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社長日記

2007年12月30日

一週間の日記 12月24日から12月30日まで

12月24日(月)
◇膝が痛くて病院へ。レントゲン撮影。肉体を酷使してきた人生なので耐用年数切れか。

◇北海道・十勝の後藤くんから、以下のメール。来年1月末あたりに北海道のスノーフィールドカフェに行きたい。一緒に行きたい人は橘川まで連絡ください。冬の十勝は何度めだろう。何度行っても新鮮な感動があります。スノーフィルドカフェとは、十勝の平原に立てられた冬期限定のレストラン。

★後藤くんからのメール

さて、今日は1つお知らせしたいことがありメールさせていただきました。2003年1月にスタートした冬限定の雪原景観を楽しむビニールハウスレストラン「スノーフィールドカフェ」ですが、さまざまな方のご協力をいただき、いくつも壁を乗り越えて、今年も1月4日〜2月末までの期間限定でオープンできることになりました。真っ白な雪原の先に広がる雄大な日高山脈に沈む夕日を眺めながらのゆったりとしたひと時を食事とともに楽しんでいただく、冬だから、十勝だからこその特別な場です。(こういったことの価値をしっかりと地域内外でしっかり認識し、楽しむことが日本の地域再生に欠かせない重要なポイントであり、農商工連携のモデルだと思っています。)年明けも何かと多忙かと存じますが、ぜひ、この機会に冬の十勝に、ご家族、もしくはお仲間と来ていただけたらと思っています。北の屋台や、然別コタン、真冬のばんえい競馬なども同時に楽しめます。

12月25日(火)
◇夕方からオンブックの会議。来年に向けてオンブックのサービス構造を変更することにした。お正月の課題である。

◇会議のあと、デメ研+オンブック+ラング(システム関係のパートナー会社)の合計10名余りで忘年会。最近お気に入りの「コラーゲン鍋」。

12月26日(水)
◇銀座から京橋へ。京橋の「INAXギャラリー」は長年愛用している書店だ。本屋さんというのは、あらかじめ買うものを決めていかなくて、その場で出会った本を衝動的に買う場所だ。しかし、最近はどこも予定著和の品揃えで出会える予感がしない。「INAXギャラリー」はデザインとアートの専門書店で、意外な出会いを期待出来る数少ない書店だ。今日は「東京タイヤキ店ガイドブック」を購入。

◇亀ちゃんと京橋・明治屋で待ち合わせ。約束の時間に来ないので、ハーブ茶を購入したりして時間つぶしてると、焦った亀ちゃん到着。倒れてた老婆の面倒を見てて、遅れたようだ。亀ちゃんらしい。

▼亀ちゃん
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◇亀とバジリコへ。長廻社長、安藤編集長と新刊についての打ち合わせ。長廻さんからは、もう数年前から「ロッキングオンの時代」というロッキングオン創刊前後の話を書くという約束をしていて、半分以上は書き終えたのだが、なんだか、それ以上は気が進まなくて保留してある。そうこうしているうちに、突然、長廻さんがひらめいて、新刊の企画となった。企画が決まったのが、ほんの1ヶ月ほど前。あっというまに原稿を仕上げて、この日は初稿ゲラの返しだ。全く新しい読者に向けて、全く新しい本を出す。

◇バジリコとは、オンブックで編集した『愛しのサザビー −ちょっとしか生きられなくても…今日も幸せ♪−』を発行したり、上田毅八郎さんの画集も現在編集中で、バジリコから出すというように提携関係にある。オンブックは小規模コンテンツ流通システムを目指しているので、マスセールスを狙う書籍については、外部の出版社と提携することになる。書籍というのは、たくさん売ろうとすると、それだけの投資資本と営業体制と在庫管理体制が必要になる。オンブックは、新しいコンテンツの発掘をテーマにして、一般向けは提携出版していく。

12月27日(木)
◇明日から幕張でロッキングオンのカウントダウンフェスが始まるので、ロッキングオンの会議はなし。とにかくまあロッキングオンの連中は良く働く(笑)

◇午後からODECOの会議。周平がアルバイト候補の女の子を連れてくる。来年からいろんなことが拡大するので、体制を作らないと。

12月28日(金)
◇病院で検査。病院は最新鋭のシステムを使ってる割にはアナログ感のあふれる医者と看護婦さん。年金問題もそうだけど、ここ20年ぐらいの日本は、ITシステムの暴走に人間が追いついていけてないのではないか。システムを改良するより、IT技術者たちに人間への理解力を高めさせる方が先のような気がする。

◇デメ研の仕事納め。井上くんも松山へ帰省。カミさんと焼肉を食べに行く。

12月29日(土)
◇部屋を掃除してたら、古い原稿やノートがまた出てきた。書いた記憶がほとんどないノートもある。中身を見ると、ほとんど今の自分に必要な言葉そのものだったりする。掃除をほっぽといて、しばし読みふける。

