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社長日記

2008年01月27日

一週間の日記 1月21日から1月27日まで

1月21日(月)
◇八戸の食材を東京で試食会をやってもらうために亀田くんが動き回っている。今日は日販の食堂で関係者の試食会をやってもらったので、同席。サバ味噌うまい。

◇日本各地のおいしいものの背後には、おいしい人たちがいるのだ。今年は、地域交流がテーマになるのだ。

1月22日(火)
◇オンブックの会議。報告書のシリーズがはじまってきた。

◇銀座の資生堂パーラーで、電通の田中くんの紹介で、料理研究家の行正り香さんと会う。行正さんは、元電通のプロデューサーで、いきなり辞めて、料理の本を出しながら、「なるほどエージェント」という子どもたちの疑問解決のWebを開始した。見せ方・伝え方は、メディアの世界で生きてきた人の方が、古い教育業界の人よりはるかに優れていて、子どもたちの心をつかめると思う。こういう人たちを教育の世界に誘導していきたい。

◇銀座三越ライオンの前で山下卓と会う。山下ももうすぐ40歳だと。彼と会ったのはまだ彼が20代前半だったから、ずっと20代だと思ってしまう。山下に話したのは「じいさんと付き合えよ」ということだ。僕は、20代の時にロッキングオンの仲間と、10歳年上の真崎・守、岩谷宏という、時代の凄い次元を疾走していた二人の兄貴分と付き合っていた。30代になって二人との関係は薄れたが、代わりに、下中直也、小谷正一、山手国弘、林雄二郎さんら、これまたもの凄いハイレベルの老人たちと付き合ってきた。僕はもうすぐ58歳になる。充分に老人になってきている。ただ僕にはすでに「理想の老人像」が分かっている。僕の大好きだった老人との付き合いで見つけた老人たちの態度や表情が、僕自身の老人のイメージそのものだからだ。老人になってから、理想の老人像を描いても無理だ。人生とは付き合うべき相手と付き合うことである。

1月23日(水)
◇日本橋三越ライオンの前で周平と会って、三井本館へ。三井不動産S&E総研の会議。弁当が用意されていた。地域活性化について、いろいろと相談。

1月24日(木)
◇ロッキングオンへ。今年の計画を打ち合わせをする。

◇教育CSR会議の編集会議と、そのあと、協同広告の関口さん、小柳くんが来て
打ち合わせ。

◇ラングの大江くんが来て、いろいろ打ち合わせ。

1月25日(金)
◇コラボスの内城さんが博報堂と一緒に来社。コラボスは、楽座21というグループからスタートして、新規事業の調査やコンセプト設計をする会社である。僕も2年に一度くらい、お声がかかる。僕にオーソドックスなロジックを求めても無理なので、だいたい前提をぶち壊すことになるが、そういうことを理解して僕に声かけてくれる。わいわいと数時間、しゃべり続ける。

1月26日(土)
◇横浜関内の教育文化ホールで横浜シンポジウムが行われる。教育支援協会の吉田さんの司会で、堀田力さんや寺脇研さん、阿部進さんら、豪華メンバーによるシンポジウム。内容もものすごく濃いものであった。

◇折しも、今日は、杉並区和田中で、夜スペシャルがはじまる。寺脇さんの解説「あれは、和田中学校の藤原校長がやるのではなく、地域のボランティア団体である地域本部の藤原本部長がやるので、問題ない」が分かりやすかった。正規の授業内に民間の塾を導入するのではなく、放課後に、学校の先生と民間の塾の講師が共同して学習塾をやるのだ。先生にとっても、民間のノウハウの吸収になる。これがダメなら、放課後子どもプランのような施策そのものがダメになる。

