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社長日記

2007年10月28日

一週間の日記 10月21日から10月28日まで

10月21日(日)
◇先週、連日イベントだったので、へたってる。年齢的には老境の人だからね。ロシアの男性平均寿命は58歳だとか。日本が長寿国であるということは、世界に対する一つのアピールポイントになると思う。

◇京都の北田くんから、木村英輝さんの本とかパンフレットを送ってもらう。木村さんは、70年頃のロックシーンのキーマンで、何しろ「村八分」のプロデューサーというのだから、凄い。60歳を過ぎてから壁画を描き始め、今、京都ではものすごい勢いで木村さんの絵が町にあふれ出しているようだ。ぜひ、木村さんの作品を見る京都ツァーをやりたいと思っている。

◇牡蠣がおいしい季節になってきた。大根おろしで牡蠣を洗って、生で食べたり、刻んでみそ汁に入れたりして食べる。

10月22日(月)
◇うちでアルバイトしていた堀内くんが来る。どの世代にもそれぞれの世代固有の問題と、世代を超えた共通の問題を抱えている。一緒に考えられる問題と、見てるしかない問題とがあるんだな。

◇iGoogleのToDoリストみると、やらなければいけない企画書・報告書などが山盛り。こういう状況になると、まるで違うことをやりたくなる。とりあえずDSの「ASH(アルカイック シールド ヒート)」に入り込(笑)。

10月23日(火)
◇人との約束がない日は暇な日か。日記を見てると橘川は忙しいように見えるが、デメ研の亀田くんのスケジュールを見ると、呆れる。今週は、日曜日に草野球の合宿に行って、そのまま月曜日は青森県八戸市に飛んで、火曜日に静岡市で講演やって、水曜日に帰京して、木曜日に倉敷市、金曜日に松山市、土曜日まで松山で仕事で、日曜に帰って月曜日から再び八戸市という予定になってる。大丈夫かいな。

◇有楽町のビックカメラ新館の方に行き、SONYの「Rolly」を見てくる。SONYはここんとこ、昔のSONYを思い出そうとしているようだ。「Rolly」も関心を引いたけど、ヘッドホン「パーソナルフィールドスピーカー PFR-V1」というのは画期的だ。ヘッドホーンの形状をして小型スピーカーを耳の側に置いた、という代物だ。僕はウォークマンの1号機から3号機まで使っていたが、どうしてもあのイヤホーンが耳に合わずに諦めた。もともと眼鏡をかけて歩くというのが体に合わずに、近眼にもかかわらず眼鏡をしなかったのだが、金属を体内に接触させるというのが嫌なのだ。このスピーカーなら、まだ使えそうな気がする。

◇神宮前の子ども調査研究所へ、ぶらっと遊びに行く。学生時代にこの事務所に行ってから、気が向いたらいつも遊びに行っていたところだ。高山英男さんの所に来ていた旧東京ムービーの人を紹介してもらう。その後、富岡さん、近ちゃんらと、おしゃべり。仕事以外のおしゃべりが楽しい。

10月24日(水)
◇元経産省のコンテンツ課にいた境くんは現在、早稲田で研究室を持ってる。信国乾一郎、深澤三重子さんらと、林塾の打ち合わせ。なかなか面白いワークショップになりそうだ。

◇ベネッセの定例会議。終わってから、ベネッセの矢島一朗くん、 吉村麻理子さんと、信国たち、うちのカミさんを交えて酒宴。梅酒のお湯割りを少々。

◇帰宅後、ピリオディカルの整理。ピリオは言葉を宇宙に配信しているようだ。たんぽぽの種子が空に広がるようにね。ネットの楽しさというか新しさというのは、こういう関係を成立させることだと思うな。

10月25日(木)
◇朝からロッキングオンの会議。

◇パスポートが切れそうなので有楽町の交通会館へ。自動車運転免許を持たない身にはパスポートが身分証明書代わりだ。

◇オンブック会議。出版の問い合わせが毎日のようにある。大学関係者の人が増えてきたように思う。

◇元ベネッセの執行役員だった柏原さんが学生時代の友だちを連れて来る。これがまた凄い人で(笑)そのうち動きが始まりましたら報告します。

◇元リクルートの宮崎さんが来社。企画も営業もスーパーに出来る人で、今は独立して事務所を開いている。いろいろと相談。

10月26日(金)
◇マスターカードの増渕正明くんが来社。増淵は昔オリコにいた時から、まぁ、弟子みたいなものです。クレジット関係では何冊も本を出している。52歳にして22歳と再婚。おめでとう。

10月27日(土)
◇亀田興毅くんの謝罪会見を見る。亀田一家の語り口や態度は、高橋ヒロシの愛読者としては違和感ないし問題ない。梅星一家と同じだろう。テレビは映画から派生したエンターティメントなんだから、マンガの主人公の態度が悪いといって目くじら立てる方がおかしな話だ。それよか一連の亀田騒動で実況中継をしたTBSのアナウンサーが叩かれ、興毅くんに何様質問をしたテレビ朝日の井口成人に非難が集まっていることの方が面白い。それもテレビ局内部の内ゲバみたいな形で。内ゲバやってる自分だって同じ穴のムジナだろうが。自分のことは棚に上げて抽象的な正義感振り回す輩はいやだね。でも、なんかテレビ局が壊れてきたな。こういう動きをキャッチする感覚については爆笑の太田くんは天才だな。これが毒ガスだよ、もーろくしたタケシには自分から放つ力がなくなっただろうけど。