◇今週からFF4を始めているが、なんだかやたらと敵のレベルがあがっている。時間かかりそうだ。

12月30日(日)
◇静岡から来年の2月に行うシンポジウムの打ち合わせで商工会議所のメンバーが3人来社。打ち合わせの後、中華料理でランチ。

◇31日の幕張フェスに行くのだが、余分なチケットがあったので、周平に連絡して、あげることに。新宿で受け渡し。お茶してて、周平からの情報だと、「最近、若い子で山に行く子が増えてますよ。原宿の好日山荘なんて若い子で一杯です」ということだ。好日山荘なんて、僕らの高校生時代は本格的な登山家の専門店だったが、今ではアウトドアスタイルのメッカのようですね。ちなみに僕は秋葉原のニッピンがとにかく安くて通ってた。まだあるのかなと思ったら、あった

◇周平がご来光見に大山に行きたいと行ってたので「富士山見るなら三つ峠だよ」と教えてあげた。河口湖まで車で行けば、そんなに大変ではない。僕は高校・大学時代、三つ峠の屏風岩というロッククライミングの練習場に何度も来た。練習場といっても120メートル位の岩壁で、登りきるとブッシュの中に墓標が並んでいて「何月何日落下死亡」とかあって、あんまり気持ちの良いものではない。

◇周平とのおしゃべりで、もうひとつ気になったことがある。

周平「来年からテレビを見ない運動をしたい」
橘川「テレビが嫌なんではなく、テレビCMに対する反発なんじゃないの」
周平「そうかもしれない」
橘川「インターネットが出来てP2Pのコミュニケーションが普及したろ。そのことによって、旧来の暴力的な1対nのメディアに対する反発が出てるんだよ。電車の車内全面広告なんて、乗ってるだけで吐き気がするよ。あんなの逆効果だと思うけどな」
周平「広告代理店は気づいていないのかなあ」
橘川「もう20年前から僕は彼らに説明しつづけてるよ(笑)。アメリカなんかは、広告を派手にやる企業はブランドイメージが下がる。広告宣伝費が商品の価格に反映されることが見えてしまってるからね」
周平「広告代理店の危機ですね」
橘川「税制の問題もあってね。企業が利益を出したら宣伝費に回すのが手っ取り早い節税対策だろ。だから僕は、宣伝費を単なる商品連呼の広告ではなくて、CSRやフィランソロフィー活動に回すべきだと思ってるわけだよ。雑誌や映像の広告原稿を作るより、はるかに大変な労力と持久力が必要だけど、そういうことを本格的に取り組む広告代理店が必要なんだ」

◇池袋で西山公認会計事務所の西山くんと竹田さんと3人で食事。来年の体制について、いろいろと相談。

2007年12月22日

一週間の日記 12月16日から12月23日まで

12月16日(日)
◇洗濯をしながら、ドラクエ4を終了させる。

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◇ひそかにブログの新しい使い方を発見した。題して「後ろ向きブログ」。このブログのエントリーを昔の方から見てください。

Ex.1970年に天沢退二郎の解説付きで「狂気いピエロ」を観ている。

Ex.ネオテニー商品論を書いたのは1989年だ。

12月17日(月)
◇亀田くんと打ち合わせ。亀田くんは、日本で最初のインターネット・プロバイダーを作ったカナダ人に弟子入りしてノウハウを学び、地域プロバイダー協会を作り、社団法人日本インターネットプロバイダー協会の初代事務局長として立ち上げを行った。協会の沿革にある、1996年8月「地域プロバイダー全国会議を帯広で開催」とあるのは、僕と亀田くんがやったものだ。

◇ということで、インターネットの時代であるからこそ地域活性を!  というのは、亀田くんの最初からの大テーマであった。現在は、青森県八戸市でいろいろとトライアルをやっているが、いよいよ来年は、地域活性化に向けての本格的な動きが始まりそうだ。

◇電通との打ち合わせをすっかり忘れていて、あわてて、汐留へ。どうもボケてきたかも(笑)。街はトラック野郎みたいに電飾のイルミネーション一色だ。建前のエコと建前のお祭りが、うすら寒い。誰も本気になっていない。

◇日本財団「CANPAN第2回ブログ大賞」の動画が公開される。動画っていうのは恥ずかしいものだ(笑)

12月18日(火)
◇オンブックの会議。来年はやるべきことがあまりに多すぎる。自分で増やしてるだけだ、とよく言われるが(笑)。

◇金子くん、周平くんと会議。教育CSR会議も、やるべきことが目白押し。体制を整備しないとパンクしそうなので、アルバイトを募集することにした。希望者は橘川まで連絡を。

12月19日(水)
◇出版界は「くせ者」みたいな、人間的には大変興味ある人材が豊富だが、いずれも古い出版業界の枠組みの中でのタレントなので、出版業界そのものの変革にトライしている人は少ない。「英治出版」の原田英治くんは、そうした業界の中で、数少ない注目すべきトライアルを進めている人です。「出版ファンド」を企画だけではなく本格的に実践しているのは彼らぐらいだろう。更に、出版ファンドを書店に対してまで提案していて、実現性よりも、こうした刺激を取次や書店に対して与えていくことの潜在的効果は、とても大きいと思う。

◇以前から原田くんには、教育CSR会議などの場に来てもらったり、交流はあったのだが、今後の出版業界のあり方に向けて意見交換をしたかったので、デメ研に来てもらった。日販の柴田くんも同席。さすがに勘の良い人で、今後は定期的にミーティングを開くことに。

