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社長日記

2007年04月28日

1週間の日記 4月23日から4月28日

4月23日(月)
◇ODECOの件で、横浜の教育支援協会に吉田博彦さんを訪ねる。教育界にはまったく疎い橘川だが、吉田さんにはいろんなことを教えてもらっている。昔、あるネットワークの関係で、吉田さんが僕の「インターネットは儲からない」の書評を書いてもらったことがあった。その時は、こういう展開になるとは思ってもみなかった。吉田さんは「暇つぶしの時代」を「腹抱えて笑った」と言った。「良い本だ」と誉められるより、相当嬉しいぜ、こういう反応は。お土産に橘川の小説「ヤキそばパンの逆襲」と「風のアジテーション」を進呈する。

◇ODECOマガジンがもうすぐ創刊される。そこには、僕と亀田くんがここ半年で動き回って知り得た人・情報が満載になります。関心のある方は、5月28日の「教育CSR研究会」に参加してください。

4月24日(火)
◇インサイトコンサルティング槙本氏が来社。企業セミナーを行っている企業だが、ODECOに関心を持ってくれた。実は、学校、特に校長先生が必要としているのは、企業のマネージメント能力なのである。

4月25日(水)
◇今日は、毎月1回の「社会ソフトウェア研究会」。これは、林雄二郎さんが座長で、東工大や明海大の教授など林さんの教え子が集まって議論している。大学キャンパスの雰囲気が察せられて、刺激になる。早めに行って、フィランソロピー協会の高橋理事長とODECOの件で打ち合わせをしていのだが、林さんも先に来ていたらしかったが、見当たらない。会議の時間の少し前にどこからか帰ってきた。どうしたのかと思ったら「新丸ビルのオープニングだというので、見に行ったら、今日はマスコミしか入れない」と、嘆いていた。いやはや、91歳にして、もの凄い好奇心と行動力だ。1ヶ月位前にも、ご自宅に電話したけど誰も出ないので、どうしたのかと思ったら、ロンドンの孫の所に遊びに行ってたとか。この勉強会には、林さんの長男の林光くん(博報堂・生活総研元所長)も参加しているのだけど、光くんの話によると、雄二郎さんの奥さんの母親は104歳まで生きたのだが、明治生まれで、明治・大正・昭和・平成を生きたらしい。更に、19世紀と20世紀と21世紀をまたいで生きたのだと。凄いですねぇ。ちなみに、光くんは雄二郎さんに紹介してもらい、いろいろと一緒に仕事をした仲である。雄二郎さんの次男は、リンボウ先生こと、林望さんである。

◇もうすぐ「情報化社会論」が発行されるので、読んだことのない人は、ぜひ、読んで、驚いて欲しい。38年も前の本が、これほど、みずみずしいのだから。発行は6月になります。

4月26日(木)
◇オンブックの会議の日。会議のはじまる前に、古田武彦さんから電話が入って、「なかった!」(ミネルヴァ書房)のことで相談。古田さんは、かつて「邪馬台国はなかった」という本で100万部のミリオンセラーを出した古代史家である。 『東日流外三郡誌 寛政原本・写真版』 を編集中だが、この他にも、いろいろと企画作業中である。古田史観の愛好家は、話をしているとそこいら中にいることが分かる。ご期待ください。

◇オンブックの「近刊案内」は、みなさん、時々見てくださいね。自惚れますが、ちょっとしたもんだと思いますよ。続々と、近刊案内のコーナーで紹介していきます。

◇今年の7月5日から8日までの間、ビッグサイトで行われる「東京国際ブックフェア」にオンブックも参加することにしました。オンブックの出版物の全貌ほ知りたい人や、これから本を出したい人は、ぜひ、この機会にオンブックスタッフに会いに来てください。どうせやるなら、普通の寂しいブースにはしないつもりですから。

4月27日(金)
◇朝から新幹線で京都へ向かう。宿泊先を決めてなかったので、出がけに携帯のじゃらんで検索すると、結構あいてる。どうせなら、カメラを持って朝の嵐山でも撮影してこようと、嵐山・嵯峨野で検索すると、料理旅館で食事抜き6000円というのがある。おお、良いなと思って、その旅館をパソコンで検索しなおして、予約しようと思ったら、食事抜きのはなくて、料理付き25000円とかばかりだ(笑)。じゃらんのパソコンサイトで見ても、同じ。ではと携帯で予約する。なんだか分からないが、たぶん、携帯じゃらんの
部署がバルク買いで部屋を押さえてあるのだろう。