◇リアルテキスト塾8期生の講座。「考えないで書くメソッド」は、ほぼ完成したと思う。毎回、集まる人の雰囲気や性格が違うので、それはそれで楽しい。16時から2時間が授業で、18時から21時くらいまで宴会・雑談会。雑談会の方が勉強になるかも知れない(笑)。宴会の方はゲスト参加も可能なので、来たい人は橘川まで。

10月28日(日)
◇横浜パシフィコで行われている「横浜国際フェスタ2007」へ。教育CSR会議の金子くんと8期生の周平と入り口で待ち合わせ。増淵も来たいと言ってたが流れ。教育支援協会の吉田さんに案内してもらい、タイラーメンをごちそうになる。カバゴンこと阿部進さんを紹介してもう。カバゴンは子ども調査研究所の高山さんが最初の本の編集者だったので、なんだか昔からの知り合いの気がするが初対面。
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2007年10月27日

新着イベント情報

■11月9日  オンブック・パーティ(学芸大学・カフェガーデン)
*オンブックの著者、株主には案内を郵送します。
*一般の方で参加したい人がいれば連絡ください。

■11月16日 Web協会と教育CSR会議のシンポジウム
ウェブと教育問題の最前線
第1部 (14時より)
「海外におけるインターネットの教育活用事例」
講師:滑川海彦(デジタルメディア研究所)

第2部 (15時より)
「教育現場とIT環境」
講師:亀田武嗣(デジタルメディア研究所)

第3部 (16時より)
「今、学校現場と求められているもの」
橘川幸夫(デジタルメディア研究所)

第4部 (17時より)
「パネルディスカッション」
滑川海彦+亀田武嗣+橘川幸夫ほか

■11月19日 林雄二郎塾「森を見る会」

■12月22日 リアルテキスト塾 8期生終了会(未定)

■12月未定 デメ研忘年会(未定)。

■10月から12月まで、第2、第4土曜日にリアルテキスト塾8期生の授業があります。終了後18時から宴会になりますので、参加したい人は連絡ください。

■11月に関西方面に行く予定です。友人たちとの宴会になりますので、参加したい人はどうぞ。

■年末は幕張のカウントダウンに行く予定です。



■「微力の力」(エンターブレイン)
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新しい本が発売になりました。
橘川幸夫と村松恒平の共著です。
メタチャットを使った、二人の対談。
驚異的なスピードで感動的な深淵へご招待いたします(笑)

発売中。

2007年10月21日

一週間の日記 10月14日から10月20日まで

10月14日(日)
◇今年は季節の変わり目が遅い。僕の友人たちを見ていると、鬱病とかになりやすいのは、季節の変わり目だ。人間は環境に支配されている動物だ。

10月15日(月)
「微力の力」が発売される。あちこちの本屋で平積みにされている。新聞広告もしてくれるそうだ。エンターブレインに感謝。

◇「微力の力」は、村松もそうだが、僕も、いつも書いてる原稿とは違う質のものを提供している。それぞれの本質に関わることなので、この本質から眺めた時代や現象を書いてきたわけだが、今回は、本質そのものを剥き出しているようなところがある。もっとも「リアルテキスト塾」では、さんざん説明してることばかりだが(笑)。

◇亀有という駅に初めて降りる。駅前には両津さんの像が。ギャラリーバルコで村松恒平の芸術展を見る。その後、お好み焼き屋に移動して「微力の力」のミニ出版パーティ。今回の本は、僕と村松がメタチャットで原稿を書き上げ、それをエンターブレインの久保君が見つけて出版にこぎつけた。久保君は山下卓の担当だったこともあり、僕のことを知っていた。わいわいガヤガヤとやってたら帰りの電車は最終だ。

10月16日(火)
◇虎ノ門の海洋船舶ビルへ。昔はここに日本財団があり林雄二郎さんが顧問をやってた時には何度も来たことがある。CANPANの第2回ブログ大賞の審査会である。審査員長は昨年に引き続き久米信行くん。ブログは確実に内容の密度が向上している。文章は日々書き続けることでしか成長する方法はない。

◇今回の審査で、一つ気づかせてもらった。僕は今「CSR」というテーマに「教育CSR」という考え方を提案しているが、これは「ODA」にもつながる話だ。審査で僕が推薦したいのは、「雲南の郵便屋さん」という、教育をやっている人のブログだ。平井雷太くんもカンボジアでの活動をやってる。日本のODAは、PCIと日本工営の2大勢力が支配している。多摩にあるPCI(パシコン)には昔行ったことがある。現場で活動しているスタッフは、本気で支援活動をしている人が多いと思うのだが、ダム開発や道路開発などのための巨額が動くと、現地の権力構造とつながることになり、裏金作りが必要になってくる。パシコンの人に聞いたことあるが、アジア各国は昔と違って、道路や建物の箱物ではなくて、コンピュータシステムや環境対策などのソフト的な支援を希望するようになっているのだとか。パシコンの犯罪がマスコミを賑わせているが、これは旧来型の建設ODAのやり方が破綻しつつあるということだろう。教育ODAという考え方は、追求してみたいと思う。

◇審査終了後に近くの居酒屋で宴会。昨日は亀有、今日は虎ノ門。酒が飲めないのはつまらないが、その分、たっぷりとおしゃべり。船舶ビルの真裏に友人の古沢正夫の家のビルがあって、ここは大学生の頃から遊びに来てた。帰りに寄ってみるが不在だった。帰りは久米くんの車で送ってもらう。