◇夕方から、ベネッセとの打ち合わせ。近くの韓国料理屋で、みんなで忘年会。

12月20日(木)
◇ロッキングオンの会議。前日に、松村雄策と久しぶりに電話でおしゃべり。フランスに行った大類信がちっとも帰ってこないな、と噂してたので、渋谷に聞いたが、全然連絡ないそうだ。日本が嫌いになってフランスに住んでいるんだが、年に一度くらいは帰るはずだったのだが、もう2年以上連絡がない。

◇今年の大晦日は、幕張のカウントダウンに行きます。当日、行く人いれば現地で会いましょう(笑)

◇午後から、コンテンツワークの三宅さんが来社。ログペーパーというサービスを活用した「ArtOnBook」を来年から始める予定。カメラマン、イラストレーターの方で、作品を販売したい人がいたら橘川まで連絡ください。

◇今日は「森を見る会」の忘年会。高円寺のバーミィー。林雄二郎さんが迷うといけないので、予定の30分前に高円寺の改札口のところで林さんを待つ。45分ぐらいに林さん発見。今日は7時からスタートだと伝えてあったが、林さんは約束すると必ず15分前に到着するので、早めに待ってて正解だった。林さんは武蔵小金井に住んでいるのだが、高円寺に下車したのは始めてだそうだ。古着とエスニックと70年代ロックのサブカルの町だからな。

◇忘年会は小さな店が一杯になって大盛況。テンションの高い連中ばかり集まって、凄いことになったが、林さんは11時近くまで日本酒を飲み続けていた。アジア料理が大好きな人なので、おいしいおいしいと。「僕は世界の60カ国ぐらいに行っていて、アジアもよく行った。タイは食文化が豊かな国だ。ただ共産圏になった国というのは概して食文化は貧しいね」と言っていた。

◇ここんとこ毎年200人ぐらい集めて大忘年会をやってきたが、今年は古い友人ばかりのこじんまりとしたもの。主な参加者は、デメ研、オンブックの他は、BPの斎野、日販の柴田、凡、久米くん、広本、後藤夫妻、小見野さん、新文化の石橋くん、元鹿島建設の鈴木さん、塾生の梓、周平、加藤くん。元角川のタッキー。あと、たくさん。NTTコミュニケーションの内田さんも来ていたのですが、挨拶せずにすいません(笑)。

◇そうそう、林さんは武蔵小杉に家があるけど、最初は黒川記章さんに設計を頼んだらしい。まだ無名の若き設計者の時代に。ところがあがってきた図面を見て、林さんの奥さんが「これ、だめね、住めないわ」の一言で没になったとか。家の真ん中に大木がある斬新な設計だったらしい。林さんの家には、以前に奥様が亡くなられた時のお通夜の時にお伺いしただけだが、豪傑であり繊細な優しさを持っていたらしいことは、いろんな人の話の中で想像出来る。

◇夜中の1時すぎにお開き。久米くんの自動車で送ってもらう。

12月21日(金)
◇さすがに昨晩テンションあげすぎて、体がクラクラ。渋谷の街を歩いていて、うずくまる。

◇バジリコから、来年発行予定の新刊の本文ゲラが送られてくる。原稿の段階ではいつも、「これで終わり」と思うのだが、ゲラになってくると、あらためて、いろいろとボロが見えてくるものだ。原稿書き終えた時は自信満々だが、ゲラ読んでると不安になってくるというのは著者は誰でも似たようなものではないか。「本」というのは完全に完成するということがないからな。亀ちゃんは「絶対、いけるから」と言うが、どうだか(笑)。しばらくは神経戦だな。

◇20数年ぶりに友だちから手紙。この日記を読んだそうだ。なんかブログも捨てたものではない。メールの方が良いから、メール送れよ。今週からちょうど70年代の原稿やノートを整理しはじめたところなんだ。

12月22日(土)
◇今日は、リアルテキスト塾。8期生の修了日だ。来年度、9期生を募集します。希望者は橘川まで。

◇リアルテキスト塾の8期生は、以下のメンバー。

金子由紀夫
スズキノリコ
田淵萌
出雲路敬行
松留武二
淵上周平

最終回は、株式会社ルドルフ・シュタイナー・モルゲンランドの野澤汎雄さんと彼の紹介の堀口くんがゲストで参加。

◇終了後、みんなで歩いて武蔵小山へ。チェニジア料理「イリッサ」へ行く。ここは、以前にブラブラしてて見つけた店だが、事前情報をよく調べないで出かけたのが、ネットの情報だと、8人のカウンターしかないと書いてある。9人の軍団なので、事前情報をチェックしてたら行かないところだが、行ってみれば2階に部屋があって、そこを使わせてもらえた。ネットの情報より、あたってくだけろだ。

◇ネットの情報だとチェニジア・ビールだとかイチジクのウォッカだとか酒もあるはずだが、なぜか、この日は、アルコール一切ありません、とのこと。僕は飲めないので問題ないが、野澤さんはブツブツ。料理はおいしい。「ブリック」「クスクス」も、おいしくて、上品な味わいだ。