◇終了後、近くのバーで打ち上げ。堀田さんや阿部さんに挨拶。帰りは、品川までの電車内で野澤さんとおしゃべり。

1月27日(日)
◇出版記念会の準備と発起人へのメール作業。だいたい著者が自分で出版記念会の幹事やるのも珍しいか(笑)でも、「企画書」「一応族の反乱」以外は、ほとんど自分で仕切ってきたな。久しぶりのパーティなので、大勢集まる箱を探そう。「一応族」の時が、600人以上集まった最大規模の出版パーティだった。やりすぎて大赤字食らったが。600人は異常なので、200ぐらいが適当だろう。日時決まったら案内しますので、ぜひ、ご友人・お仲間を集めてください。時代の新しいスタートになるような集まりにしたい。


2008年01月19日

一週間の日記 1月13日から1月20日まで

1月13日(日)
◇休日

1月14日(月)
◇休日

1月15日(火)
◇オンブック会議。いくつか資料集の企画が集まってきている。オンブマンドは高額でも必要な人が必要とする資料集のようなものがあっているのだと思う。大学の友人がどうしてるかと思って名前で検索したら、仏教大学で教授やってるのがいた。ちょっと連絡してみよう。クラスメートで仲の良かった奴だ。

◇目黒駅で金子くんと待ち合わせて、野澤さんの事務所で環境教育CSR会議。子どもエコ検定の企画が進んでいる。

◇妹尾さんを目黒に呼んで、編集会議。

◇武蔵小山で沢田美佐子さんと久しぶりに会う。チェニジア料理へ。沢田さんはリクルートの黄金時代(笑)のキーガール。僕の「メディアは何をしたか」を読んで、ポンプの投稿者だった小沢ブッキー君が事務所に連れてきたのだけど、彼女のおかげでリクルートの面白い連中はだいたいつながった。今年、僕は「言葉」にこだわることにしたので、いくつかサンプルを見せる。言葉を使うためには、その言葉をちゃんと受け止めてくれる人のことを信頼出来ていないとダメなんだな。

1月16日(水)
◇八丁堀の教育支援協会の吉田さんに会いに行く。彼の情報力、構想力、判断力は素晴らしいと思う。江戸時代の日本は、学校制度はなかったけど、算術や文章力は世界最高水準だった。それは地域全体が教育を担っていたからだ、と吉田さんは言う。今必要なのは、学校の中だけで成立する「教育」ではなくて、地域全体で社会の子どもを育てていく体質改善だろう。

◇1月26日に横浜で「この国の教育のあり方」についてのシンポジウムが行われる。吉田さんが司会で、堀田力さん、寺脇研さんらが参加。僕も行きます。関心のある方は、参加してください。

◇池袋の島根歯科へ。定期的に歯のクリーニングをしてもらっている。いつもは、島根さん、高崎くんと、その後、宴会なんだが、島根さんが急用で、高崎くんと食事。高崎くんは、キズナというベンチャーをやっていて、橘川との付き合いも長い。
「橘川さん、昨日、小倉さんに会いましたよ」
「得だねの小倉さん?」
「そうそう。朝の番組でキズナのことを紹介してくれるんです」
「それは凄いね、あの番組は影響力あるからね」
 キズナで開発したのは、「my給」という、アルバイトの賃金が日払いになるというシステムである。高崎くんは神戸で居酒屋からスタートしてモスバーガーを3軒経営してたが震災で崩壊。その時に全国のモスのオーナーたちが支援に来てくれて、感激して「人間のキズナ」が大切だ、と「株式会社キズナ」を作った。それで人づてに僕の所に相談に来たのが最初の出会い。
 なんだか、うまく発展しそうなサービスである。キズナの一口株主としては期待が膨らむ(笑)

1月17日(木)
小倉さんのモーングショーの頭のトークで、キズナと高崎くんのネタをやったらしい。阪神淡路大震災から13年目ということだな。

◇ロッキングオンの会議。今年1年はいろいろと活発になりそうだ。RO69をチェックしておいくださいね。

◇杉並の和田中へ行く。藤原和博校長と情報交換。リクルートの時代からの仲良し。文科省の話、「サピックス」の話題、英治出版の話、地域の話、橘川の新企画の話など、校長室でおしゃべり。
「校長やめたら、どうするの?」
「しばらくテニスをみっちりやりたいな。あとは地方巡業かな」