10月17日(水)
◇昨日に引き続き虎ノ門へ。虎ノ門の交差点の角には古い森村ビルがある。森村グループは瀬戸の焼き物の元締めで、日本碍子とか日本特殊製陶とかを有していて、TOTO とかINAXも、森村グループの分家である。とてつもない資産家で森村銀行というのもあったが三菱銀行の土台になった。日本航空の立ち上げも森村家がからんでいる。そんなことを思い出しながら、霞ヶ関ビルへ。

◇霞ヶ関ビルは日本で最初の超高層ビルで、出来た時は僕も見に来たことがある。大蔵省・経産省・文科省に囲まれた土地に建てられた三井不動産の旗艦ビルである。リニュアルされて新ビルの趣だ。4階には産業研究所があって、ジャンボが座長で会議やってる所だ。9階と10階にリクルート・エージェントが入っていて、社長の村井さんのご厚意で、会議室を借りて、林雄二郎の私塾「森を見る会」の第一回会合である。

◇林さんを囲んで10人ぐらいのメンバーが集まる。「静脈産業」というテーマで今後進めていくことを確認する。林さんのパリでの体験、アフリカでの体験、ブタバコでの体験(笑)など、みんなは聞いたことがないだろう話をしていただき、充実した時間を過ごす。

◇林さんが1965年、経済企画庁の経済研究所の所長の時に「林リポート」と呼ばれる報告書が作られた。1985年の日本人のライフスタイルを検討する会議である。林さんの上司は大来佐武郎さん(その後、外務大臣)でありチームスタッフは、下河辺淳さん(その後、総合開発機構(NIRA)設立。田中角栄の列島改造論の理論的支柱)であり、宮崎勇さん(その後、経済企画庁長官。「前川リポート」「平川リポート」など戦後の経済政策の基本を描いた人)であるという、スーパーブレインによる報告書である。僕たちは、とてもその人たちにような天賦の才はないけれど、当時にはなかったネットワークというシステムを使って、「21世紀の林リポート」を作っていきたいと思う。ネットワークに参加したい人は、まず「情報化社会」を読んで、アマゾンにレビューを書いてください。ネット上の「森を見る会」はこちらです。

◇65年の「林リポート」は、林さん自身も持っていないので、僕の方で探してオンブックで復刻したいと思っています。

◇最年長の林さんは91歳、最年少は18歳のデメ研研究員・ヤックンです。林さんに、「この子は、小学校に入って2週間で登校拒否をして、小学校・中学校はいってないんです」と紹介したら、林さんは「ノイズに負けてはいけないな」と。今後が楽しみな会合である。

◇終了後、近くの中華料理屋で宴会。林さんは冷やで日本酒。僕は57歳で酒が駄目になったのに、90歳を超えて毎日晩酌やってる林さんは凄い体力だと思う。

◇昨日に引き続き、今日も久米くんに車で送ってもらう。今日は僕とカミさんの二人だ。

◇しかし、つくづく戦後社会というのは、明治維新のように様々な人材が活躍した時代だと思う。なのに、ちゃんとした「伝記」というのが成立していないんだな。日経の履歴書ぐらいのものだが、あれは本人のモノローグなので、客観的な「評伝」が必要なのではないか。ライター諸君、「グルメリポート」みたいなくだらない仕事は適当にやって、戦後の人物評伝をライフワークでやってみたい人はいないか。オンブックで発行しますよ。インターネットがあるのだから基礎資料は簡単に入る。あとは足で現場を探したり、存命者にインタビューすればよい。「リアルテキスト塾」の高等科は、これにするかな。

10月18日(木)
◇朝から渋谷でロッキングオンの会議。RO69は、もの凄い編集エネルギーを使っている。あとは、どうやってこのサイトに誘導するだけだと思う。今年の暮れは幕張のカウントダウンだな。行く人いたら、連絡ください。

◇林さんに電話したら、「ああいう気持ちの良い会議に参加するのは久しぶりだ」と誉められた。良かった良かった。

◇午後から、オンブックの会議。新潟日報の望月迪洋さんが書いた『米は政なれど… ウルグアイ・ラウンド異聞』の編集がだいたい終了する。手嶋事務所の紹介によるものだが、新聞記者や放送記者などの問い合わせがオンブックに多い。これはオンブック以前にも何人か新聞記者から出版の相談を受けたことがあるが、新聞で記名コラムを連載しても、よほどのネタでない限り、なかなか新聞社の出版局で本を出すということ難しい。でも書いた本人は、新聞のような消えていく媒体ではなく、単行本として残したいという思いがあるのだろう。オンブックの準備をしていた時に、新聞社の社説を毎月1冊ずつのオンデマンド出版に出来ないか、という企画を考えて、ある新聞社に持ち込んだことがある。新聞社のような大きなシステムだと、新聞の編集局と出版の事業部とは関係が疎遠で、逆にやりにくいようだな。

◇オンブックは、どう見渡しても、最小限の出版コストで書籍発行出来るサービスになっていると思う。内容にもよりますが、発行希望の方は、オンブックまで。ただしベストセラーを発行するシステムではないので、僕らの場合も通常出版に向いた企画については、外部の出版社と提携して発行するようにしてます。「微力の力」のように社長自身が別の出版社だ出したりしてますし(笑)。最近の橘川は、頭の中が爆発してますので、橘川の本を出したい編集者の人がいたら、どんなテーマでも相談に乗ります。