◇京都駅から地下鉄で5条まで行く。漢字検定協会の大久保くんと打ち合わせだ。少し早くついたので、近くの喫茶店に入る。京都らしい落ち着いた雰囲気の店だったが、えらく威勢の良い店員のおっちゃん。京都は、おいしいコーヒーの店が多いな。「おおきに!」の言葉が関西だ。若い時に京都に来た時は、まずイノダを探したっけ。漢検の大久保くんとの打ち合わせは充実。

◇その後、杉本恭子ちゃんと待ち合わせ。恭子ちゃんは、深水英一郎くんのところでやっていたゴザンスというオンデマンド出版の編集長だった子。今は関西に帰って仕事してる。ゴザンスは、オンブックと同じような発想でスタートしたんだけど、ネットにこだわりすぎたんではないだろうか。今度、深水くんと話してみたい。深水くんとは、彼が「まぐまぐ」を開発する以前からの知り合いだが、今は、何をしてるんだい(笑)。恭子ちゃんも知らないようだ。彼女の案内で、四条の「おばんざい屋」さんへ。いやはや、おいしい。スルメイカのピザは秀逸。挑戦してみたい。

◇宿泊は、嵐山の吉兆の隣という、凄い旅館。窓の外は竹。ただし6000円。お風呂もでかくて、のんびりしたが、風邪気味で早く寝る。

4月28日(土)
◇早起きして、嵐山周辺を散策。京都は緑が多い。というより、東京から新幹線に乗れば、すぐに、東京以外は、日本というのは自然が圧倒的に多いということが分かる。東京だけ異常なんだ。嵐山は、山全体が公園になっているので、お寺や茶店の人が、みんな朝から枯葉集めの掃除をしている。

◇大阪へ向かい山北さんと打ち合わせ。山北さんは事業設計家。建造物を造る時に設計図を書く人が必要なように、僕の構想や企画を事業設計書に落としてくれる人である。今年は、いろいろと賑やかになりそうだ。昨日、ナムコの川島くんが山北さんに会いに来てたようだ。今日だったら、一緒にメシでもしたのに。

◇新幹線で帰京。新幹線は、チケット購入する時に、いつも禁煙か喫煙で迷う。僕はタバコ吸わないので禁煙で良いのだが、往路は禁煙を選んだために、周囲に赤ん坊連れの家族が数人で賑やか。復路は喫煙を選んだが、隣のおっさんがワンカップ大関をグビグビ飲んでタバコもプカプカ。

◇本当は、もう少し日程使って、大阪・神戸で会いたい人がいたし、明石や岡山の方にも寄りたかったが、今回は、予定がつかず。あらためて初夏に、関西方面を回りたい。

2007年04月22日

1週間の日記 4月15日から4月21日

4月15日(日)

◇静岡で、榎戸夫妻と商工会議所青年部の河村さんたちと食事。少し早めに行って、静岡市内を散策。オンブックの出版企画と、ODECOの打ち合わせを行う。釜揚げのエビとか新鮮なつまみがあるのにお酒が飲めないのが残念。5月28日にODECOのセミナーがあるので、参加してもらうように要請。当日は、いろいろな世界からさまざまな人が集まりそうだ。

◇実は、所秀雄さんが9日に亡くなった。88歳。所さんは、中曽根康弘さんと東大時代の同期で、戦後、農林省で農地解放を推進した。役所のエリートコースを捨てて、養鶏事業のベンチャービジネスをスタートさせ、世界的な企業に発展させた。鶏は、最近のインフルエンザの例にあるように、ウィルスに感染しやすい。所さんは、ウィルスの撲滅ではなく、共生を唱え、ワクチンの開発などを行っていた。詳しくは僕が作った「生命の在処」という本を読んで欲しい。僕とは80年代の中頃に、故・山手国弘の紹介で知り合い、2年前にはリアルテキスト塾の若い子たちを連れて岐阜の所さんの家を訪問させてもらった。とびきりの笑顔を迎えてくれた。歴史を作った人たちが、続々と退場する中で、生きていくものは、渡されたものを渡すまで、走り続けなければならないだろう。岐阜のお葬式には参列できなかったけど、東京でお別れ会が行われるはずである。合掌。

4月16日(月)

◇僕の一週間の日記を読んだ人は「橘川さん、忙しそうですねぇ」と言う。そんなことはない。人は誰でも24時間しかないので、それ以上に忙しいわけではない。確かに、いろんな人と会っているが、仕事の打ち合わせは、僕はダラダラとやらないので、時間的にはまだ余裕がある方だろう。

