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社長日記

2006年09月29日

夕焼け文庫2/テヅカモデルノ

 手塚治虫の鉄腕アトムが「テヅカモデルノ」というコンセプトで蘇った。アトムやウランや写楽が、現代の感覚で新しいキャラクターとして再デザインされたのだ。制作は中野シロウさんのプレイセットプロダクツ。「モダンペッツ」で戦後初期のぬいぐるみを復活させ、「コケペッツ」で日本のこけし文化と現代感覚をコラボレーションしたグループである。彼らのコンセプトと技術は素晴らしいと思う。ちなみに僕の小説「やきそばパンの逆襲」(河出書房新社)の表紙は、彼らの作品である。

「夕焼け文庫」の発想は彼らの方法に似ている。音楽は自分の好きなミュージシャンのコピーからはじめる。コピーして、カバーして、やがてオリジナルに辿り着く。小説もそうあるべきだと思う。パロディではなく、カバーバージョン。オンブックで発売中の「夕焼け文庫1」は、そうしたカバー作品による選集である。

 例えば、梶井基次郎の「檸檬」は、以下のようになる。



「LIMONE] ― 梶井基次郎 「檸檬」より ―
■翻案 佐々木あや


 おっぱいとおっぱいの間くらいに、「フキツ」がわだかまっている。黒くて苦い、ビターチョコレートの大きな塊があって、体温で少しつづ溶けているんだ。溶けたチョコレートに胸がふさがれて、心がべったり重苦しいです。

 不吉、フキツ、不吉、フキツ。チョコレートなんか、好きじゃないのに。
 
 高校に入ってからというもの、いろいろなことが、うまくいかない。ナニというわけじゃないけれど、シシュンキなんて呼ばれたくないけど、アセリというかケンオというか、なんだか気持ちの調子が悪い。なんとかしたいと思いながら、もう1年と半分過ぎた。

 たとえば、前に好きだったことの、良さが分からなくなってくる。カジイモトジロウという人の「檸檬」という小説は、お姉ちゃんの部屋から黙って持ってきた本だけど、果物屋さんの描写があって、店先に並んだ果物のことが美しく書かれていて、

『何か華やかな美しい音楽の快速調(アレッグロ)の流れが、見る人を石に化したというゴルゴンの鬼面―的なものを差しつけられて、あんな色彩やあんなヴォリュウムに凝り固まったという風に果物は並んでいる。』

 本当に美しいと思ったのに、齧ったら口の中で音楽が生きかえって、聞こえてきそうだと思ったのに、今はなんだか、プラスティックで作った偽リンゴや偽ミカンみたいに思えてしまう。ちょっとは元気が出るかと思って、さっき、もう1回、読んでみました。「キレイ」ガ ココロニ 届キマセン。トテモ 困ッタ コトデスネ。

 今はもっと、みすぼらしくて、汚れたものが好きかもしれない。たとえば学校の下駄箱なんか。木でできた古い下駄箱は、きっと何年も拭かれたことがなくて、てっぺんに白いほこりがたまり、棚のすみには校庭の砂が、やっぱり白くたまっている。でも夕日に当たるとかえってそれが、ぼんやりオレンジ色に浮かび上がって、放課後に一人で眺めていると、なんだか強くひきつけられる。


「夕焼け文庫」というネーミングは、もちろん「青空文庫」に対してのものだ。
「うわずら文庫」というのもある。作品を正確に記録しようという試みには敬意を表するが、同時に僕は「心の関与」を好きな作品にぶつけていくべきだと思う。

「テヅカモデルノ」は、手塚さんの偉大さと同時に、中野さんたちの手塚さんへの思いが伝わって素敵だ。そういえばかつて「明日のジョー」を井上雄彦に書かせたい、と言っていた男がいたけど、どうしたのだろう。

「復刻版」と「カバー復刻版」との両方をつめていきたい。

追伸
クリエイターの吉田一さんが36歳の若さで亡くなった。50歳までは、はいつくばってでも生きるべきだと思う。残念で悲しい。謹んでご冥福をお祈りいたします。

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