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社長日記

2006年09月29日

夕焼け文庫2/テヅカモデルノ

 手塚治虫の鉄腕アトムが「テヅカモデルノ」というコンセプトで蘇った。アトムやウランや写楽が、現代の感覚で新しいキャラクターとして再デザインされたのだ。制作は中野シロウさんのプレイセットプロダクツ。「モダンペッツ」で戦後初期のぬいぐるみを復活させ、「コケペッツ」で日本のこけし文化と現代感覚をコラボレーションしたグループである。彼らのコンセプトと技術は素晴らしいと思う。ちなみに僕の小説「やきそばパンの逆襲」(河出書房新社)の表紙は、彼らの作品である。

「夕焼け文庫」の発想は彼らの方法に似ている。音楽は自分の好きなミュージシャンのコピーからはじめる。コピーして、カバーして、やがてオリジナルに辿り着く。小説もそうあるべきだと思う。パロディではなく、カバーバージョン。オンブックで発売中の「夕焼け文庫1」は、そうしたカバー作品による選集である。

 例えば、梶井基次郎の「檸檬」は、以下のようになる。



「LIMONE] ― 梶井基次郎 「檸檬」より ―
■翻案 佐々木あや


 おっぱいとおっぱいの間くらいに、「フキツ」がわだかまっている。黒くて苦い、ビターチョコレートの大きな塊があって、体温で少しつづ溶けているんだ。溶けたチョコレートに胸がふさがれて、心がべったり重苦しいです。

 不吉、フキツ、不吉、フキツ。チョコレートなんか、好きじゃないのに。
 
 高校に入ってからというもの、いろいろなことが、うまくいかない。ナニというわけじゃないけれど、シシュンキなんて呼ばれたくないけど、アセリというかケンオというか、なんだか気持ちの調子が悪い。なんとかしたいと思いながら、もう1年と半分過ぎた。

 たとえば、前に好きだったことの、良さが分からなくなってくる。カジイモトジロウという人の「檸檬」という小説は、お姉ちゃんの部屋から黙って持ってきた本だけど、果物屋さんの描写があって、店先に並んだ果物のことが美しく書かれていて、

『何か華やかな美しい音楽の快速調(アレッグロ)の流れが、見る人を石に化したというゴルゴンの鬼面―的なものを差しつけられて、あんな色彩やあんなヴォリュウムに凝り固まったという風に果物は並んでいる。』

 本当に美しいと思ったのに、齧ったら口の中で音楽が生きかえって、聞こえてきそうだと思ったのに、今はなんだか、プラスティックで作った偽リンゴや偽ミカンみたいに思えてしまう。ちょっとは元気が出るかと思って、さっき、もう1回、読んでみました。「キレイ」ガ ココロニ 届キマセン。トテモ 困ッタ コトデスネ。

 今はもっと、みすぼらしくて、汚れたものが好きかもしれない。たとえば学校の下駄箱なんか。木でできた古い下駄箱は、きっと何年も拭かれたことがなくて、てっぺんに白いほこりがたまり、棚のすみには校庭の砂が、やっぱり白くたまっている。でも夕日に当たるとかえってそれが、ぼんやりオレンジ色に浮かび上がって、放課後に一人で眺めていると、なんだか強くひきつけられる。


「夕焼け文庫」というネーミングは、もちろん「青空文庫」に対してのものだ。
「うわずら文庫」というのもある。作品を正確に記録しようという試みには敬意を表するが、同時に僕は「心の関与」を好きな作品にぶつけていくべきだと思う。

「テヅカモデルノ」は、手塚さんの偉大さと同時に、中野さんたちの手塚さんへの思いが伝わって素敵だ。そういえばかつて「明日のジョー」を井上雄彦に書かせたい、と言っていた男がいたけど、どうしたのだろう。