◇山下卓が来たので、中華料理を食べて、近くの「クラスカ」のラウンジでおしゃべり。仕事の打ち合わせは、さっさかとやるのだが、山下みたいなのが来ると、だらだらとしたおしゃべりになる。山下くんは、15年ほど前に僕の所に取材に来て、その取材態度があまりにひどかったので、初対面にもかかわらず延々と深夜まで説教をしたおした。そのことがあってから妙になついて、いろんなプロジェクト(笑)に巻き込んだ。山下が10代からの友人である小林くんが「日本版WIRED」を創刊し、山下がメインライターになった頃から、メキメキと取材力と文章力の腕を上げ、そうこうしているうちに、僕の紹介でライトノベルスの世界に踏み入れて、独自の世界を築いた。山下が僕の所に会いに来るのは、何か行き詰まった時か、何か新しいテーマを発見した時のどちらかなのだが、今回はどうやら後者のようだ。ああ、僕も、また小説みたいなものを書いてみたくなった。

4月17日(火)

滑川海彦と頻繁にメールのやりとり。滑川の新刊「ソーシャル・ウェブ入門―Google、mixi、ブログ…新しいWeb世界の歩き方」が、いろいろとネットで話題になっているようだ。小飼弾さん市村佐登美さんもレビューしてくれている。滑川とは、僕がまだ20代前半の時に、二人で名古屋経由で京都に旅行したことを思い出した。名古屋では蓮見直ちゃんという、当時は中学生のロッキングオンの読者の家に泊めてもらい、京都では、別々な宿泊場に向かったが、僕はたどり着けなくて路上で寝て風邪を引いたことを思いだした。あの頃は、滑川はまだ東大法学部の学生で、落合の寮に住んでいたのだろう。まぁ、とりあえず滑川のブログを見てくれ。そんじょそこらの進化論レベルの論客とは、スケールの違う情報の扱い方をしているから。

4月18日(水)

◇ベネッセの矢島くん、吉村さんが来社。フレンドリーの後藤くん、デザイナーの橋本くんらと、新しいプロジェクトの企画会議。そのあと、学芸大学に新しく出来た店で「コラーゲン鍋」を食べる。これが想像以上に美味い。最近、ますます学芸大学周辺に、おいしい店が増えてきて、助かる。

4月19日(木)

◇打ち合わせは木曜日に集中させているので、午前中に「ロッキングオン」に行き、午後から「オンブック」そのあとで「ODECO」と連続会議だ。ODECOの雑誌を創刊するので、編集会議も行われる。すでにいろいろと走り出している。

◇オンブックの新刊『ホリスティックビューティのススメ−めざすは美人おばさん ごきげんに生きる30の処方箋−(仮)』岸 紅子・吉柳さおり著 / NPO日本ホリスティックビューティ協会編の発行スケジュールを固める。岸紅子さんは、以前から知る人ぞ知る人だったが、L25に連載をはじめた頃から一気に若い女性たちの注目を集めることになり、現在発売している「ブルータス」の大人の美人特集では、ひときわ美しさを輝かしている。そんな話題の人の本が、なんでオンブックのような弱小出版社から出るのかというと、この辺に、出版界の本質的で新しい動きがあるのですよ(笑)。要するに、オンブックがホリスティックな出版社であるということなんです。岸 紅子・吉柳さおりさんの本に、ご注目ください。

4月20日(金)

◇横浜の十日市場にある星槎国際高等学校を訪問。星槎グループは、既存の教育ビジネスが扱わなかった、不登校児童やLD障害児童などに対して積極的に取り組んで、今や巨大なネットワーク型のグループに成長した。オンブックとODECOの両方で、がっぷりと組めるので、さまざまな部署の人に集まっていただき、打ち合わせ。宮澤会長は不在だったが、とてもスケールのでかい人で、昨年暮れに会合で会って以来、いろいろと情報を送っている。

◇横浜線を途中下車して、鶴見川あたりを散策。風が気持ち良い。

◇夕方から池袋に行き、島根歯科へ。島根さんは、毎月「そろそろですよ」という催促のメールをくれる。毎月、歯のクリーニングをしてくれるのだ。怠け者の僕が定期的に歯医者に通えるのは島根さんのおかげ。歯の洗浄から歯垢をとってくれてフッ素を塗るまで、だいたい30分かな。歯みがきをする場合、これまで歯を磨いていたのだが、あれは、歯茎を磨くべきだということを知った。林檎を噛むと血が出ていたが、それまで僕は歯茎から血が出るのは、血管が切れるからだと思っていた。でもそれにしては、血がダラダラと流れないことのはどうしてかと謎だったのだが、あれは、血管が切れるのではなくて、歯茎に血が溜まって(鬱血)それが、破れて血が出るのだと知った。歯茎を磨けば、鬱血した血が溜まることはないので、林檎を噛んでも血が出なくなる。