12月23日(日)
◇毎年、お正月の僕の担当は「数の子」と「栗きんとん」だ。渋谷市場に行って、材料を買ってくる。武蔵小山の近くに平和通り商店街という激安の商店街があるんだけど、休日は休みだ。数の子は塩抜きして、漬け汁につけておくだけ。薄皮をはがす時に崩れてしまうのが問題点。きんとんはサツマイモをクチナシと一緒にゆでて、裏ごしが少し面倒。裏ごしは、昔、博多空港で買った、つぶし棒が重宝する。味は、いつも甘すぎてしまうんだよな。熱い時に水飴を入れるので甘みが分からないが、冷めると、とても甘くなる。栗のシロップづけのシロップをガバカバいれたりするし。ただ、この手のものは、甘すぎたりした方が、きんとんっぽくて良いんだよな。

▼九州で買った怪しげな「つぶし棒」。とても便利な道具だ。
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2007年12月16日

一週間の日記 12月9日から12月15日まで

12月9日(日)
今週の言葉。
「あなたから何かを奪おうとする者は、まず、あなたを甘やかせる」(テルシュキン)

12月10日(月)
◇欠礼の葉書とお歳暮が届くと今年ももうすぐ終わり。今年はなんだか新しい動きが一気に押し寄せてきた感じで、整理しきれていない案件がわんさかある。例年、お正月の期間は一番仕事がはかどるんだけど、今年は一層その気配だな。

◇とりあえずDSのDQ4を終わらせないと。リメイク版なのに100万本突破ということだ。ゲームをやらない人にゲームの善し悪しを言われたくないですね(笑)。「すれちがい通信」は、可能性を秘めた仕掛けである。

12月11日(火)
◇オンブック会議。中村・市川・小林さんらと、来年からのオンブックの展開を議論。

◇市川編集長は青森の八戸市の方に行って携帯コンテンツの作業スキルをレクチャーしている。携帯コンテンツは、実は、力仕事の部分で大きなニーズがあるので、亀田くんと相談して地域活性化として提案した。日本は携帯コンテンツは世界最先端なので、今後、このノウハウは海外に持って行けるし、海外からの制作請負も可能だろう。

◇未来検索ブラジルでは「テキスポ」というサービスが始まった。こうした新しい動きとつなげていきたい。

◇大手町のNTTレゾナンスへ。ベネッセの矢島くんを連れて、小澤さんたちのグループの意見交換。

12月12日(水)
◇今年の夏に気絶したんだけど、その時、ひざを打ったようで、ずうっと痛い。ほっとけば治ると思ったが、まだねじると痛い。年を取ると言うことは回復力が衰えるということだな。

◇今日はアポがないので、近くの林試の森を散歩。この森は12ヘクタールの森で、明治の頃の林業試験場の跡地。目黒に引っ越してきた頃は、荒れ放題だったが、今では整備されて、ヒッピーがバリカンで髪の毛を切られたようになっている。僕が25歳の時に最初に買った家が駒沢公園のすぐそばで、目黒に越してきたら、こんなでかい森が家の近くにあった。別によく調べたわけではないのだが。

◇林試の森に隣接して明治の頃は競馬場があったようだ。今でも「元競馬場前」というバス停が残っている。目黒記念というのは、その時代のなごりである。下目黒のお屋敷町は競馬場の跡地を分譲したわけだな。権の助坂は「おけら坂」と呼ばれていて、競馬ですっからかんになった庶民がトボトボと歩いて帰った坂だ。江戸の昔から、公営ギャンブルは、一攫千金の夢を庶民に与えて、日々の不満をあやふやにさせる。それはそれで楽しいことであるけどね。

12月13日(木)
◇ビッグサイトで「エコプロダクツ」が始まる。金子くん、周平くんらと待ち合わせ。会場を見あるくが、どこもピントこない。どうも本気さんが伝わってこないんだな。節約でも浪費でも中途半端な姿を見せつけられても困る。

◇大手町のフィランソロピー協会へ。高橋理事長と打ち合わせ。高橋さんに「最近、急速に教育CSRという言葉が広がってきたけど、あなたが発案した言葉だね」と言われる。フィランソロピー協会は以前に林雄二郎さんが会長をやっていたこともあり、飯倉に事務所があった時代から知っているが、高橋さんといろいろ話をするようになったのは今年からだ。社会活動家として信頼出来る人だと思う。

12月14日(金)
◇企画書を3書類仕上げる。

◇それとは別に、あるイメージを思い浮かべる。それは、インターネット上に大きな壁を作るということだ。ベルリンの壁のような、あるいは万里の長城のような。この壁に誰もが落書き出来るというような壁。どこまでもどこまでもつがっている、まるで板橋しゅうほうのマンガに出てきそうな壁。

◇この壁のイメージが出てきて、昔捨ててしまった「壁は語る」という写真集をもういちど読みたくなった。インターネットを探すが出てこない。探すのは得意そうな塾生の加藤くんに探してもらうようにメールする。この本は1968年のフランス学生運動のカルチャラタンの壁に落書きされたものを写真撮影したものだ。「想像力が権力を奪う」という言葉や「敷石をはがすとそこは砂浜だった」という言葉が鮮烈だった。(学生が投石のために敷石をはがすと、その下に砂が敷かれていたことを詩的に表現したわけ)。

◇よく考えると、今でも時々思い出す言葉やフレーズは、みんな10代後半から20代前半の時期に読んだ本に書かれてあった言葉だな。社会に出てからは、具体的な生活に役立つことばかりで、生き方そのものに触れる読書はしてこなかったようだ。本というのは、本来がそういうものなのかも知れない。