「復刻版」と「カバー復刻版」との両方をつめていきたい。

追伸
クリエイターの吉田一さんが36歳の若さで亡くなった。50歳までは、はいつくばってでも生きるべきだと思う。残念で悲しい。謹んでご冥福をお祈りいたします。

2006年09月26日

自費出版リターンズ

 自費出版の復刻シリーズを計画している。自費出版物の内容について、あからさまに批判する人がいる(僕も時々言ってしまうかもしれない)(笑)が、僕は基本的には、何も本を出さない人よりも、どんなものでも本にしようと努力して実現した人の方が、何億倍も好きだ。ただ、現状の仕組みでは、出しただけで世の中の人には届かないまま破棄されてしまう。
 もう15年くらい前になるのか、古い友人の小泉吉宏くんから相談があり、彼のお父さんが戦争中、中国大陸で従軍した時に書いたノートがあるので、それを父親のために本にしてあげたいと。さすがに小泉くんの親父だけあって、味のあるイラストと文章による戦地ノートだ。もちろん市販に耐えられるものではないが、記録として貴重なものだと思う。こうした体験ノートを自費出版した例は無数にあるのだと思う。
 オンブックでは、こうした体験記録の自費出版をオンデマンド化してアーカイブしていきたい。戦争体験、病気体験、破産体験など、個人の体験自費出版をアーカイブすることによって、はじめて価値を生み出すものだと思う。
 オンブックで復刻したい自費出版があれば連絡ください。テキストデータがあれば一番良いが、原本をスキャニングするという方法もあります。かなり安い価格でスキャニング出来ますが、読みにくくなるのと、発行元の会社の了解を得る必要があります。
 そうそう、小泉くんの新刊「ブタのふところ」が送られてきた。久しぶりにメシでも食いたい。

自費出版の流れ

 インターネットの普及に合わせるように、出版業界では自費出版会社が活発になった。文芸社、新風舎などの大手自費出版をはじめとして、既存の新聞社、出版社も自費出版事業を行っている。これらはいずれも、既存の出版システムに擬似的に参加出来る支援サービスと言える。現実には、専業の出版社や著者でも、本を出せば売れるという時代できないので、多くの自費出版物は陽の目を見ることなく著者の自室に積み上げられる。
 インターネットの流れによって、個人がメディアに対して受動的な態度から能動的に参加してくる動きになったことは歓迎すべきことであり、なんら否定すべきことではない。ただ、既存の出版システムにのること自体が「目的」ではなく、あくまでも自分の表現を不特定多数の人に伝えたいのであるなら、著者本人が、「出版発行人」であるということを自覚すべきだと思う。既存の出版界における出版社と著者の関係を擬似的に体験させてくれるだけのために高額の費用を支払うのは、もったいないと思う。
 著者が単なる「先生」と誉めあげられて満足していた時代は終わっている。これは、すでに一般出版物を発行する著者においても、単なる原稿を書いて終わりの著者ではなく、自らが営業マンであり、販促仕掛け人であるというような著者が増えてきた。特に、ビジネス書関係の執筆者にはそうした傾向が強い。こうした意識を持つ著者にとって、既存の出版社は、印刷・流通のASPサービスのようなものであろう。
 書店営業の初歩的なツールに「FAX営業」というのがある。よほど大手の出版社でもない限り全国の書店をきめ細かく営業に回ることは無理だし、書店の仕入担当者は日常的に忙しいので営業が訪問して会話出来る時間も限られている。大きな書店だと毎日何十枚とさまざまな出版社からの新刊情報のFAXが届く。不動産の物件情報と同じで、書店はファイルにして閲覧するところが多い。オンブックも利用しているが、このFAX営業代行会社の資料を見たら、利用者の3割は版元ではなく著者が行っているという。
 多くの著者の不満は「出版社は売るために何もしてくれない」ということだ。実は、売れなければ何も出来ないというのが現在の出版業界の構造だから、これは仕方ない。そうした文句を言うだけではなく、著者本人が「売るため」の動きを始めているのだ。この動きはやがて、著者本人が発行主体となって、出版社のブランドと機能だけを活用するという本格的ASPサービスの考え方に成熟していくと思われる。
 アメリカのアマゾンドットコムが開始したオンデマンド出版事業「booksurge」には、著者向けの販促サービスがオプションとしてついている。著者向けに、自分の本の表紙と内容を印刷した葉書、名刺カード、しおりなどを有料で制作してくれるのだ。こういう考え方は、オンブックにも必要だと思う。オンブックの基本的な考え方は「著者が出版社」というものであり、そのための編集、印刷、流通、販促のソリューションを提供していきたい。
 ちなみに自費出版会社は、インターネット的な時代世相に合わせて発展してきたが、ここにきてインターネットの逆襲にあっている。かつては自費出版社と自費出版希望者の間だけで打ち合わせ出来たものが、インターネットの普及によって著者希望者がインターネットで情報を収集することになり、比較情報が入りやすくなって、価格競争に入らざるをえなくなってきた。
 自費出版については、「自費出版ガイド」が中立的な視点で情報を提供してくれています。

2006年09月23日

オンブック流の復刻シリーズ

 北海道・帯広の雄大な青空にうちのめされてきました。東京に帰ってみると、同じ日本とは思えない。でも同じなのだし、同じでなければならない。東京と帯広(など)が有機的な関係になれるような動きを作っていきたいと思う。