◇いつものように、島根歯科には、キズナジャパンの高崎くんがいたので、終わってから、食事。ビールが飲めなくなったのが、つまらないけどな。

4月21日(土)

◇新入社員シーズンで超多忙な小柳くん(東急エージェンシー人事部長)が、ようやく帰りに寄れるからと事務所へ来る。ODECOをはじめるきっかけは、小柳くんだ。今日、突然、彼の知り合いの霊能者に電話したくなってしたところ「子どもはチョコレート、大人はコーヒー」と言われたらしい。両方とも、僕には、心当たりがあるな。いずれも、ODECOに関係していることだ。学芸大学のおいしい小料理屋で、釜飯を食べる。週末なので、ビールを頼んだが、グラス半分しか飲めなかった。アルコールは体が拒絶しているのだろう。

2007年04月15日

1週間の日記 4月8日から4月14日

4月8日(日)
◇「一週間の日記」というのは、雑誌「ポンプ」の時の企画だが、実は、僕が学生時代に読んでいた「読書新聞」という書評新聞の名物企画だったのだ。アーティストとか編集者とかの一週間の日記というのがあって、ああ、有名人というのは有名な人とばかり会ってるんだなあ、と思ったことがある。まだ、文壇とかが成立していた時代だな。僕は有名人ではないので、有名な人とは会わない。僕は活動家なので、活動している人としか会わない。

◇学生時代に音楽雑誌をはじめてからというもの、土日も盆暮れもないような生活をしてきたので、あまり生活のリズムというのはもってない。動物に日曜日はないだろう、という感じで日曜をあえて休日とする考え方には意識的に反発してきた。だけど、結果的に、日曜日は外からの連絡がない、という日なので、割と自分のペースで動ける。日曜は自分で料理することが多いな。最近は「塩辛」というのが気になる。イカをおろして自分でも作ってみたことがあるが、市販の塩辛が安いしな。出し醤油に塩辛入れて煮立てて里芋にかけたり、ネギを大量に塩辛少しで卵焼きにしたりする。

◇こないだ、リアルテキスト塾の塾生に、料理することを勧めた。グルメ料理というのではなくて、台所にある残り物の素材で、自分の食べたい料理を作ることが、文章上達の最大の訓練になると教えた。そうか、リアルテキスト塾も、そろそろ七期生の準備をしなければならないな。今度は夏の開講だな。

4月9日(月)
◇新堂太郎くんが来社。彼は外資系の銀行などを経てベンチャーの世界に入ってきた。また新しいベンチャーの事業計画を作ってるので相談にきた。「ワンセグは20メートル以内ならコミュニティ放送やってよい」という耳より情報を得る。うむ、MonBookの方式で書店内で放送局が出来るな。

◇佐藤大吾くんが来社。佐藤くんはまだ30歳ちょっとだけど、初めて会った時から感じるものがあった。ODECOの実施委員を依頼し快諾を得る。佐藤くんとのコラボレーションに期待したい。

◇恵比寿のガオに行って、清原くんとODECOについて打ち合わせ。ホスティングの会社が企業CSRで、学校向けの不審者情報メール配信サービスを無料で提供しているという情報を入手。

◇銀座に行って、CMEコデックスの野沢さんと打ち合わせ。 『銀座・ひとと花とミツバチと』の企画をやった人で、オンブックの株主。ゴアの「不都合な真実」の日本版発行も野沢さんのプロデュース。千葉では広大な土地を押さえてシュタイナーのモルゲンランドを作っている。こういう人と橘川がつながったら、とんどもない広がりになって周辺の人が大変になるだろう(笑)。散乱している企画群を整理して、具体的に動けるものだけ進める。野沢さんとの最大のテーマは「レイチェルカーソン大賞」である。今年はレイチェルカーソンの生誕100周年なので、なんとか、今年のうちに募集をかけたい。

◇野沢さんに栄光の社長の北山雅史さんを紹介してもらう。北山さんとは会うのは初めてだが、うちのカミさんが昔、プロジェクトでお世話になったり、僕の古い知り合いである高橋誠さん(創造開発研究所)が、北山さんがやってる日本教育大学院大学の設立を手伝ったはずなので、関係がクロスオーバーしている。