◇なんでこんなことを思いついたかというと、18歳から23歳ぐらいまでに書いていたノートを読んでいたからである。A4ノートで20冊ぐらいある。いやはや、すっかり忘れていたことがたくさん出てくる。映画のチケットや講演会の半券が入っていたりする。ブログですね。例えば1970年12月17日の午後4時から、東大教養学部743教室で「昭和の精神」というタイトルの村上一郎氏の講演会に行ってる。主催は東大教養学部の自然弁証法研究会である。村上さんはその頃、桶谷秀昭さんと一緒に「無名鬼」という雑誌を発行していた。1972年の2月3日は、東京外語大学日新寮で行われた曲馬館のテント興業を見に行っている。題目は「贋作 荒野のダッチワイフ」。もうないけど、当時の日新寮というのは、かなりアナーキーでした。なんか面白いなぁ。こことは別に、70年代ブログとして作るかな。

◇1972年の12月5日には、こんなことが書いてある。「渋谷陽一くんはこう言った。僕は話が夢中になると目がうるむのだそうです。〈ばか笑いしてるのに、眼がうるんじゃって、なんでこいつ笑いながら泣いているんだろう〉と思ったのだそうです」とか。橘川22歳、渋谷20歳の頃である。

◇本間さんの自分史カフェみたいに、ムーバブルタイプのブログを過去にさかのぼって使えるようなブログパーツはないのかな。

◇日付を過去に合わせて登録してみたら、うまくいった。そうか、ブログは過去に向かって書いていってもよいのだな。

12月15日(土)
◇カミさんとフイランソロピー協会の広告の制作作業を打ち合わせてから、恵比寿のガオへ。照井とは80年以来の付き合い。僕が都内で気軽に寄れる空間の一つだ。

◇照井と話をしていると、スタンフォードで長年研究活動をされて日本でベンチャーを始めた西村さんと元経産省の原田さんが来る。わいわいと居酒屋へ。西村さんに「橘川さんのゴールは何?」と質問されるが、ゴールとかスタートとか考えたことのない人生なので、回答なし。

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2007年12月08日

一週間の日記 12月2日から12月8日まで

12月2日(日)
◇広尾のレストランで「愛しのサザビー」出版記念オフ会に参加。全国から愛犬家たちが集まって、大にぎわい。僕の家にも小学校に入る前まで犬がいた。他のことは覚えていないが、犬と一緒にいた記憶はあるな。人でもペットでも、好きになる気持ちは悪くはない。

◇広尾の店は、確か10年前に「Wired」のパーティがあった店だ。名前も変わっていたが。帰りに有栖川公園の木々を見て、目黒まで歩いて帰る。パーティの参加者たちも、帰りは犬の散歩で有栖川公園に寄ったのだろうか。

12月3日(月)
◇さてさて、今日からDQの「すれちがい通信」開始だ。DSの電源を入れたまま町を歩くと、おなじようにセットされているDS同士が交信して、町の住民がどんどん増えていくのだ。僕の場合は、自分の本名で登録してあるが、あまりそういう人はいないだろう(笑)

◇凸版印刷の執行役員である広村さんと日販の柴田くん、凡ちゃんと4人で日本橋の焼肉屋へ。広村さんの案内だが、これがとてつもなく美味い。

12月4日(火)
◇午前中はオンブックの会議。小飼弾さんのブログ『インピーダンス・マッチング』が紹介された。とりあえずオンブックは、最初のデビュー・プロジェクトであるということで。

◇目黒で環境教育の会議。もうすぐビッグサイトのイベントだ。準備不足(笑)

◇やたらと出張の多い亀田くんと打ち合わせ。経産省のプロジェクトにかかわるようだ。

◇協同広告の関口さんらが来社。いろいろ打ち合わせ。

12月5日(水)
◇池袋のジュンク堂へ。佐野部長さんにオンブックの販売について相談。オンブックはアマゾンが電子書店の大型書店として機能を拡大していくと思って事業設計したのだが、どうも最近のアマゾンの動きを見ていると、本、それも新刊販売に熱意があるとは思えない。時計や家電といった利益率の高い商品にシフトしようとしているのではないか。新刊を出しても、なかなか販売表示がされずに、その間にも、ユーズドの方で格安の新古本が出てしまう。表示されても、すぐに品切れ状態。だいたい、この新古本はどういうルートで流れているのだろう。読者が買って、その日のうちに古本屋に持っていくとは思えないのだが。

◇ということで、今後は、いろいろと書店さんに話しを伺いながら、オンブックの本が販売出来る道を探りたい。

◇本国のアマゾンさんは"Kndle"か。これはこれでオンブックとしてはトライする価値があるな。

◇池袋に来たので、ヤマダ電器の池袋店に行ってみる。ソニーの905がヨーロッパでブレークしたウォークマン携帯電話なので、ヘッドホンを探しに行った。しかし、ヤマダさん、やばいね。店舗の作りが田舎のロードサイト店と同じ。良く言えば広々としているが、実はスカスカ。商品アイテムも少なすぎる。こりゃだめだ、と思ったのが1階のトイレ。トイレがあるのは良いのだが、売り場と直結。作りもブレハブ並。トイレのドアを明けると陳列棚が並んでいて、しかも男女共用というのだから、女の子は逃げるよ。ヤマダは外資の資本が6割近くになっていて、豊富な資金力で、都市圏に進出しているが、これではビックやヨドバシにかないっこない。新橋のキムラヤを買収したり、渋谷は109の裏側で工事してるが、なんだか、80年代のバブルと同じだ。企業に資金がジャブジャブ流入して、動かせる金があるとビルや会社を買いまくって、そのあげく空洞化で沈没。大阪難波店では、ごつい客たちにあおられて原価割れの価格で販売していると言う。金があれば何でも出来ると思うのは、成金の誤解だよ。