 さて、帰京して早速、オンブックの作業に戻る。オンブックは新しい人をデビューさせることと、すでに書店で販売していない本を再デビューさせるプロジェクトです。こないだ日経BP社へ遊びに行った。BPには藤田くんや斎野くんら、古くから仲の良い友人たちが頑張ってる。大昔、インターネットがなかった頃、ニフティサーブの「掲示板」に僕は書き込みをした。「僕の事を知ってる人は連絡ください」と。ネットは再会のメディアだ、ということを強く思っていた時代なので、僕はネットで出会いよりも再会を追求していた。連絡をくれたのが斎野くんだ。昔、僕の本を読んだことがある、と。早速、僕が運営していたパソコン通信「CB−NET」にまきこんで関係を深めていった。彼は「日経クリック」の創刊編集長として、日経BPの雑誌を一般向けに販売する契機を作ったのだが、今は書籍を担当している。「どうだい?」と聞くと、「新刊よりも重版に力を入れてる」と言った。流石だね、そのセンス。
 新刊は当たればデカイが、それ以上にリスクが高い。にもかかわらず、ここ数十年の日本の出版社は、新刊戦争に突入してしまったのである。それも、企画の二番煎じ、売れっ子ライターの争奪戦として。
 元アマゾンのバイヤーで今はエリエス・ブック・コンサルティングをやっている土井英司くんが、アマゾンのバイヤー時代に見つけたノウハウは、新刊よりも定番とも言える過去の名著の方が確実に売れる、ということだった。(詳しくは彼の「成功読書術」という本をご覧ください)。新刊ラッシュでライターは多作を強いられている。実はインターネットがあるから、著者はかつてのようにじっくりと資料を探す旅に出なくても、容易に資料収集が出来て本は出せてしまう。これはこれで新しい文化作法だから否定はしない。
 しかし、その新刊ラッシュのために埋没してしまった本も少なくない。
 本というのは、本を書きたい人と出したい人のコラボレーションだ、と以前に書いた。であるなら、オンブックの復刻シリーズも、僕らが出したい本を選んで出して行きたいと思う。

 現在、2冊の本がオンブックで再デビューするための準備に入っている。いずれも、橘川個人が大きな影響を受けた人間であり、本である。

『情報化社会―ハードな社会からソフトな社会へ 』(林雄二郎/講談社現代新書)
『にっぽん再鎖国論――ぼくらに英語はわからない』(岩谷宏/ロッキングオン)

 オンブックのソリューションが出来たのだから、本はこうやって出せば良い。あなた自身が編集者となって、自分の出したい本をプロデュースしてください。もちろん絶版の本を復活させるためには、著作権者・著者の了解、版元の了解などを得る必要があり、煩雑な作業があることを理解した上でですが。

2006年09月19日

帯広へ行きます

 9月20日から北海道に行ってきます。社団法人日本インターネットプロバイダー協会の「地域ネットワーク連携シンポジウム2006in帯広〜10周年記念事業〜」のイベントがあります。なぜ「10周年」なのか、なぜ「帯広」なのか、と言うと、10年前にデメ研が主宰した地域プロバイダー会議がスタートだったからです。この動きを担ったのは僕ではなく、デメ研の亀田くんです。
 あれから10年、さまざまな発展があり、さまざまな事件が起きました。僕は最近の講演では「端境期の役割」という言葉を良く使います。僕らは「インターネットがなかった時代」と「インターネットが普及した時代」の両方を知っています。もうすぐ、「生まれた時からインターネットがあった」という世代が登場してきます。彼らは、インターネットの是非を抜きにして、最初からインターネットを使い、前提として社会を動かしていくでしょう。端境期の僕たちだけが、インターネットの功罪を睨みながら、新しい社会の構築に意見を言えるのです。そういう話を、インターネットのインフラを支えているみんなに話してこようと思っています。
 帯広の後藤健市くんとも、オンブックについて、いろいろと作戦会議を開いてきます。後藤くんは、「屋台村」「フィールドカフェ」「ヘレンケラータワー」など、地域に根ざしたオリジナルな活動を進めています。
 また、さまざまな出会いと再会があるでしょう。