4月10日(火)
◇鈴木敏行さんが来社。鈴木さんは、僕が処女作「企画書」を出した時に、連絡をくれた人。当時は鹿島建設にいた。その後、彼とは、同志的な関係で、いろんなことにかかわってきた。橘川の良い面もダメな面もすべて知ってる人です(笑)。鈴木さんは、現在は秋葉原の「アキバテクノクラブ」の事務局長をやっている。石田宏樹くんたちのフリービットがマザースに上場して、ぐんと株価が上がっているとのこと。IPv6の世界では中心になってしまったからな。慶応SFCの初期メンバーは、いろんなところで活躍している。これからが勝負だろう。田中の伸くんは元気にやっているのだろうか。

4月11日(水)
◇幕張メディア教育センターの中川一史教授のところへ、亀田くんと一緒に行く。中川先生は、Dプロジェクトという活動をしていて、全国の小中学校の情報教育に関心のある先生にとってはカリスマ的に有名である。ODECOの活動とDプロジェクトの提携について、相談にあがった。幕張は、10年前に千葉県企業庁の委託で幕張メディアサーフィンの施設開発をやったので、よく打ち合わせに通った場所だ。しかし、遠い。メデイア教育センターは独立行政法人の研究機関である。受付も厳重で、入ろうとしたら警備のおじさんに呼び止められて、入館書類に記入を求められた。警備のおじさん、橘川と亀田の風体を見て「何か、工事ですか?」と。橘川と亀田の服装は、カジュアルという次元を通り越して、単なる作業服である。中川先生とは意気投合。今後の共同活動に期待したい。

◇幕張から新宿に向かい。ネットカフェで少し休息。

◇目白駅でエンターブレインの久保くん、岡本くんと待ち合わせ。食事ながら談笑。出版業界は、ネタがたくさんあって面白い。そのあと、村松恒平の事務所へ。事務所にロデオボーイが置いてある。村松がロデオボーイを乗ってるイメージを一瞬思い浮かべて顔がほころぶ。村松との近著について打ち合わせ。村松はなかなか頑固でこだわりの男だ。それは僕もだけど。

◇村松くんがWebマガジンを創刊した。橘川も連載開始なので、ご覧ください。

4月12日(木)
◇午前中、ロッキングオンへ。今日は、渋谷、有田くんらだけではなく、各雑誌の編集長が全部集まってのミーティング。

◇日販の経営企画室の亀井さんが来社。うっかりダブルブッキングしてしまい、そこに、コンテンツワークスの橋本、三宅さんも来てしまった。最近、よくやるんだ、アポ時間の間違いとか。ボケか。橋本さんたちには待ってもらい、亀井さんと、携帯配信について、もろもろ協議。その後、コンテンツワークと協議。橋本さんは退社するのだそうだ。優しい人柄で、頼りにしていたのだが残念。コンテンツワークも、いろいろと活性化していきそうなので、今後の協力関係に期待。

◇オンブックの定例会議。続々と企画が仕込まれていく。企画途中のものは日記にも書けないのが残念(笑)

◇ODECO定例会議。「ODECO教育CSR研究会セミナー」を5月28日に実施することが決定。参加申込みは、ODECOのサイトでお願いします。参加費無料です。

◇京都の「空」の遠藤くんが来社。パソコンを小中学校に配布することが必要、ということで意見一致。具体的にどうするかを検討していく。

◇池田くんが、久しぶりに遊びに来るので寿司屋へ。イケピーはロッキングオン時代の竹場元彦の友だちで、たまたま学芸大学のデメ研の事務所の裏に住んでて、よく遊びにきてた。DTPの超名人で、当時は、結構高額で印刷会社に特別待遇で雇われていたが、引っ越してからは音沙汰なかった。今は、個人で福祉タクシーをやってるとか。いろんな人生があって楽しい。

4月13日(金)
◇一日、自室で報告書・企画書・原稿の整理。のつもりが、携帯サイトの整理にとりかかり、結構、時間を食う。携帯でアクセスしてください。
http://mz.minx.jp/shinkokyu

4月14日(土)
◇雷鳥社の松村さんたちが取材に来る。雷鳥社は、「編集の学校」や「松濤スタジオ」をやっている柳谷行宏くんの関連出版社だ。柳谷くんというと、80年前後は、シドファイナルアーツという編集プロダクションやってたという印象が強いが、今ではメディア関係で新しい動きをいろいろと広めている。今回は、出版業界はどうなるか、というようなテーマの新しい単行本の取材である。

