは」と指摘される。参りました、その通りですね。園田さんは、神戸で「子ども環境サミット in KOBE」を準備中。

◇北田くんの案内で、中延の香港料理・新記へ。昔、恵比寿にあった頃は良く行った。三宿にもあるな。オーナーと久しぶりに再会。味は、以前にも増しておいしくなった。日本人好みになったのだろうか。ただし、昨日から風邪気味で、思い切り食べられなかったのが辛い。ビールも飲めない体だし。

◇中延から寒いのでタクシーで帰る。タクシーの備え付けの広告テレビが不愉快。なんで料金払いながら、こんな広告を見せられなければならないんだ。電車の「トレイン・ジャック」の広告は年内満稿らしい。広告のあり方を根本的に考えなおさないと、そのうち広告代理店は手痛い目に合うと思うよ……てなことを、もう20年も前から電通や博報堂の勉強会では言い続けてきたのに、なんの変化も起きないね。広告のあり方を根本的に変革し、発展させる方法論をまとめているので、そのうち、ここで説明しよう。

◇広告テレビそのものが不愉快なのに、僕の大嫌いな吉永小百合のCMで更に不愉快になる。正確に言うと、吉永小百合だけが嫌いなのではなくて(個人的には良い人なんだと思うが)、「団塊の世代はみんなサユリスト」と思っている広告ディレクターと広告主の、安易な発想が大嫌いなのだ。いわゆる「紋切り型」「常套句」という表現の態度が嫌いなのだ。表現者なら、もうすこし、人にアピールするための工夫と努力をしたらどうだい。

2月1日(金)
◇恵比寿で広本公朗と情報交換。広本は80年代からの優秀なネットワーカーだが、余計なものまでネットワークしてしまうので(笑)少し整理して、僕の仕事を手伝ってくれと頼む。

◇ストロイエの石川くんが来社。元シンクの社長だった石川広和くんだ。前に雑談で「ナカカブ」の話をしたら、本当にやってしまった。普通、会社名をつける時に、「マエカブ」か「アトカブ」になると思われているが、試しに「ナカカブというのはどうかな」と会計士に聞いたら「法律的には株式会社が入っていれば良い」ということだった。石川くんの新会社は「ログ株式会社アース」だ。ベンチャーの社長たちが集まって作ったようだ。GPSのコンテンツ・サービスを考えていくというテーマで、それは面白そうだ。教育の領域でもいろいろ開発できそうだ。とりあえず橘川は顧問に。パーティの時に、案内ブースを出してもらおう。

◇コンテンツワークスの三宅くんが来社。デメ研の近所に出来た、「カメピストア」に行く。代表の佐藤嘉宏さんと、おしゃべり。おしゃれで若々しい写真屋さん。写真のブリントの仕方を教えてくれて、自分で焼き付けが出来るようになるらしい。店内に置いてある若い女の子や主婦たちの写真にほれぼれ。オンブックとの連動も考えられる。佐藤さんは、ポラロイドにいた人のようだ。ご近所だし、今後も交流していこう。早速、パーティで何かやりませんか、とアピール。そのあと、三宅くんと「みどりえ」で食事。体調悪いので、やさしい食事を。梅醤番茶はマクロビオティックの定番だな。大谷ゆみこさんが薦めてくれたのを思い出した。

◇ということで、しばらくは、出版パーティへのさまざまな誘導を仕掛ける感じだな。参加登録をお願いします。

◇パーティの参加のところで、ナムコバンダイの川島くんが脳内メーカーをはりつけていたので、自分でも、ちょっとやってみる。なんだよ、これは、そのままだ(笑)
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2月02日(土)
◇新聞を定期的に読んでいないので、村木良彦さんが先週なくなったということを知らなかった。衝撃。村木さんとは80年代の前半に知り合った。やがて84年、彼が渋谷のNHKのそばで「メディア・ワークショップ」という私塾のような学校を始めて、講師を頼まれた。僕の「メディアが何か」を読んでくれて評価してくれたのだ。それ以来、僕にとっては、年長の兄貴分のような存在であった。赤坂や六本木によく飲みに連れていってくれたり、村木さんがハイビジョンの作品を撮ったので見に来いと、川崎の方に行ったりした。

◇僕にとって村木さんは、学生時代にテレビという機械の面白さに触れた「マスコミQ」のプロデューサーとして、ある種の憧れの存在だった。報道そのものが、実は、ものすごいエンターティメントになるということを教えてくれた。昨今の、うるさいだけで無責任なテレビ番組には、テレビの先駆者として耐えられなかっただろう。

◇しかしたまらないな。原宿のトゥディ&トゥモローの事務所で、だらだらとおしゃべりして、村木さんの時々見せる、少し悲しげなはにかんだような笑顔が忘れられない。

◇村木さんからは毎年、年賀状をいただいていたが、僕はいいかげんなんで、気まぐれで出したり出さなかったりした。知人から「村木さんが、橘川に年賀状出しても、あいつからは来ない、と怒ってたぞ」と言われたことがある。今年はこなかった。ありゃあ、怒ってるのかなあ、と思っていたが、今度、新刊パーティがあるから発起人のお願いに行こうと思ってた矢先の訃報であった。義理を欠いても、会えば笑顔を迎えてくれる先輩に甘えていたのか。そうこうしてるうちに、二度と会えなくなってしまったじゃないか。

◇事務所に電話しても留守番電話だ。電話帳の番号に線をひくよりも、携帯電話の登録番号を消すことになることの方が悲しいと感じる。合掌。天からこれからのメディアのあり方を見ていてください。