2006年09月16日

「ニートという生き方(スタイル)」田尾宏文・著

 ウォークマンが出た時に、朝日新聞をはじめとしてマスコミは一斉に「自閉症批判」を行った。僕は「宝島」でかなり長い「ウォークマン論」を書いた。若い世代が自閉化していく現象は、社会がシステム化されていくことと平行して進んで行った。社会のシステム化の問題を抜きにして「近頃の若い者は」論で、若い世代を攻撃することに違和感を持っていた。そして、なによりも自分自身の中に、自閉的な感性やニート的な体質があることを知っていたからだ。
 田尾さんは、ニートとの付き合いの中で、直接感じたことや思ったことを、丁寧に説明してくれる。ニートは一日中ネットで遊びながらメールアドレスを持たない、と彼から聞いた時は衝撃だった。またニートに対する一番の効果的な警句は「親がなくなれば、年金はなくなる」という言葉だということも、現場にいなければ分からないだろう。
 本書はニートの内面の問題と、ニートをとりまく社会構造の両面を描いている。著者が望むように、今後の「ニートに対する議論」における、基本資料となるだろう。
 ニートは世界の先進国の共通の問題だが、ニート=引きこもりという図式は日本独自のものらしい。韓国にも一部あるらしいが。それは恐らく、日本が「個人と社会」の問題の他に「家」が大きな問題の一つだからだろう。本書の成果を踏まえて、僕も「ニート論」を書きたくなった。
 著者の田尾さんとは、20数年来の付き合いである。元々は広告代理店の出身だが、僕と会った頃は、シンクタンク年鑑や企業広報の仕事をしていた。昨年は愛知万博で、立川こしらの司会で、橘川、田尾それと宮脇和とで、「子どもたちの現在」をテーマにした公開ディスカッションを行った。
 本書は著者の希望により全文がPDFで立ち読み出来る。ちょっと重たいですが、よければ、ご覧下さい。
 なお、10月27日に、行徳のニュースタート事務局で「ニートという生き方」の出版パーティを行う予定だ。アフターインターネット会議の2回目ということでもある。ここには、80人のニートが寮生活をしていて、当日の料理も作ってくれることになってる。予定が確定したらインフォメーションしますので、関心ある方は連絡ください。

日下潤一さん

 日下さんの個展を覗く。「あいう絵と本」というイベントだ。 日下さんは今や「芸術新潮」のADまでやるほどの有名グラフィックデザイナーだが、僕が会ったのは1970年代の後半だから、もう20数年前。まだ大阪で英語塾かなんかやってた時代だ。僕の学生時代の友人が村上知彦で、村上くんが「プレイガイドジャーナル」(ぷがじゃ)の編集長になった時に、応援の対談記事を村上・橘川で行った。その時のデザイナーが日下さんだった。その後、村上・日下で「大阪人クリエイターの東京事務所」みたいなのを作り上京してきた。そこから猛烈な勢いで仕事を始めたのだ。ちなみに僕の本で言うと「21世紀企画書」(晶文社)が日下くんのデザインである。

 表参道でやっていた個展では、オリジナルの書体を開発中で、その書体を作った何冊かの本を購入した。どれも、小さな限定100部の本で、丁寧に作られている。ええなぁ、これだよ出版は。「ぷがじゃ」の想いは不滅で、70年代サブカルは不滅です(笑)

 ちょっと覗いてみたのは、オンブックのブックデザインの問題を考えていたからだ。オンブックの完全オンデマンドは、著者がデザインもPDFもやることになっているが、実際はそこまで出来る人はいない。だけど、オンデマンドの場合は投資コストがないので、デザインを発注出来ない。ブックデザイン(装丁)をやりたい人と、著者の原稿とをマッチングして、印税方式でもやりたいデザイナーを募集したい。現在、オンブックでは「著者」のSNSを準備しているが、同時に「デザイナー」のSNSを作ってデザイン見本を掲示出来るようにして、著者からの相談を受けられるようにしたいと思ってる。

 本というのは、著者+編集者+デザイナーのコラボレーションなのである。関心のあるデザイナーの連絡をお待ちします。

オンブック出版社について(構想中)

 オンブックで発行する書籍については、オンブックが内容について責任を取ることになる。またオンブックとして、出したい本だけを出して行くことになる。選定基準は、オンブックという法人というよりも、構成するスタッフたちの個人的意見による。
 だから、オンブックスタッフの感覚によってフィルターからはじかれてしまう場合も出てくるだろう。
 オンブックには「オンブック出版社」という構想がある。オンブックが発行主体になるのではなく、印刷・流通のソリューションだけを使ってもらう、という仕組みだ。
 以下が構想案である。まだ経済条件などは完全に決まってないが、関心があれば連絡ください。相談しましょう。