◇ちょだプラットフォームスクウェアで「鹿野谷武文さんを偲ぶ会」。鹿野谷さんは僕と同じ50年生まれで、和光大学にいたことを知る。70年当時の和光大学は、ユニークな連中がたくさんいて、「必殺たまご運搬人」というテムジンという人が作っていた自主映画のメンバーには友人が何人かいて、何度かキャンパスへ遊びに行ったことがある。しかもその友人は、たまたま下北沢の居酒屋で飲んでいたら、隣の席にいた見も知らぬ学生と仲良しになり、そのまま麻雀やって友だちになったという関係である。鹿野谷さんも、そういう時代環境からスタートしたんだな、と思う。パソ協の名物顧問である清水さんのスピーチはかつて事務局長だった鹿野谷さんの人柄がよく出ていた。清水さんとは面識ないが、植松逸雄の葬式でも拝顔した。清水さんのお兄さんが平凡社の幹部で、80年の初期に、よく下中直也さんからは名前をお聞きしていた。鹿野谷さんの風貌は忘れることがないだろう。そして、人は、ただ長生きすれば良いというものでもない、と思った。天からの役割を充分にこなした人生だけが、優れた人生だと思うばかりである。

2007年04月07日

1週間の日記 4月2日から4月7日

4月2日(月)
◇ここのところ携帯電話のバッテリーがすぐになくなってしまい、何度もネットカフェにかけこんで充電していた。携帯電話の電池のカバーをはずしてみると、バッテリーが膨らんでいる。一瞬、爆発するのではないかという恐怖に(笑)かられて、メーカーにメールしてみると「爆発はしません」とのこと。でも怖いよなあ。バッテリーを交換しようと思って渋谷のドコモショップに行くと、「検査しますのでしばらくお待ちください」と。そして、なんとタダでバッテリーを交換してくれた。なんか受付の人も手慣れたもので、相当多くの人が同じような恐怖にかられて訪れるのだろう。通常は4000円ほどするはずのバッテリーをタダで交換してくれるというのも、嬉しいけど、よく分からない。そういえば、この機種、買った頃は、やたらとバッテリーが発熱していた。

◇平凡社の下中直人くんからメール。滑川海彦の「ソーシャル・ウェブ入門」(技術評論社)が発行されるということだ。滑川とは1970年代初期に、彼が東大法学部の学生の頃、ロッキングオンに投稿してきたことによって知り合った。1983年という、まだインターネットはおろかパソコン通信もなかった時代に、恵比寿にあった僕の事務所で、電電公社(NTT)の端末にカプラをつなげて、アメリカのダイアローグやコンピュサーブにアクセス実験をしていた。電電公社もまだ回線を開放していなかった時代であり、なんかやたらとお金がかかった。それをやっていたのが、下中くんと滑川と、現在はオンブックの編集長の市川昌浩であり、3人で編集して出した本が「データベース 電子図書館の検索法」(東洋経済新報社)である。編集は、村瀬くん。「パケット通信」などという用語は、この時代に滑川から教えてもらったのである。大昔の話だが昨日のことにようでもある。

4月3日(火)
◇デメ研の亀田くんと一緒に、神保町のFACTAを訪問。日本の最強のラジカル・ジャーナリズムの拠点だ。阿部編集長にオンブックの本を3冊プレゼントする。 豊田誠さんの『脳:永遠の不確実性との共生』と銀座ハチミツプロジェクトの『銀座・ひとと花とミツバチと』と、非売品だが和田中の子どもたちの本。豊田さんは80年代初期の日本コンピュータシーンの創生期において、日立・富士通などを経て日本DECでVAXの設計にかかわり、NECで文豪の開発リーダーを勤めるなど、数年単位で各社を転戦したつわものである。現在は産業技術総合研究所(産総研)で、脳の知識処理モデルを研究している。日本における第五世代コンピュータの挫折を踏まえて、新しい模索をしている。僕の知識レベルではとても対応できなかったが、オンブックの市川は、この世界に精通しているので、豊田さんとも話があい、出版することが出来た。僕らの周辺でも、あと、この本を読めそうな人は(笑)阿部さんぐらいではないかと持参した。編集部の裏のステーキ屋でお昼をごちそうになる。阿部さんからは、いつも生々しい世の中の情報を拝聴。僕は、ネットカフェの実態を説明する。阿部さんの「有らざらん」の続編も、ゆっくりと出していきたい。