◇デメ研に帰って、ODECOの会議、教育CSR会議の会議を行う。
毎週、木曜日は一日会議。

1月18日(金)
◇コンテンツワークスの三宅さん、来社。アートオンブックの企画を検討。「Social−Genome−Card」の計画についても説明する。もうすぐ学芸大学に、面白そうな写真ショップが出来るらしい。元ポラロイドの人たちがやるとかで、期待。

◇神田の神田外語へ。佐野さん(Jr)と元学長室で相談。わいわいと雑談風会議に。僕が話すとだいたいこんな感じの会議になるな。

◇秋葉原に行って、輸入菓子の安い店でドイツのチョコレートを買ってくる。

1月19日(土)
◇信国乾一郎から電話があって、事務所に。なんだか今週は、沢田美佐子・藤原和博・信国乾一郎と元リクルートの面々と会った週だった。信国は何か解決したいテーマがあるようだ。僕の方は、もうやるべきこともやり方も分かっているので(笑)精神的には楽チンである。あとは体力勝負かな。

1月20日(日)
◇麻布の済生会中央病院で膝の検査。日曜日の病院は静か。

◇スーパーの店頭に蚕豆が出てる。蚕豆って春の終わりが季節じゃなかったっけかな。蚕豆は人工的な栽培がしにくいというようなことを聞いたことがある。まだ大寒の前だというのに。

携帯大学でレクチャーの内容が掲載されている。

◇FF4を終了。

2008年01月18日

月刊「壁」vol.1■2008年1月号






■月刊「壁」2008年1月号





▲Klaus Schulze Nowhere-Now Here

2008年01月12日

一週間の日記 1月7日から1月12日まで

1月7日(月)
◇仕事開始である。午前中にオンブックの会議。新風舎が民事再生手続きに入る。文芸社と並んで自費出版の大手である。知り合いが長く勤めていたが昨年退社したので以前に内情を聞いたことがあったが、言われているほど儲かってなかったということだ。新風舎は本を出したいと言ってくる人は何でも受けていたので、そうとう危ない人や怪しい宗教関係まで受けていたので、トラブルの対応に相当なコストがかかっていたらしい。インターネット的といえばインターネット的な状況である。自費出版は大手出版社だって大手新聞社だって事業部としてやってるので、それ自体が悪いことではないが、文芸社や新風舎は業界的に嫌われている。オンブックも自費出版のカテゴリーだと思うが、想いの違いは、彼らは「一人でも本を出したい人がいれば本を出す手伝いをする」というものだろうが、僕らは「一人でも読者がいると思う内容のものは本にしたい」ということか。もちこまれた出版企画のすべてを無原則に出版しているわけではない。

◇日曜日の東京新聞に掲載された、永江朗くんと仲俣暁生くんらの座談会記事が面白かった。永江くんが「ケータイ小説ってヤンキー文化に通じる」という発言に「なるほど」と思った。ケータイ小説がロードサイド書店で売れているということもあるだろが、Yoshiの感性もヤンキー文化だろう。ロックンロールと演歌が混ざったような感覚。それはそれで時代的な意味があるのかもしれないが、違う世界を僕らは作りたい。

◇仲俣くんに電話したら時間あるというので、デメ研に来てもらう。ケータイ小説の話ではなくて、別件で相談。仲俣くんは、Wired日本版の創刊時に知り合った。「本とコンピュータ」編集長の時代は、名和小太郎さんとの対談を頼まれた。まぁ、いろいろと情報交換して、今後の協力を頼む。