○オンブック出版社は、基本的に個人ではなく、企業、NPOなど法人資格が必要。
○単発の発行企画ではなく、永続的に出版を計画している法人に限る。
○発行は貴法人になり、発売はオンブックというスタイルになる。
○内容に対する法律的な問題、誤字誤植など商品クォリティの問題、その他の発行責任は貴法人が持つ。
○オンブック出版社は専業出版社というよりも、すでに別の目的で活動していて情報の蓄積などがある組織が望ましい。具体的には、一般企業、調査会社、NPO団体、教育機関など。現在、オンブックが交渉をしているのは、いくつかの大学である。

オンブック3つのレイヤー

 オンブックは、ほぼ僕らが目指すソリューションの原型を見えてきた。ポイントはレイヤーである。書籍の発行スタイルを3つのレイヤーに分けた。
1.完全オンデマンド出版
*個人で出版する。基本的には、自分で自分を編集する。ハードルを一番低くして、インターネット的に販売する。在庫を持たないことによって、永続的に販売可能。著者の負担は自著を10冊購入のみ。
2.小ロット印刷
*1のレイアーの上部に位置する。200部単位で印刷をかけて在庫を持つ。取次経由でネット書店、一般書店の注文に応じられる。著者の負担も高くなり、オンブックも在庫リスクなどリスクを一部負担でするので、発行ハードルが少し高くなる。
3.中ロット印刷
*2のレイアーの上部に位置する。1000部単位での印刷をかけて在庫を持つ。書店に対して営業をかけて委託注文を受ける。通常の書籍発行と同じだが、初版部数を小さくし、取次任せのパターン配本ではなく、注文による配本を追求する。当然、リスクも増大するので、発行については、オンブックの判断が大きくなり、著者にとっては発行のハードルが高くなる。

 この3つのレイアーの中で、書籍発行を考えていく。つまり、一番低いハードルでまずは出してみる。販売の動きが出てきたら、2のレイアーに進み、更に3のレイアーに進む。逆に3のレイアーで出してみて、売れ行きが止まったら、1のレイアーに戻してロングテールモデルに移行する。
 3のレイアーは、現在、日書連が模索している、新しい書籍販売ルールの流れとつながってくると思う。
 20世紀は「何を出すか(何を生産するか)」だけを考えていれば良かった。21世紀は「何を、どのように出すか」が問われていくのだと思う。

*オンブックの考え方は「出版ニュース」の9月下旬号(9月19日発売)をご覧ください。橘川が原稿にまとめました。

2006年09月15日

古本屋さんの仲間が欲しい

 古本が危ない。古書業界は新刊書業界と共存して発展してきた。古書店には本のメキキがいて、歴史的に残すべき本を選択して残してきた。それがブックオフのシステムによって、本の中身ではなく美醜によって選別されてしまう。「ブックオフ・セドリ」という商売があって、ブックオフで100円で売ってる本で価値ある本を見つけて古書店に高く売って利ざやを稼ぐ人たちがいるという。高校生でもマニア受けしそうな本をセドリして、ネットオークションで高く売る子がいるらしい。でも、そんなの一時的だろう。
 一方で町の古書店が廃業していく。アマゾンのユーズドを使えば、古本がどんどん売れるので店舗を構えておく必要がなく、店舗は店子に貸して、自分はネット古本屋をやろうとするのだろう。しかし、そのことによって、持ち込む場所がなくなった古本はますますブックオフに流れる。いっそのこと「ブックオフのブックオフ」をやりたいぐらいだ。このままでは大事な古本がなくなる。
 古書は骨董品の扱いだから、初版本とか稀覯本など高価な値がつくものがある。そういうマニアの気持ちというのを僕は理解出来ない。作家の生原稿が流出して問題になっているが、それに何の意味があるのか、コレクターの趣味がない僕には分からない。価値のあるのはハードではなく中身なのではないか。
 大正時代の建築の本があるとする。建築科の学生は本の中身が必要なのに、骨董品としての価値は高すぎる。そうした本で著作権が終了しているものについては、オンブックにしてしまいたいと思う。アメリカでゼロックスをスピンアウトした人たちが作ったスキャニングロボットは、昨年発表されてから欲しくてたまらない機械だ。グーグルはこれを使っているのだろう。
グーグルは書籍検索を出版社に持ちかけている。保守的な日本の出版社は簡単にはのらないだろう。でも、そんなことをしているうちに、図書館にもない明治・大正の貴重な古書がブックオフの廃棄物として処理されてしまう。なんとかしたい。危機感を持つ古本屋さん、一度、相談しませんか。橘川の連絡先はこちらです。