◇オデコ会議。雑誌「教育CSR会議」の第2号の編集を進めている。「教育」をテーマにして、新しい動きや、面白いことにトライしている人がいたら、情報をください。

◇星槎教育研究所が「軽度発達障害」についての連続セミナーをやっている。三森さんから連絡があり、土曜日に富山でセミナーやるということなので、北陸デメ研の久保くんに連絡を入れる。京都の少年刑務所の専門官によるもので、僕も興味持つ。

◇夕方、コンテンツワークの三宅さん来社。新しいサービスである「ミニカード」について打ち合わせ。その後、三宅さんの紹介で、子ども向けブログシステム「トイスタ」を開発しているローハイドの井上さんが来社。

10月19日(金)
◇ソニーの福田さん、谷岡ヤスジ未亡人のまち子さんらと大磯へ。素晴らしい森の中に元宗教団体の研修施設があって、再開発する。大磯は、亀有と同じく「初めて下車する駅」である。なんか、新鮮な感じがする。

◇その後、二宮の星槎学園に行く。風邪気味の宮澤会長が相変わらず元気に出迎えてくれる。今日のごちそうは「さんま」である。これが、とても美味い。宮澤さんの話は、音楽に近いかも知れない。いくつかフレーズを書きためる。帰りに寺脇研さんの新刊「それでも、ゆとり教育は間違っていない」(扶桑社)をいただく。こないだの教育CSR会議の講演で聞いて、買おうと思っていたところだ。中に宮澤さんと寺脇さんの対談が収録されている。

◇帰りは小田原まで送ってくれたので新幹線で品川まで。小田急ロマンスカー組と別れて新幹線組は、お茶の水美術学園の駒井さん、日本ナレッジの長谷川さん。ちょっとした遠足気分である。

10月20日(土)
◇ジャンボ鈴木が来社。ジャンボは20数年前に、突然電話してきて、一緒に革命やろうと(笑)誘ってくれた人。東大文一でゴルフ部上がりのスーパーサラリーマンだが、政治家ネットワークから怪しいヤクザの親分や宗教家まで、なんでもありの橘川別働隊である。いろいろと状況報告をしあって、昼飯をごちそうになる。ジャンボは世界中に外国人の社員や大学の教え子がいるので「世界を心の回線でつなぐ、見えないインターネット」の構想を伝えてもらっている。

◇新宿の駅のトイレに入ろうとしたら、知らないおじさんから「こっちは男だよ」と言われた。振り返ると「こっちは男トイレだから」と。「いやいや、男ですよ」と言うと、「ああ」と言って照れ笑い。10代の時は、よく女に間違えられたり、痴漢にあったりしたが(笑)この年になって、おばさんと間違えられるとは思わなかった。

11月21日(日)
9mm Parabellum Bulletというバンドはなんとかっこよいのだろう。ちょっとビックリして渋谷のHMVに行ったけど見つからなかった。ネットだけで見れてしまうが。「しゃべるな、心が聞き取れなくなるから」……こういうフレーズに僕は弱いんだ。やはり日本のロックはよいなあ。20年前にピーズのハルの声を聞いた時、10年前に椎名林檎を聞いた時以来の衝撃だ。こういう仕事は若い連中しか出来ない。

▼RO69のインタビューはこちら。

◇アマゾンのユーズドで自分の本を買う。名刺代わりに新しく会った人などに進呈する用である。50円とか100円という値段は嬉しいのか切ないのか分からないが。進呈用なので、汚れありは避けて新品同様というものだけを買うようにしているが、間違えて書き込みのしてある本を購入してしまった。買ったのは「生意気の構造」(日経新聞社)だが、丁寧に緑色のマーカーでラインがひかれている。なるほど、この読者はこの本のこういうポイントを読みたくて買ったんだな、ということが想像ついて、これはこれで面白い。今度は、書き込みありのユーズド商品も買ってみようか。「微力の力」は最初から著者のマーキンが入っていますが(笑)

◇来週の土曜日は「リアルテキスト塾」があります。18時からは塾生+ゲストで小宴会やってますので、ゲスト参加したい人は連絡ください。

2007年10月14日

一週間の日記 10月8日から10月13日まで

10月8日(月)
◇目黒駅を歩いていたら「キツカワ!」という声が。振り返ると佐竹大心が。すっかり老けたが目つきは変わらない。佐竹とは学生時代の友人。というより、僕の友人の友人。佐竹の顔を見て、佐竹よりも、その友人のことが思い出された。そいつは僕が学生時代にやっていた「アルカロイド」というミニコミに「山本倫陀」というペンネームでアントナ・アルトーについて書いてたりしていた男だ。僕は彼からさまざまなことを学んだ。就職する時に「革命やるんじゃなかったら、どんな仕事を選んでも同じだ」と言って、普通のサラリーマンになってしまった。佐竹は、その友人に紹介されて、いつも3人で新宿界隈をうろついてたりした。佐竹は立教大学の学生で、親父は有名な労働運動の活動家。彼も、秋田明大の影武者みたいなことをしていた。大学を出てからは労働金庫かに入社して金融マンをやってたのだが、20代の後半に会いに来て「映画評論家になりたい」と相談を受けた。その頃、僕は雑誌「ポンプ」の編集長だったが、評論家は必要でなかったので、宝島の関係者に紹介した。そこからライターへの道を開いていったみたいだ。もう25年以上会ってなかったが、佐竹がいろいろと本を出していることは知っていた。
「おお、サタケか、よく分かったなぁ。本を出してるみたいだな」
「分かるよ。キツカワはこの仕事を最初に紹介してくれた恩人だから」
「よせやい、また会おうな」
 お互い予定があって、その場を分かれた。佐竹はなんとか映画関係のライター仕事をやってるようだ。そういえば、あの頃から、いろいろ無名のライター志望の人が相談に来たものだ。だいたいは飛んでもない甘ちゃんで追い返してたが、若くして亡くなってしまったが、マンガ家の安藤茂樹が、まだ週刊誌の編集者だった頃、小説の原稿の束を持ってきたことがあった。それ自体は若気の至りのような小説だったが、何か普通ではないものを感じた。やがて四コマ・マンガで頭角を現し、10年前くらいに亡くなった。佐竹と会って、あの頃のことをいろいろ思い出してしまった。いろんな奴が、いろんなスタイルの表現物を僕の所に持ってきた。
 無名のライター志望の受け皿という意味では、今、僕がやってる「オンブック」と「リアルテキスト塾」は、それらのシステム化といえなくもない。