1月8日(火)
◇膝の痛みが心配で麻布の済生会中央病院へ行く。弟がこの病院に勤めているので手配してくれた。家族に病院関係者がいるというのは心強い。両親も体調悪いところがあればこの病院に通う。大病院の整形外科は待たされるというので、朝早めに行く。しばらく検査のために通うことになりそうだ。

◇品川から東海道線に乗って二宮へ。ソニーの福田さんたちと、星槎学園の宮澤さんの所へ。今日もおいしい鍋で歓待してくれて、宮澤さんのアジテーションを聞く。最後はカラオケに突入して会合は6時間に及ぶ。夕暮れの屋上から富士山が目の前に見える。

◇帰りは福田さんと一緒だったので、恵比寿でお茶をする。ケータイは多くの可能性と克服しなければならない限界をたくさん抱えている。

1月9日(水)
◇大手町のフィランソロピー協会で高橋理事長をピックアップして、野村ビルの漢字検定協会に行く。亀ちゃんも合流。漢検の大久保くんと久しぶりに情報交換。僕は大久保くんのビジネスセンスと社会活動家としての行動力を評価している。今日も、いろいろ新しいネタをいただいた。

◇高橋さん、亀田くんと3人でランチ。フィランソロピー協会でネット運営に力を入れたいので協力してくれる人がいないか、ということなのでWeb協会の森川くんを紹介。

◇亀ちゃんと日本橋の三井本館に行き、三井不動産・滝山さんと打ち合わせ。地域活性化のプロジェクトが動いているので、日本中の動きに詳しい滝山さんに相談。大崎ゲートシティのMOCについても、いろいろやろうと相談。

◇デメ研に帰って、夕方からベネッセの打ち合わせ。いつもの矢島くんと、新しいメンバーである加納くんが来社。いつもなら、このあとみんなで食事するところだが、緊急で文科省に行かなければならなくなり、霞ヶ関へ。

◇小柳くんと一緒に文科省・杉浦さんを訪問。文科省は今年、東京駅の近くから、本来の霞ヶ関の新ビルに戻った。虎ノ門の地下鉄駅と直結である。杉浦さんが、どうせだからと、新しい庁舎を案内してくれた。文部大臣の椅子に座った(笑)。そのあと打ち合わせをし、虎ノ門の焼鳥屋へ。酒が飲めないのは、こういう時、ほんとに困る。杉浦さんはとても信頼出来て優秀な官僚である。PISAという国際学力調査でフィランドが世界一ということが話題になってるが、PISAの問題を作成した委員会にフィンランド人が相当入り込んでいるらしい。そういう実体を調べた上で日本のテレビは報道をして欲しいよな。スポーツと同じで、ルールを作る委員会に自国の人間を入れた方が、結果的には勝てるというわけだ。オリンピックも選手強化費に金を使うより、ルールを決める政治的ロービー活動に金を使った方が金メダルは多くとれますよ、と杉浦さんは言った。日本の政治力の弱点だな。

◇なんだか、めまぐるしい一日であった。

1月10日(木)
◇カフェガーデンに、小柳、亀田、山北、橘川が集まって会議。みんなそれぞれバラバラのところに所属しているが、タスクフォースでプロジェクトを組んでいる。それぞれ優秀なスキルを持った人間ばかりである。

◇午後からODECO会議。そのあと、教育CSR会議の編集会議。金子、周平、妹尾さんらが参加。今年は相当、いろんな作業が増えそうだ。

◇原田英治くんが来社。韓国で運営している「eiji21」の事業について説明を受ける。大いに刺激を受ける。出版界の構造について本質的に考え、実践しているのは彼ぐらいだろう。定期的なミーティングをすることになりそうだ。