◇てなことで、隣のビックカメラでヘッドホンを買って、久しぶりにウォークマン。ウォークマンが登場する以前、坂本正治さんがブルータスなどで「アウトドア・オーディオ」というメッセージを発信して、よく、いろんな実験をやらせてもらった。ラジカセを自転車に積んで駒沢公園を走り回ったり、特製バッグを作ってでかいヘッドホンつけて通勤したり。極めつけは、坂本さんが作ったサイドカーに設置してオーディオシステム。これに乗って町を走ると、動くロック喫茶になるのだ。久しぶりのウォークマンは新鮮だ。9ミリをガンガンかけて池袋から新宿へ。

◇初台のオペラシティのベネッセへ。僕らの担当の矢島くんに、加納敏彦さんを紹介される。彼はベネッセの新商品開発室のメンバーだが、個人的にミクシィで大学生の就職活動指南をやっている。帰ったら早速、ミクシィ登録のお誘いが。入ってみると、いきなりコーチングの岸英光くんの動画が(笑)。15年ほど前、「おしゃべり放送局」という参加型放送局をやっていた時に、よく遊びに来てたり、DJやってたりしたのが岸くん。当時はまだコーチングなんて言葉はなかった。

◇予定していた夜の会合が中止になったので、ネットカフェで瞑想。

12月6日(木)
◇午前中はロッキングオンの会議。来週は渋谷がイギリスにツェッペリンのライブを観に行くので会議は休み。12月31日は幕張のカウントダウンに行きます。

◇ODECOの実施委員会を開催。小柳くん、田尾さん、山北さんら、集まる。ODECOは、もうひとひねり、もうふたひねりしながら進めていきたい。

◇私事で申し訳ないが(ブログで何が私事だよ(笑))ほぼ徹夜状態で新しい本の原稿をまとめる。来年の3月に出る予定の本だ。僕は1950年生まれで57歳。10代の時は10代であることを軸にして文章を書いていた。20代の時は20代であることを軸に、30代も40代も、それぞれの年齢の自分がいつも軸だった。しかし50歳になった時に、生前葬を行い、そこでもう原稿は書かないと宣言した。その生前葬に参加した久米くんは「橘川さん、もう書かないと言ってから、猛烈に書き始めているではないですか」と言っていた。そのことの意味がようやく分かった。50歳になった時、僕はもう自分の年齢を軸にしては文章を書かないことにしたのだ。全人生を軸にして書くことにしたのだ。そのことを意識的にしてまとめたのが次回の本です。詳しくはまた(笑)

◇一生懸命、イラストにも挑戦したが、これはどうやら没らしい。この1週間、夜中はこの修行ばかりやっていた(笑)
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◇絵画から写真(銀塩)へ、写真(銀塩)からデジカメへ。そして、再び、デジカメからデジタル絵画へという道が出来てくるかも知れない。写真は肖像権の問題が今後拡大していくので、作品として公開しにくくなる。アメリカではすでにカメラマンに対しての訴訟が始まっているという。デジルタ絵画は、はまる(笑)。しばらく深追いしてみようと思う。

12月7日(金)
◇インサイトコンサルティングの槇本さんが社長の早川さんを連れて来る。インサイトは企業の人材研修をやっているが、社長はずっとカンボジアにいて、東南アジアに進出した日本企業の人材研修を開発しているようだ。自己紹介しようとしたら、「ああ、分かってます」と言われる。しかも、驚いたことに、早川義男さんの甥っ子だという。
「えっ? あのジャックスの」
「そうです」
「あの和光大学の」
「そうです。義男が和光なので、和光に入ったという人もいるみたいですね」
「松村がお世話になってます。最近は早川さんのプロデュースやらしてもらってるんですよね」
「えっ? 松村って、あのロッキングオンの松村さんなんですか?」
などと、もの凄いディープな会話がビジネスの世界で繰り広げられた(笑)

◇その後、アジアの現状について、興味深い話しをいろいろ聞かせてもらった。また年内にカンボジアに行くようである。

◇お昼にお茶の水の日販で、京都の北田くんと待ち合わせしていたので急ぐ。北田くん、日販の柴田くん、凡と4人で、山の上ホテルへ。古い品格のあるホテルである。80年代にUPUが淡路町から、お茶の水の研究社ビルに引っ越してきた時に、ここでパーティを開いた。乾杯は僕がやったことを思い出した。山の上ホテルといえば、天ぷらである。かのミシュラン1つ星の天ぷら「近藤」は山の上ホテル出身だ。にんじんの天ぷらがおいしい。京都の話題で盛り上がる。なるべく早く、みんなで京都に行きたい。