◇夜、高円寺のバーミーへ。日販の松島凡に、教育CSR会議の雑誌について相談を。バーミーの佐藤留美子とは、学生時代からの付き合いだ。今日は70年初頭の奴と会う日か。彼女はその頃のアングラ劇団で活躍していた女優で、その後、旦那の伊佐さんと中野や荻窪でロック喫茶をやっていたが、87年に高円寺で無国籍料理店を始めた。当時はアジアン・エスニックはまだ少なかったが、今では高円寺にはあふれるほどあるので客が減ってる。2時間ぐらいいたが、客は僕らだけだ。
「キツカワくーん、もうこの店だめかもよ。ロック喫茶に戻ろうかと思ってるんだ」
「ロッキングオンの連中はこないのか?」
「最近、誰もこないね。山崎くんも、最近こないし。元気にやってるの?」
 という状況なので、少し、客を呼んでやらないと。リアルテキスト塾の忘年会は高円寺かな。
 帰りに、凡が「キツカワさんのことを、キツカワくんと呼ぶ人を初めて見ましたよ」と言う(笑)。別に凡だって「キツカワくん」と呼んだって良いんだぜ。
 高円寺界隈の人、バーミーに行ってあげてください。安いです。

10月9日(火)
◇「リッチテキスト・コンバータ19」を購入。いやはや、凄いものを手にいれてしまった。僕は、73年に写植屋を開業した時から機械で文字を打つことを生業としてきた。83年に恵比寿で有限会社橘川幸夫事務所を設立した時に、最初に買った大きなものは「ワープロ機」である。シャープのWD-2400という機種で、確か160万円くらいした。何しろ買ったら、若い女の子が事務所にやってきて、直接、操作方法を指導してくれたりした。更に電電公社から80万円くらいの通信端末機を購入して、カプラを使って国際回線でアメリカのダイアローグとかに検索する実験をやったりしていたのだから、すげえ贅沢な有限会社だったが、そのために行き詰まった(笑)

◇ともあれ、83年にワープロで原稿を打ち始め、その後、パーソナル書院でワープロ通信をはじめ、98−一太郎も使い始め、マックにはまった時期もあって、現在はWinである。段ボールの箱の中には、その時代に書いた原稿や草の根BBSである「We-net」や「CB-net」のログが大量にフロッピーで保存されている。ほっぽっておいたのだが、リッチテキストが来たので、いろいろと開いてみると、まぁ、忘れていた原稿が続々と出てきた。しばらくは、この作業がライフワークだな。しかし、5インチフロッピーというのは、どうしようもないかな。

◇例えば、これだ。このリストは1985年に僕があちこちに書いた原稿をまとめたものをBBSにアップして、それをダウンロードしたものだ。PATというIDは、アスキーネットの立ち上げ時期にいた早川くんという人で、アスキーやめてプーしてたので、アルバイトで入力代行と原稿整理をしてもらった。原稿を1センテンスごとに検索出来るようなデータベースにしたいと相談したら、僕にはよく分からないタグを入れてくれた。80年代の終わりである。

番号 [ タ イ ト ル ] ID Length:Read [ Entry at ]
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12 [ニューウェイブ登山/850815 ] pat 8440: 6[ 90/01/01 17:03 ]未発表
11 [崩壊論/?????? ] pat 4061: 5[ 89/12/31 19:31 ] sale
10 [“浮遊している”若者/850131(?)] pat 5124: 4[ 89/12/31 19:30 ] 電通報
9 [ゲームセンターの情熱/8????? ] pat 4634: 3[ 89/12/31 19:29 ]すばる
8 [楽しみ求める素人の時代/851125(] pat 2903: 4[ 89/12/31 19:27 ]日経産業新聞
7 [科学博とは何だったのか?/85???] pat 2126: 3[ 89/12/31 19:27 ]ベルーフ
6 [すきま産業批判/850827 ] pat 2850: 6[ 89/12/31 19:26 ]未発表
5 [「やりがい」は全体と個人の関係] pat 2856: 3[ 89/12/31 19:25 ]週刊就職情報
4 [1975年の核爆発/841201 ] pat 2594: 3[ 89/12/31 19:24 ]社会新報
3 [崩壊論1・家の崩壊/85???? ] pat 3646: 5[ 89/12/31 19:23 ]未発表
2*[崩壊論/850317 ] pat 14874: 6[ 89/12/31 19:22 ]未発表