◇デメ研スタッフたちと近くの「天狗」で会食。帰りにカミさんとドトールでおしゃべり。

草思社が民事再生手続き。徳大寺さんの「間違いだらけのクルマ選び」のロングセラーや、最近では「声に出して読みたい日本語」が162万部だということで、新風舎より衝撃は大きい。自費出版はダメ、これだけベストセラーを出してもダメというのでは、出版業界はどうなるのだろうか。いよいよ本格的な崩壊が始まるのかも知れない。創業者の加瀬昌男さんは詩人で、言葉の扱いが上手く、草思社はタイトルの付け方が上手い、と言われていた。海外の良書を出していたところは晶文社に似ている。ハンターディビスの「ビートルズ」の自伝を若い時に買ったのが僕の最初の草思社の本だったな。70年代は確か、ヤマハのマニュアルとか受注制作仕事をベースにしていたはずだ。その後、アパレルでも成功したと聞いていたのだが。

◇「愛と死をみつめて」の時代であれば1冊ベストセラーを出せばビルが立ったり、それだけで10年食えると言われたものだが、今では、それほど儲からないだろうし、売れるサイクルが短すぎて、発行した決算期で終わってしまうようなものばかりだ。「セカチュー」がまだ商売になってるとは思えない。情報のスピードが早すぎるんだ。だから逆に、司馬遼太郎や池波正太郎のような超ロングセラーの版権を持っている文芸春秋や新潮社は潰れない。さおだけ屋ではないけど「岩波書店がなぜ潰れないか」と考えてみて「ああ、そうか、岩波文庫って青空文庫だよな」と思ったことがあった。著作権の切れた古典文庫がある限り、岩波書店は潰れない。古いアパートを遺産相続した大家みたいな商売だ。かくして、新しいコンテンツを開発しようとする新興の出版社は、マガジン的に消費されるライトノベルかテレビと連動したタレント本を生産するしかなくなる。あとは、ビジネス宗教本というようなジャンルか。書籍というのは、著者が死んだ後にも存在する意味のあるものだと思うのだが、このままでは書籍そのものの意味が死滅する。あがきながら模索するしかない。

1月11日(金)
◇金子くんと打ち合わせ。「教育CSR」という言葉と概念をもっと普及させたい。

◇日販の柴田くんが来社。コラーゲン鍋を食べに行く。日販の松島凡がミシュランの件で社長賞を受賞し、高橋メソッドを使ったプレゼンも好評だったとのこと。今度、京都に行こうと約束。

1月12日(土)
◇いがらしみきおさんに「微力の力」を送ったら、「最近はこんなの出してます」と、新刊が2冊送られてきた。「かむろば村へ」「ガンジョリ」だ。1982年ぐらいに僕が編集長だった雑誌「イコール」(発行=東京313センター 販売=平凡社)で、いがらしさんのロングインタビューをお願いしたことがある。まだ「しこたまだった」とか「ネ暗トピア」とかを出してた頃で、僕はファンだった。その時、インタビュアーとして仙台に行ってもらったのが村松恒平であった。その後、90年前後にいがらしさんが「IMOS」というパソコン通信のホストをはじめて、僕も「CB-NET」を始めたので、いろいろと交流があった。会ったことはないのだが、電子メールと年賀状での交流だ。「かむろば村」は、金にアレルギーを持つ元銀行員という史上最弱のヘタレ男が主人公。「しこたまだった」のラジカル根性マンガから、一転「ぼのぼの」「忍ペンまん丸」などのシュール・ファンタジーの世界に行ったかと思うと、今度はモダンホラーだ。まさに「変わらないためには変化しなければならない」というテーゼを実践しているような人で、同世代で最も尊敬する人の一人だ。

▼「忍ペンまん丸」

◇バジリコで出す新刊についての原稿最終チェック。本というのは完成するものではないので、どこかで突き放す必要がある。この本は僕の転機になるだろう。転機というのは、これまでの読者とは違う読者を探しに行くという意味で。こないだ部屋を整理したら出てきた過去に書いた資料を見ていたら、僕はほとんど10代、20代に書いた以上のことは言っていないと再認識。学生時代のミニコミや初期ロッキングオンの原稿を読者として読み直す。思い出しながら発見する。なかなか凄い時間の流れの中に入ってきたな。はなはだ面白き哉。