追伸
 スキャニングロボットの話を、あるメーカーの人に話したら、日本で作ればもっと高性能で安いのが作れる、と言っていた。指紋認証のICチップを使えばよいと。日本人の黄色い手から指紋を識別する技術は、日焼けした古書から活字の輪郭をスキャニングするのに適しているだろう。アメリカのロボットは2000万円するのだ。

人日和

 この数日で、どれだけの新しい人と出会い、旧友と再会し、友人とビジネス構造の相談をしただろうか。ほとんど目眩のような日々である(笑)。本は著者と編集者の子どものようなものだ。どちらがお母さんで、どちらがお父さんか分からないけど。社会に産み落とす子どもだ。本は「出したい人」と「出させたい人」との出会いだと思う。単なる「出したい人が出すだけの本」は、本ではない。本は単なる印刷物ではない、という微妙な感覚のところで淡い輝きを放つ。
 下北沢保育園の園児の時に出会い、デメ研が出来た時に最年少研究員に任命したヤックンが遊びに来た。もう17歳だ。小学校も中学校も拒絶した子だが、7歳くらいの時に、いきなりゲームを200本作って持ってきた。「Wierd」に紹介した。彼が言うには「ネットは表現するハードルが低くなればなるほど情報としての信頼性が薄らぐ。本はハードルが高い分だけ信頼性が高い」と。僕たちは、オンデマンドという技術と、本という文化をもう一度、考えなければならないのだろう。
 オンブックには毎日、あらゆる領域からの出版企画が持ち込まれる。それだけ新しい人との出会いがあり、幸福な仕事だ。しかし、いろんな人と出会ったり関係を持ってきたことにより、それだけ多くの別れもある。「おじゃる丸」の犬丸りんさんが自殺したが、彼女が山崎典子さんだと知った。ご冥福をお祈り致します。

2006年09月09日

夕焼け文庫1

 オンブックが発行していこうとしている書籍には二つの方向性がある。一つは、新しい才能・新しいテーマ・新しい発想などの著者を発掘して発行するというもの。もうひとつは、本来、世の中に残っていてよいはずの過去の書籍コンテンツを復活させるというもの。復活させる書籍については、単独の書籍で復刻させるよりも、個人全集の形で揃えていきたいと思っている。

「夕焼け文庫」は単なる復刻ではなくて、現代人の言葉に翻案したものである。「青空文庫」は参加型による著作権が切れた過去の名著をアーカイブしていこうとする、インターネットの誠実な動きとして評価出来る。しかし、明治の文章をそのままテキストにしても、現代の若い世代には意味が通じない。音楽の世界では、過去のヒット曲を現代の感覚にカバーするという方式が一般的にあるが、その発想を取り入れた。

「夕焼け文庫1」は、梶井基次郎の「檸檬」や森鴎外の「舞姫」を、翻案者の思いをこめてカバーした作品集である。こうした試みを多くの作家志望者が取り入れることにより、文豪たちの感性と技術を学べるし、現代の若い読者に古くさい文学を蘇生させて見せることが出来ると思う。

 僕は中学生の頃から神保町の古本屋が好きで良く通った。文学よりもむしろ古い実用書や雑学の本が目当てであった。近刊の「食道楽」(村井弦斎/亀田武嗣・訳)は、明治の頃のグルメ本である。神保町には、食関係の古書を専門に扱う古本屋があって、いつも飽きない。現代にも「通」を自称するグルメライターは多いが、明治・大正の「通」は本物であり、スケールも違う。村井弦斎は、自宅にフランス料理や中華料理の料理人を雇いいれていた。当時の報知新聞に連載して大好評だったコラムをまとめた本であり、もちろん大ベストセラーである。柴田書店で復刻されているが、現代の人にも読みやすいように現代語訳にした。

 明治・大正の実用書はオンブックの宝庫だと思っている。明治のある金持ちが世界旅行をした本があるのだが、あらかじめ情報を持っていない人が、はじめてナイヤガラの滝を見たりエッフェル塔を見たりした感動は半端なものではない。あるいは、関東大震災の時に相場で大儲けした人の本などもある。株式の本は、今も新しい本が続々と出ているが、基本は江戸時代からの米相場人のノウハウがベースであり、明治・大正の金儲け読本は、そうしたノウハウや諺を楽しむことが出来る。