◇こんな原稿が山のようにある。80年代当時の原稿を電子化している人は、あまりいないだろう。しかし、あの頃はいろんな雑誌に原稿を書いていたんだなあ。日経新聞ではコラム連載してたし、日経トレンディでも連載してた。今世紀になってから、連載の話なんて一つもないね。とりあえずは、「ピリオ」(僕のメルマガ。毎日、1通ずつメールで原稿が送られてくる)に登録しよう。ただし、ピリオも歴史が蓄積されているので、今、新しく登録された原稿を、今日申し込みをした人が読めるのは5年後くらいになるが(笑)。オンブックでもまとめよう。

◇社長ブログを定期的に読んでくれてる人は「ピリオ」の方もよろしく。毎日、メッセージが届きますので、携帯で読む方がよいかもね。登録は「こちら」

◇そうそう、草の根パソコン通信時代の僕のハンドル名は「kent」であった。昼間はサラリーマンだが実体はスーパーマンというクラークケントだ。それで、このフルネームを、みんなで作った。最初、僕が「アーサー・C・クラーク・ケント」としたら「アーサー・C・クラーク・ケント・ギルバート」になり、やがていろんな奴が書き加えていって、最終的には「谷岡ヤスジのアーサー・C・クラーク・ケント・ギルバート・オサリバン・宙太」という、寿解無みたいなフルネームになった(笑)。こういう楽しいインテリジェンス言葉遊びが出来たのが、牧歌的なネットワーク時代であった。

10月10日(水)
◇初台のオペラシティにあるベネッセの会議室で打ち合わせ。高層ビルは、たまに行くのは良いが、なんとなく不安定な気持ちにさせられる。フレンドリーの後藤くん、デザイナーの橋本くんと、ビルの地下でカキフライを食べる。カキのおいしい季節がやってくる。

◇霞ヶ関ビルに向かい、リクルート・エージェントの村井社長を訪問。林雄二郎さんの会議や、教育CSR会議の件について説明。漢字検定協会の大久保くんは、大学を出てリクルートで修行したことがあるのだが、その時の上司が村井さんだったらしい。いろいろとプレゼンして、帰りに「モーニング」の明日発売号をもらう。巻頭のドラゴン桜のマンガ家が書いた「転職マンガ」は、リクルート・エージェントの提携ということだ。最初の就職は就社に近いが、転職は本当の就職を考えるタイミングになるのかも知れない。ちょっと考えてみよう。

10月11日(木)
◇ロッキングオン会議。渋谷に「微力の力」の見本を渡す。「おっ、橘川の本にしては珍しくデザインが出来てるな」と言われる。ロッキングオン・ジャパンの山崎編集長に「バーミーに行ったら、最近、山崎くん来ないね、と言ってたよ」「ええー?  店の名前も忘れてた。だって、最後に行ったのは20年前ですよ」(笑)。

◇昨日から市川が八戸に行ってるので、オンブックの会議は夜からにして、先にODECOの会議。

◇デメ研の新しいメンバーである、妹尾泰隆くんと打ち合わせ。彼は12年前からの友人であり、最初からデメ研最年少研究員であったが、もう18歳になったので、来週から学芸大学に通ってもらうことになった。C++ と PHPはマスターしているが、とりあえずやってもらうのは庭の草むしりだな(笑)

◇夜からオンブックの会議。高橋朗の「幼稚力」が一般書籍で発売になる。見えない価値を信じる力、というのは、まったく今、必要な力だろう。

10月12日(金)
◇明日から「リアルテキスト塾8期生」が始まるので、部屋片づけ。8期生だが、バージョン2という感じでやろうと思っている。

◇黒川紀章さんが亡くなる。73歳。会ったことはないが、もし会えたら40年前の「国際建築」(美術出版)の頃の山手国弘さんのことを聞きたかった。昭和が溶解していく。

10月13日(土)
◇リアルテキスト塾8期生開講。かなりバラエティに富んだメンバーが集まってきた。どうなることやらだが面白そう。本日は7名が出席。成果がまとまったら、公開出来るようにしよう。

◇16時から18時が授業なのだが、終わったのは19時近く。終了後は宴会で、ゲストもいろいろ集まってくる。3期生の要蔵(ベネッセ)、6期生の河野(日大学生)、それに岡山のタウン誌の編集長だった宮田くんが、20年の仕事を辞めて東京に来たので、合流。1期生の梓はドタキャン。河野くんは梓のアドバイスで日大に入ったので、会いたかったようだ。狭い事務所に人があふれる。こういう人のカオスが一番好きだ。特に、さまざまな世代が入り乱れるのが楽しい。10時ぐらいまで事務所で宴会。そのあと、宮田くん、要蔵と、僕と3人で教育CSRについて大人会議。ラーメン食べて一日が終わる。


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◇おまけ
発掘された80年代の原稿をピリオに登録する作業をしているが、面白いので一部、こちらにも掲載してみます。以下は、1985年のリクルート・就職情報に掲載された原稿です。
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「やりがい」は全体と個人の関係を見極めること
(『週刊就職情報』1985.12.5号)

●20世紀最大の思想は、「ファシズム」と「ミーイズム」だと思う。この2つのウルトラな極点にはさまれて、あまたの科学的・宗教的・ビジネス的な中小思想がうごめいたわけです。今も世界のあちこちで、全体へ至りつくための方法と、個人を極めつくすための方法とが追及され、争われている。それはもちろん、私たちの精神内部にあてはめても同じことで、あなたの現在の重要なテーマの一つは、社会的な生活と個人的な生活をどうやって折り合いをつけるかでありましょう。