ブレストTVの宮谷大くんから相談があるというので、新宿へ。大ちゃんは和光大学の学生の時に、僕の「インターネットは儲からない」を読んで、僕に会いたいと思った。だけど、本を読む限りは会いたいといって会ってくれる人ではない。だけど、何かを作ってそれを見てくれといえば必ず会ってくれるはずだ、と思って、お笑い芸人のストリーミングサービスを始めた。そして会いに来て仲良くなった。

◇以前にも、いろんな投資家やキャピタルが押しかけてきて、どうしましょうかと相談されたので、「そんなの相手にするな、おまえは、ただ芸人さんとだけ仲良くしろ」とレクチャーしてあげた。だから、いまだに儲からないが(笑)、初めてコーヒー代を出してくれた。これは感動である。子どもにプレゼントもらったようなものである。

◇大ちゃんには、いくつかアドバイスをして、彼からは「コラーゲン・ハイゴウーマン」というWAHAHA本舗の芸人が面白いですよ、という情報をもらった。

12月8日(土)
◇早くから事務所に来て経理処理と、ブログ書き。今日はこれからリアルテキスト塾だ。


2007年12月02日

一週間の日記 11月26日から12月1日まで

11月26日(月)
◇NTTの小澤英昭さんが来社。10年くらい前にはNTTの研究所にいて、情報処理学会の講演を頼まれたりしたことがあった。いつの間にか、レゾナントに行って、gooを担当しているとのこと。いろいろ相談。

◇共同PRの関口さんたちが来社。いろいろ相談。

11月27日(火)
◇午前中、オンブック会議。来年に向けて、やりたいことは山ほどある。僕が暴走するとみんなが大変なので、慎重に。

◇京橋のバジリコへ。『愛しのサザビー』は、オンブックが企画・編集をして発行はバジリコである。上田毅八郎さんの自伝『波乱万丈!船艦大和を描いた男 静岡が生んだ船舶画家・上田毅八郎』はオンブックで発行したが、画集はバジリコで発行する。田宮模型の箱絵を描いてきた老画家だ。

◇バジリコの長迫社長は、翔泳社が青山にあった頃からの知り合いだ。デメ研の上田純美礼主任研究員は翔泳社で編集をしていて、彼女の上司だった安藤聡くんとは、90年前後のパソコン通信時代の仲間だった。サイゾーのコバヘンも昔は翔泳社でデザインやってたりしたのだ。みんなのボスは長迫さんだった。安藤くんも、晶文社に行ってたが、また長迫さんの所に帰ってきた。長迫さんは、不思議な勘の働く出版社社長で、翔泳社時代には「神々の指紋」を大当てしたし、バジリコでも「ヘンな生き物」を大ヒットさせた。誰も、売れるとは思わなかったんだが(笑)

◇その長迫さんと安藤くんと橘川が組んで、来年に向けてプロジェクトを始める。さて、どうなるものやら。

11月28日(水)
◇青山で金子くんと待ち合わせて、ナルミヤインターナショナルへ。成宮社長へインタビュー。ナルミヤは、モー娘。の頃に渋谷109に子どもたちの大行列が出来たアパレル会社。小学生高学年というのは、これまでブランドが成立しなかった領域なのだ。成宮社長にODECOを紹介して、僕らがやろうとしていることを説明。いろいろ話を聞いたが、子どもたちとの現場を知っているだけあって、納得すること多し。教育の世界をここ2年ぐらい見てきたが、ほとんど、制度や仕掛けの話ばかりで、子どもたちの内面を問題にするような発想がなかった。教育CSR会議の基軸は、その辺だな、と直感したところなので、刺激になった。昔と今の子どもたちの違いは何ですか、と聞いたところ、「子どもたちが自己主張を覚えたところ」と即答された。

◇青山から表参道に向かい、周平くんと合流して、3人で神宮前の子ども調査研究所へ。私の故郷のような事務所である。高山英男さんは、僕が10代の学生だった頃、「読書人」という新聞の読者欄に掲載された僕の投稿原稿を読んで、連絡をしてくれた。昔から僕は投稿少年だったのである。それ以来、ふらっと立ち寄れる場所になった。マーケティングの仕事を教えてもらったのもこの事務所である。1970年前後は、いろいろな若い人材が集まっていた。関西の学生だった村上知彦と会ったのも、ここだし、ジブリの鈴木さんも学生の時は常連だった。僕らの次の世代には、パーソンズの岩崎くんがいる。僕は、岩崎くんより彼の相棒のフーリエくんの方が印象強い。下落合で占い喫茶みたいなのやってた。高山さんに聞いて知ったのだが、岩崎くんが女優と結婚して別れたという話は知ってたが、それが「お掃除術」の松居一代さんだとは知らなかった。

◇高山さんは、「人を編む」という意味での本当の編集者だ。僕は子ども調査研究所のスタイルを真似してきた。高山さんは、編集者として、横浜の教師だった阿部進(カバゴン)さんを発見し「現代子ども気質」を編集した。そして、僕らの世代の映画ファンには神様のような松本俊夫の「映像の発見」も高山さんが編集した。タイトルも高山さんがつけた。