◇夜まで時間があったので神保町の古本屋を回っていたが、そのまま水道橋まで行って後楽園サウナでサボり。ここは、ものすごく早い時期にアカスリを導入した。初期の頃は東南アジアの少年がアカスリをしてくれたが、最近は、おばさんだ。人生のアカを出し切って、さっぱり。

◇18時から汐留の電通へ。エレベーターの乗り換えを2階して42階へ。電通の社会貢献室の松代さんと、昭和女子大の駒谷真美さんとODECOについて打ち合わせ。ものすごく面白い企画が動いているので、楽しみだ。

4月4日(水)
◇ベネッセとの定期会議。ベネッセの矢島、川村くんと吉村さんが来社。フレンドリーラボの後藤くんと、デザイナーの橋本くんとで、ミーティング。いろいろ面白い動きになるのだが、説明しにくい(笑)

◇有楽町のビックカメラに行って店を出ると、いきなり暴風雨。地下街を遠回りして日比谷線に乗り、六本木へ。夜、安藤哲也くんがやる「第1回Fathreingセミナー」に参加するためだが、開始が遅い時間なので、例の如く、ネットカフェへ。六本木にもいくつか店が出来た。「QP」を読みなおす。高橋ヒロシの本は、もの凄い数が売れているのだろうけど、ほとんど話題にならない。コンビニなどで、何度も同じものが別バージョンで作られているのに。リンダマンとQPとグリコのうち、やはりQPが最強だろう。

◇セミナー会場のある六本木ヒルズの迷路に向かうと、テレビ局のカメラマンでごたついている。「おや、例の事件が表に出たのか」(笑)と思ったが、受付の女の子に聞くと「エレベーターの定期検査」だとか訳のわからないことを言う。ごたついた中にいると、女性が「今日のファザリング・セミナーは中止です」と叫んでいる。なんだか良く分からないまま、退散。

4月5日(木)
◇朝からロッキングオンでミーティング。渋谷は相変わらず、やたらと忙しそうだ。

◇午後からオンブックの定例会議。オンデマンド本は、いろいろと面白い企画が集まっているし、すでに50冊近く本を出しているので、そろそろジャンル分けをしたり、パブリシティを戦略的にやらなければいけなくなってきた。オンブックの基本方針は「原稿を書く人が編集もデザインも、そして宣伝も販売も行う」というものだが、そうした環境になるのには、まだまだ時間がかかりそうなので、旧来の出版社としての役割も担わなければならない。しかし、方向性は変更するつもりはない。これまでの社会は分業という形で社会の効率化をはかってきたが、インターネット以後は、分業化された技術を個人が自分の内側で再構築することであり、個人におけるトータリティの回復がテーマとなるだろう。

◇夕方から、ODECOの会議。「ODECOマガジン」の創刊を準備している。オンブックとも、いろいろと連動するだろう。お楽しみに。

4月6日(金)
◇亀田くんと、もろもろ打ち合わせ。連休明けに教育シンポジウムを行う。アフターインターネット会議の第二回ということだな。夏に向けて、いろいろと忙しくなりそうだ。

4月7日(土)
◇リアルテキスト塾の4期生の小笠原くんが、「深呼吸宣言4」のMonBookに音楽をつけてくれた。小笠原くんは、武蔵野美術大学の今泉教授の推薦で塾生になった。現在の卒業して、バンド活動を行っている。CG−CMの企画も進めていきたい。


2007年04月02日

1週間の日記 3月26日から4月1日

3月26日(月)
◇プロジェクトタオスの野中聖子さんたちがODECOの取材に来る。ビデオ回していったので、そのうちネット公開されるでしょう。

◇山河薫さんが久しぶりに現れる。山河さんは僕が学生時代に通っていた、四谷の今で言うカフェ「もっきりや」で出会った。その頃は鉄鋼関係の業界誌の記者をやっていて、演劇の仲間たちも一緒だった。以来、出版の世界で何度か遭遇し、仲良くなる。「メディアリサーチ」にいたので、僕が雑誌を作ると営業に来たりしたのだ。先日、彼を支えていた奥さんが亡くなったということだ。出会いよりはるかに多くの人との別れがある季節だ。合掌。