●ウルトラな極点にはさまれた磁場が、いわば「現在」という時代であり、相反する方法に引き裂かれて宙ぶらりんなのが20世紀を生きる「個人」というものの姿でしょう。時代は磁場の中でその重心を少しずつ一方の極点に近づけていき、ある限界点まで到達すると逆の極点に向かってターンオンする。それは、時代の方法が自滅する場合もまるし、これ以上、一方の極点に突入すると帰ってこれないという自制が働くのかもしれない。ともかく私たちは磁場の中で急速な楕円運動をしてきて、これが「時代の流れ(TREND)」というもので、「ターンオン」した瞬間を私たちは「時代が変わった」と認識するのでしょう。

●雑誌のイノベーションを考えている者にとって、1985年は重要な年であった。最も70年代的であり、次の時代へのコンセプトをもって登場したと思われる2WAYメディアである『ビックリハウフ』と『ポンプ』という投稿雑誌がつぶれ、「地方の時代」につながるはずの地域密着情報誌『アングル』が雑誌としての機能を停止したからである。70年代が終わったと思った。ターンオンだと思った。そして、そうか60年代というのは1965年から1975年までを指し、70年代というのは1975年から1985年までを指すのかと思い至った。時代は始まるのにかかった時間だけ終わらせるのにもかかるらしい。

●そうなると来年からが本当の意味での80年代が始まるのだろう。60年代を、単純に全体志向の時代(高度成長も反体制運動も含めて)と言うなら、70年代は個人志向の時代と言えるだろう。1985年だからといってターンオンして、もう一度60年代の方法論に戻るわけではない。楕円運動は微妙に螺旋を描き中心に向かっているはずだ。トーンとしては全体へ向かうだろうが、スタイルは60年代とは全く異質の時代を迎えるだろう。

●「やりがい」とは、永遠不滅の教えではない。時代のTRENDの中で、全体と個人の関係を見極めることだ。例えば、時代が全体に向かって流れているときは、大半の人間にとって「滅私奉公」が「やりがい」であったはずだし、逆の時代(例えば君が育った70年代)は「滅公奉私」が「やりがい」や「君の望むライフスタイル」であったはずだ。

●時代の動きを見極め、個人というユニットの役割を点検すること、わがまま(全体性欠如)ではなく筋を通す(アイデンティティの確保)てなことが80年代の生活技術として必要になってくると思われる。いくら自分のやりたいことをやっても、時代の流れと無関係では空しいだけなのであります。「やりがい」は単なるスタイルではなく、スタイルの根拠に関わってくるものだという、そう、80年代は「当たり前の時代」なのです。

2007年10月08日

一週間の日記 9月30日から10月7日まで

9月30日(日)
◇86歳の親父と僕が「お兄ちゃん」と呼んでいる叔父さんと僕とカミさんとで品川駅で待ち合わせをして、浦賀へ。浦賀の叔父さんの、お通夜だ。橋本一族は、もともと福島の出で、幕末の戦争に破れて浦賀へ流れてきたらしい。神社の神葬祭というのは珍しい。玉串を捧げる時に、二拝二拍手1拝なのだが、手を叩くのではなく、音を立てないで手を合わせるというのがポイント。僕のところは、先祖代々の墓もないし、宗教もないから、神葬祭というのはよいかもな。今度、桜神宮に相談してみよう。

10月1日(月)
◇洗濯して、あとは原稿を書き続ける。誰に依頼されてるわけでもなく、いや、もっと大きなものに依頼されて書いているのか。書きたいから書くのではなくて、「大きなものに依頼されている」という感覚が大事だ。ネットを検索すると、僕のフレーズがいろんな人にいろんなケースで使われていて、嬉しい。

◇目黒通りのセブンイレブンの向かいにナチュラルローソンが出来た。ナチュラルローソンは祐天寺にも都立大にも出来たから東横線沿線展開やってるのか。カミさんの話では「ナチュラルローソンはオデンの匂いがしないから良い」とのことだ。入ると、パンの焼けた匂いとかハチミツの匂いがする。15年ほど前に「日経ビジネス」の「視点」というコーナーで不定期連載コラムを書いていた。そこでampmのことを書いたことがある。当時、ampmのWeb頁の立ち上げを手伝っていたことがあるのだ。当時の秋澤社長は、コンビニを回って店内がホコリだらけだったことを知っていた。それはそうだ。大勢の客が泥で汚れたスニーカーで入ってくるわけだから、棚はすぐにホコリがたまる。「こんな場所でオデンなんかやったら、湯気がホコリを吸い込んでしまう」と、コンビニのオデン戦争には参加しなかった、というようなことを書いた。最近ではさすがにオデン鍋にフタをするところが出てきたが、長い間、マスコミはオデン戦争については記事にしても、こういうネタを掘り下げないのが不思議だった。マスコミは警察から払い下げられた事件は執拗に追及するが、生活の中の問題点には興味がないらしい。犯罪にならならなければ非難しないというのは、犯罪にならなければ何をしても良いということなのだろう。だけどまぁ、僕らの子どもの頃は、もっと不衛生な駄菓子屋で、おどろおどろしい着色料のお菓子を食べていたものだが。