2008年01月06日

一週間の日記 12月31日から1月6日まで

12月31日(月)
◇幕張の「カウントダウン」へ。DSやりながら新木場方面の電車に乗ってたら、ビッグサイトのところでコミケの帰り組が大量に乗車してきたので、あわててDSをしまう。なぜだか分からないが、本物が来たからだろうか(笑)

◇幕張は冷え冷えしてる。メッセの1号館から8号館まで借り切ってライブをやってる。知らないバンドも聴いてるとのってしまうので、疲れる。山下卓たちと合流するつもりが、深夜のキヨシローまでいられなくて、早めに帰る。

◇ライブはやはり夏の野外ライブの方がよいな。室内でやるなら、ロフトやリキッドぐらいのスペースが似合う。僕の学生の頃は、ライブというと荒れるものだったが、みんなおとなしい。ロック少女、ロック少年たちがダンスしたりしてるのを見るのが楽しかった。

◇年越しはライブの予定が、いつものように自宅で紅白。

1月1日
◇お雑煮を食べて、近くの目黒不動へ。近くの林試の森公園を通っていくので空気が気持ち良い。この森には、ちょっと仲の良い大木がいて、公園に来た時は必ず挨拶してくる。木が合う、とでも言うのか(笑)。

◇夕方から、両親と弟家族とうちの家族が揃う。僕が作ったのは、「カズノコ」「キントン」それと、カキのオリーブ漬け。醤油とミリンで炒ったあとでオリーブ油につけておいた。北海道の小崎に頼んでカニと刺身を送ってもらったり、北陸の久保くんからは、かぶら寿司が届いた。

◇だらだらとおしゃべりしたりテレビを見たりしてたが、カミさんと娘が宝塚にはまってるので、テレビ画面占拠される。こちらはDS。FF4の今回のは敵キャラが強すぎる。

1月2日(水)
◇年賀状を整理してると、久しぶりの友人からたくさん来てる。こちらから年賀状出してないので、フラッシュで年賀状作って、メールで知らせたりする。

1月3日(木)
◇フラッシュ年賀状を作ってたら、急にいろいろイメージが沸いてきて、月刊誌を創刊(笑)。「月刊・壁」だ。この社長ブログは「週刊誌」なので、いろいろ揃ってきた。フラッシュで頁単位で作って1ヶ月かけて作るメディアだ。

◇データ制作とアップロードで、プラモデル・タイム。

1月4日(金)
◇事務所に出て、すこし仕事。月刊少年チャンピオンと月刊少年マガジンが出たので、渋谷のネットカフェへ。

◇帰ってから、再びプラモデル・タイム。お正月の時間の過ごし方は、こんなもんだろう。

1月5日(土)
◇事務所で事務処理。午後から、塾生の加藤くん、相生くんらが来る。宮脇和が来て、そのあと、照井、石島、堀川くんらガオの連中が来たので天狗へ。酒がまるで飲めないというのは、つまらないものだ。

◇深夜、プラモデル・タイム。

◇突然、天野月子が聴きたくなってCDを何度もかける。女のボーカルは好きなんだよな。

1月6日(日)
◇20年前のお正月に突然、物語を書いてしまい、あっというまに真崎・守が絵本に仕上げてくれた。「ナゾのヘソ島」という本で、ユーズドでは8500円となってる。順位は、1,307,169位で、ずっと売ってないのだから最下位だろうか。なんだかお正月というのはセンチメンタルで、クリエイティブな時間なんだな。クリティックは危ういということか。真崎さんとも数年会っていない。転機の時は、大昔の友人とこれからの友人のことを思う時間だろう。明日から日常が始まる。

▼20数年前の大沢誉志幸。音楽が好きなのは人の声がするからだ。男の声も好きだ。

2008年01月01日

年賀状