3月27日(火)
 西山太吉さんの名誉毀損の訴えが時効を盾に却下される。西山さんは1972年、沖縄返還に伴う、日本政府とアメリカの密約の秘密文書を手に入れスクープした。アメリカならピューリッアー賞ものだろうが、日本の政府とマスコミは、その情報の入手経路が外務省の女性公務員からのものだったというスキャンダル事件に歪曲して西山さんを抹殺した。沖縄はアメリカが軍事利用していたので、返還時には、利用していた国が移転費用や現状回復費用を負担するのが国際的に常識だったのに、日本が裏約束で資金提供する密約を交わしていたのだ。いわば、国家的な裏金であり、公金流用である。そして、沖縄返還時に、こういうことをアメリカと密約してしまったことにより、その後、日本は、表に裏に、アメリカの軍隊のための費用負担を要求されるようになったのだ。
 僕は、西山さんが逮捕される1年前まで、竹橋の毎日新聞社でアルバイトしていた。編集事務、通称「ぼうや」という仕事である。国会が始まると国会の記者クラブに詰めて、記者たちに他社の新聞を配ったり、議会の記者席で書いた原稿を受け取って、本社に行くバイク部隊に渡すのだ。西山さんは政治部のキャップとして、いつも怖い顔をしてギョロとした目つきであたりを見渡していた。でも、ときどき、笑うととてもやさしい表情になって、頼もしい「オヤジ」のような存在だった。
 西山さんの逮捕によって、日本が戦後の復興の中で独立した道を目指していた流れを大きく踏み外し「金で解決する」という、もっとも安易で発展性のない手法を政治家に覚えさせてしまったのだろう。その後の、中東問題から半島問題まで、この流れはもはや収拾のつかないところまで来てしまった。莫大な国家予算をふりまわすことが大政治家の資格かのように勘違いした成金根性。その結果が、巨大な、国家による負債である。西山さんを見捨てた新聞マスコミに大きな責があると思わざるを得ない。

3月28日(水)
◇朝から、八丁堀の教育支援協会で、ODECOの活動について、吉田さんと、寺脇研さんと打ち合わせ。寺脇さんが「朝ズバ」の出演の日が都合が良いというので、水曜日になった。寺脇さんの文科省役人時代の文章を読むと、この人のラジカルさが分かる。吉田さんとも、秋のシンポジウムなどについて打ち合わせ。

3月29日(木)
◇オンブックの定例会議。現在、動いている企画で「今どきの若い者は会社の宝」(仮題)という、九州のコンサルティング会社の方の書いた原稿があるのだが、このタイトルが気にいっている。良い本になるだろう。その他、日本各地から、素晴らしい原稿が集まるようになってきた。今は、原稿を書いても、「300万出せば出してあげる」とか「これは○×部しか売れないね」というような出版社ばかりだ。一番大事なのは、著者と編集者が「この本を一緒に出したい」という共同意識を持てるかどうかで、必要な資金とか、ビジネスになる部数というのは、その次の段階の話ではないのか。オンブックは、オンデマンド出版を中心とした小規模出版流通システムを目指しているが、ある程度の部数が出そうな企画もいろいろ集まってきたので、流通問題を、もういちど検討することになった。

◇会議の中でも話題になったのだが、どうもアマゾンドットコムがおかしい。システムの変更が頻繁にあったり、エラーも続出している。根本的な問題は、いつのまにか、「ユーズド」が目立つようになってきて、このままでは、「アマゾンは新刊書店かと思ったら、ブックオフになってしまった」ということになりかねない。専門出版社や小規模出版社などは、もはやアマゾンに頼らざるを得ない状況になっているので、アマゾンには出版社のためのシステムの整備を頑張ってもらいたいと思う。

◇夕刻から大手町にフィランソロピー協会にて、社会ソフトウェアの研究会。少し早めに行って、林雄二郎さんに「情報化社会」(オンブックで復刻)の本文ゲラと表紙を渡す。38年前のものとは思えない、新鮮な切り口による情報化社会論だ。研究会の方も、活気ある議論が出来た。僕は「インターネットの中にあるものだけが情報のすべてであると思うと大事なものを見逃す。インターネットの外にある情報を想像する力が必要なのではないか」と発言する。集合知の話題にもなり、学生たちの論文が、みんなウィキペディアを使ったものになってきた、というのは笑い話だが、怖い話だ。

3月30日(金)
◇平成18年度の文科省採択によるODECOの最終日。報告書のサマリーと費用計算書を提出して、一段落。来週から次年度がはじまる。

4月1日(日)
◇碑文谷公園でお花見。桜の木の下で、花吹雪が重箱の料理を彩る。ここ数年、花見の予定が雨だったり、忙しかったりで散々だったが、今年はナイスタイミング。バラバラと、さまざまな方面から20名余りが集まる。近々、結婚するというカップルが2組。酒を飲めない体調だが、春風に心地よく酔ったね。