10月2日(火)
◇約束が流れてしまった。なんだか、ただでもやらなくてはいけない作業が多いのに、どんどん増やしてるみたいな気がする。また、新しいことを思いついてしまった。思いついたら、すぐに、やりたくなるのが困った性癖だ。

◇オンブックの第三期の決算報告を株主向けにまとめる。まだまだ赤字だが、毎月コンスタントに2から3冊の新刊を出している。手抜きのものはないはずだ。外部の出版人や放送関係者の、メディアの専門家からの問い合わせが多い。第四期の黒字化のために、いろいろと種まきだ。

10月3日(水)
◇本日は、朝の8時から、麻布の済生会中央病院で人間ドック。弟がこの病院で働いているので、うちの家族はみんな、この病院の世話になっている。今日は、見知らぬ中年3人が一日検診に来ている。適当におしゃべりしながら、順番に眼科、耳鼻科、必尿科、心電図、放射線科などを巡る。体のあちこちを、いたぶられる。バリウムは全部飲めなかった。なにか、毎回、少しずつ検査法が変化しているような気がする。総合診断は、いつもリー先生。他のメンバーも、みんなリー先生を信頼して、当直の日を選んでいるようだ。昨年は、ひどいもので、5カ所くらい再検査の指示が出たけれど、今年はなし。昨年は何度も気絶したし、一昨年の数値から、すべて急激に悪化していのだが、今年は、少し落ち着いてきている。メタボリック真っ盛りですから気をつけて(笑)と言われる。

◇一昨年、尿結石でこの病院に担ぎ込まれた。必尿科の先生に診察してもらって、カルテを記入している時に「キツカワユキオさん? もしかしたら写植屋さんですか?」と言われた。僕が写植屋だと知っているのは、よほどコアのロッキングオンの読者だ(笑)。

10月4日(木)
◇10時からカミさんと二人でロッキングオンの会議に参加。木曜日の午前中は学芸大学の事務所でレビュージャパンの定例会議やってるので、終わったことろに娘の友ちゃんを駅前に呼び出して、カミさんと3人で昼飯。今日は宮川の鰻だ。学芸大学の宮川は建物の造りが古くて、いかしてる。鰻そのものは神田の菊川のが好きだけど。

◇14時からオンブックの会議。11月9日のオンブックのパーティを開くので、案内状の配布。一騎当千の凄い人ばかりが集まるので楽しみだ。

◇16時からODECOの会議。年末に向けて、もう一度、全国の学校に告知をしていく。

◇人間ドックに入ると疲れる。人間ドックに入って病気になったのでは、たまない。約束していた森川くんも体調悪いようなので、夜の会合は延期。石川くんもキャンセル。

10月5日(金)
◇「教育CSR会議」の取材で、神谷町のハートフォード生命のグレゴリー・A・ボイコ会長にインタビュー。アメリカで1805年からスタートして、リンカーンやベーブルースも契約したという伝統的な保険会社だが、2000年にはじめて海外進出で日本を選び、大成功した。通訳を経由してだけど、いろいろと話が聞けた。最近はあまりやってないけど、インタビューは好きな仕事の一つだ。

◇ボストンでは、地元の企業がファンドを組んで、地域の公立学校の放課後にアフタースクールを実施している。企業にとって人材が全てであるなら、会社に入った社員の研修以前に、子どもたちの公的教育の環境整備を行うべきだ、というのが教育CSR会議のスタンスである。

「フィランソロピー協会」の最新会報誌が送られてくる。原稿を書かせてもらったが「特別寄稿」となっていて、恥ずかしい。フィランソロピー協会は林雄二郎さんが前会長だったので、飯倉に事務所があった時代から知っていたが、精力的に活動している。僕も会員になった。会報誌を読んでみたい人は、会員になることをお勧めする。

10月6日(土)
◇朝から千客万来である。オンブックの市川編集長に、銚子から滑川海彦。そこに、妹尾美恵さんと息子のヤックン。ヤックンは、今から13年ほど前に、僕が小川町でやっていた「おしゃべり放送局」という有線放送の回線を使った参加型DJ放送局のDJだった。当時、下北沢保育園の園児(笑)。以来、デメ研の最年少研究員に任命したが、彼も18歳になる。仕事の相談である。何しろ10歳の時に200本のゲームを作って「所長、見てください」と持ってきた男である。今では、C++ からPHPまで、一通りマスターしている。18歳だけど、デジタル経験は10年以上あるわけで。デメ研のパーティにはよく参加していたので、知ってる人もいるだろう。20世紀になった時に雑誌「正論」で、「21世紀を築く100人の天才」という特集の最初に掲載された。僕のコメントも載っている。ということで、相変わらず「デメ研最年少研究員」であることは変わりない。

10月7日(日)
◇すべてが語られてしまった後の時代の批評の力とは「思い出す力」かも知れない。少年チャンピオンのグラップラー刃牙に「ピクル」というキャラが登場した。原始人が氷河の中から現代に出現したという設定だ。全く板垣恵介さんは素晴らしい。原始生命が彼にとっての「リアル」というものである。しかし、ピクルの登場を見て、スーパーサイヤ人を思い出すのは僕だけか。あるいは時を超えて現れる超人というのは、キン肉マンではなかったか。板垣さんのキャラ設定は、どのマンガを見ても素晴らしいと思う。僕が一番、気になるのは、前にも書いたが、範馬勇次郎という名前から、彼は次男坊だと推定出来る。勇次郎の「兄」というのは、一体どんなキャラなのか、とても興味がある。あれ? だけど、両親は普通の人だったっけ。