 オンブックの既刊本である『お花の仇討〜大岡政談傑作選』(松井高志・著)は、江戸から明治にかけて盛んだった講談を現代語にしたものである。著者の松井さんは、婦人画報社で長く編集者を勤めながら、講談をライフワークとして講談のイベントなどもやっている。日本人は講談の世界で、多くの英雄やアウトローの伝記を語り継いできたのであり、その話芸を本にして成功したのが、明治・大正の講談社である。そして、これらの伝記をベースにして、司馬遼太郎をはじめとする歴史作家の本が存在するのだと思う。言ってみれば「夕焼け文庫」である。松井さんの大岡政談のベストセレクョンは、とてもよく出来た物語で、編集の大ベテランが訳した言葉も読みやすい。もっと多くの人に読んでもらいたいと思う。大岡政談は、事件の真相をあばく推理小説のルーツでもあろう。

 漠然と、本を出したいと思う人は多いと思う。それが自伝や思い出話だけではつまらないと思う。ぜひ、明治・大正の古本の世界を旅して、自分の経験を生かせる領域で現代語訳に挑戦して欲しいと思う。これは特に、定年間近と言われている団塊の世代の方にはお奨めしたい。

 古本の世界は実は大きな危機に見舞われている。かつては古書業界は書籍のメキキがいて、中身を検討して価値を見いだしていた。そのことによって、良書のみが世代を超えて残されていた。しかし「ブックオフ」というサービスが普及したことにより、内容が分からないフリーターのところに古本が持ち込まれ、汚れた古書は廃棄されてしまうのだ。古書が何世代にも渡って社会遺伝子として伝播されていくという文化が廃れようとしている。オンブックは古本の原本そのものを残すのではなく、著者の心や想いを次の世代に伝えて行きたい。(蛇足だが「オンブック」というのは「ブックオフ」に対抗したネーミングである)(笑)

「夕焼け文庫」のルールやサンプルについては「こちら」をご覧ください。

マーケッターが殺される日

先日の「アフターインターネット会議」以後、いろんな人から連絡をいただき、事務所にも何人か来ていただいた。会議の内容を丁寧にまとめていただきブログに掲載してくれる人もいました。ああ、このことだな、最近、マーケッターやコンサルタントたちが頭を抱えているというのは。マーケッターというのは、企業からの調査受託で仕事しているのだが、普通の職業ではないので営業のしようがない。だいたいは企業向けの講演会やセミナーなどの講師に呼ばれて、その内容に反応した企業の方から直接連絡があって、仕事に結びつくということが多い。僕も、そういう形で多くの企業のマーケティング担当者と知り合った。

 フリーのマーケッターにとって、講演会というのは大事な場なのである。しかし、どんな優秀なマーケッターであろうと、毎回違う話が出来るわけではなく、同じネタを繰り返して使っている。メディアに公開すると同じネタは使いにくいが、ライブ活動だと限られた人数なので、同じネタをやっても違和感はない。ちなみに僕の場合だと、ネタをユニット化して、テーマや観客層に合わせて組み合わせながら講演内容をデザインする。

 だから講演内容などを正確にインターネットに露出されると困るのだ。パワポの配布資料までUPしてしまう人がいるらしい。しかも、これが著作権を侵害して私益を得るためではなく、単純に「知識を共有化するためのインターネット」という本質を踏まえた善意の行為だから、ますます困る(笑)。企業の人が社内セミナーで講師を呼ぼうとネットで検索した時に、講演の中身が詳しく説明されていては、同じ内容で高いギャラもらって講演が出来なくなるだろう。

 インターネットが始まった頃、アメリカではマーケッターなどが有料のWebサービスやメールで収入を得ようとしたが、すぐにコピペされて拡がってしまうので、ネットでの有料サービスは無理だということで、ネットはあくまでもPRの場としてフリーで提供することにして、講演会やセミナーに誘導してそちらで利益をあげようとした。しかし、それも難しいことになってきそうだ。

 昔はマーケッターというのは世の中の動きをよく知っていて、それを企業の内部に伝えるだけで商売になったし尊敬もされた。しかし、これはインターネット以前からの話だけど、どんどん企業の内部の人が勉強をはじめて、そんじょそこらの自称マーケッターたちより世の中の動きについて理解してしまった。それはそうだ。自分の業界のことと顧客ターゲットだけを絞りこんで勉強すれば、余所者のマーケッターがかなうわけがない。そしてインターネットが登場して、誰もが最先端の情報を入手出来るようになってしまった。

 ということで、インターネットはいろんなものを殺すがマーケッターなる人種も殺されるのだろうな。勝負すべきは、過去に吸収した知識ではなくて、マーケッターの頭の中にあって、まだ言葉になっていないものだけだ。こればっかりはコピペ出来ないだろう。