◇高山さんには、「戦後の子ども文化史」を聞かせてもらおうと思ったのだが、高山さんの自伝みたいな話になってしまい(笑)、高山さんとは、林雄二郎さんの「森を見る会」と同じく、戦後子ども文化史研究会として、連続的に会議をしていこうと思う。何しろ、60年代に、寺山修司から佐々木守から石森章太郎まで「子ども」をテーマにして、高山さんの所に集まっていたのだ。

◇高山さんの活動なんて、インターネットをいくら探しても出てきはしないだろう。インターネットの中に入りきれない大切な歴史や情報がまだまだたくさんあるのだ。そこを見ていかないと、未来は見えてこない。

◇今日は新宿でエリエスの3周年記念イベントだったが、せっかく招待してもらったのに、行けなかった。土井くん、すまん。

11月29日(木)
◇今週からロッキングオンの会議は2つ連続になった。午前中、ぎっしりだね。帰りがけに渋谷から新しい「サイト」をもらう。何と「政界再編」特集号だ(笑)。

◇築地の聖路加ビルへ。元鹿島建設の鈴木さんをソニーデジタルエンターティメントサービスの福田社長に紹介する。鈴木さんは、現在は秋葉原でアキバテクノクラブの事務局長やってる。橘川の最初の単行本を読んで連絡くれてから、30年近くの仲間である。

11月30日(金)
◇朝から品川のソニー本社へ。「第2回ケータイ文学賞」の審査会だ。新しい本社ビルは、まるでブレードランナーの世界。

審査員は1回目と同じ。僕が審査委員長で、岸紅子さん、タカコさんと美女二人、「読書のすすめ」の清水克衛・店長さんと、山下卓。「ケータイ文学」を考えながら、スムースに審査終了。

◇先日、ブログ大賞の審査をやったけど、ブログの場合は日常性が出ていて、「作ってる人と会いたい」と思わせるものを審査基準にしたが、作品の場合は逆だな。日常の中の非日常を描くわけだから、かなり変な人の方が面白い作品を書けるのだろう。

◇第一回の作品は『大人が読むケータイ小説 −第1回ケータイ文学賞アンソロジー−』ソニー・デジタルエンタテインメント・サービス+オンブック編として発売された。

◇審査が早く終わったので、一般公開されない業務用ショールームのツァーを組んでもらった。200インチの液晶画面が4面並んでいて、ものすごい迫力。放送局用のカメラの精度に驚く。プロ用機材も、どんどん安くなっていて、個人でも手の届くようになってきた。映画を作りたくなった(笑)。一番驚いたのは、有機ELだ。薄さよりも、映像が美しすぎる。ここまで美しくしてよいのだろうか、と思うぐらいで、でも、やがてこれが一般化するのだろう。これをやりたいために、ソニーは、液晶もプラズマも熱心ではなかったのだな。

◇有機ELは、真空の環境作りが大変だと聞いたことがある。いわば、これは、第2の真空管だな。

◇昼食は、内田勝さんと並んだのでおしゃべり。内田さんと最初に会ったのは、70年代の子ども調査研究所だ。高山さんの紹介。内田さんは、60年代後半の黄金の少年マガジン編集長として、出版界のスーパースターだった。「明日のジョー」も「巨人の星」も、ジョージ秋山も梶原一輝も、みんな内田さんが引っ張り上げたのである。最初に会った時は、新雑誌準備室で新しい雑誌を模索していた。いろいろ検討を重ねたようだが、最終的に「ホットドッグプレス」が創刊される。創刊の時、「文化通信」という業界新聞の一面で、内田さんと僕との対談が創刊キャンペーン記事として掲載された。対談は銀座の三笠会館の個室で行われて、「ああ、本当の出版社というのは、こういう場所で対談やるんだ」と、貧乏時代のロッキングオンしか知らない僕は驚いた。

◇内田さんは、講談社を離れてから、ソニーに移り「アニマックス」の顧問となり、福田さんと一緒に活動した。内田さんの紹介で、福田さん一緒に仕事をすることになったわけだ。

◇審査会が終わってから、山下とお茶。あいつも40歳になったとか。僕の所に現れたのは20代たったからな。僕もすっかり老人だが、林雄二郎さんや高山英男さんや内田勝さんたちを見ていると、まだまだ何もしていないな、と心痛む。やるべき課題の多さに比べて人生はあまりに時間が足りない。

◇事務所に帰って、近くのドコモショップへ。ソニーのジョグダイヤルが帰ってきた、というので、905を購入。905シリーズはものすごい人気らしく、登録が完了するまで4時間ぐらいかかった。有機ELを見たからか、またソニーが好きになりそうだ。半分、日本の会社ではないのが気になるが。

12月1日(土)
◇ある作業に没頭。企画まとめたり、経費処理したりの作業を待ってる人、すいません。ちょっと、集中しなければならないことが起きてしまいまして。ドラクエDSではありませんよ(笑)

北海道大学科学技術コミュニケーター養成ユニット(CoSTEP)の石村源生くんからの連絡です。源生さんは、科学館の運営などの仕事をしていましたが、現在は、科学館の案内係(コミュニケーター)の養成をやってます。リアルテキスト塾の塾生でもあります。締め切りが間近なので、むづかしいと思いますが、新しい仕事のスタイルかと思うので関心ある人は覗いてください。