 アフターインターネット会議は、メッセージイベントだったので、内容を宣伝してもらうことは少しもかまいません(笑)


出版ニュース

「出版ニュース」に原稿を書きました。9月18日発売号です。出版業界への愛憎入り交じった文章になりましたが、とりあえず「オンブック宣言」ということです。出版業界は雑誌的なスタンスと書籍的なスタンスの二つの方法論が対立しながら、それぞれの役割を極めてきたが、インターネットの登場によって雑誌的なスタンスはインターネットに収斂されつつある。同時に「雑誌化した書籍」も一時的な徒花は咲かせるだろうが、やがてインターネットに吸収される。そうした時代状況における「出版」とは何か、という問題提起です。関心ある方は、ご一読いただき、批判・感想いただければ嬉しいです。

 なんか、ここ10年くらいは、ほとんど依頼原稿が減少してしまった仕事のないライターの僕ですが、もうひとつ原稿依頼が来ました。三菱UFJの総研から「団塊世代論」ですね。僕の団塊論は、脳天気な団塊ビジネスチャンス論なんかではありませんよ(笑)。パソコン通信−インターネット環境になってから、依頼されなくても、さっさかと書けるスペースが出来たので、もっぱら自主原稿ばっかりを書いてきたが、依頼されてみると、これはこれで書きやすいものだ。「お題」をいただいた大喜利みたいな感じ。

 

2006年09月07日

内田勝さん(2006/09/05)

 大日本印刷が五反田に高層ビルを作ったので、知り合いに頼んで上層部にいかせてもらった。僕は高い所が好きなのである。高いところから、遠くを視てると、落ち着く。そのあと、築地の聖路加病院に行ったので、やはり高い所から東京を眺めた。戦後の「東京」はいろんな意味で実験だったし歴史的にも事件だったと思う。昔、古本屋でみつけた昭和初期の「東京ガイドブック」があって、これが楽しい本だった。ウナギ屋とか甘味屋とかの案内が出ているのだが、今はほとんど消えてしまった店ばかり。でもリアリティはあって不思議なノスタルジィ感覚。こういう本や、加藤秀俊らの東京社会学からアラーキーの東京映像までを総合編集したシリーズ「東京全集」を作ってみたい。オンブックは新しい人をデビューさせる装置であると同時に、古いものを再編集する装置でもある。

 予定の時間より少し早かったので、聖路加病院の2階にあるコーヒーショップに入ろうとしたら、内田勝さんとバッタリ。内田さんは1965年から1972年までの「少年マガジン」の黄金時代の編集長で、出版界では伝説的な人だった。初めてあったのは1979年頃で、内田さんが「ホットドッグプレス」(HDP)の創刊を準備していた頃だ。内田さんは当時の若い世代のスタイルを「昆虫」に喩えていた。殻が固くてじっとしている。確かに、そのへんから動きがはじまったオタク文化は昆虫的とも言えるだろう。HDPが創刊された時に「文化通信」という業界新聞の巻頭で、内田さんと僕の対談が掲載された。対談は銀座の三笠会館の個室で行われて、ああ、大手出版社というのは、こういうところで対談とかやるのか、と思った。当時の僕は「ロッキングオン」のメインスタッフと「ポンプ」という雑誌の編集長をやっていたが、貧乏サブカルチャーの本流だったからね(笑)その後、HDPでは何度か原稿を書かせてもらった。

 コーヒーを飲みながら、内田さんは最近読んだ本のことを教えてくれた。矢崎泰久さんの「口きかん、わが心の菊池寛」と嵐山光三郎さんの「悪党芭蕉」だ。矢崎さんのゴッドファーザーが菊池寛だったとは知らなかった。内田さんの話を聞いて、僕も伊賀上野の芭蕉記念館に行きたくなった。新刊というのは、信頼できる知り合いから「面白かった」と言われると読んでみたい気持ちになるから不思議だ。

 そのあと、ソニーピクチャーズエンターティメント(SPEJ)の会議室に行って、「三丁目図書館」についてのミーティング。ボスの福田さん、担当の足立くん、内田さん。僕を福田さんに紹介して「三丁目図書館」を引き出したのは内田さんである。人と人を会わせて新しきものを生み出すのが「編集」というものなのだろう。

 築地の旭通の入ってるビルの2階にある「台湾海鮮」に移って食事。作家の山下卓を呼んであったので合流。山下くんには「三丁目図書館」で行う「ケータイ文学賞」の審査員を頼んだ。ケータイの世界は、新しい人たちが蠢いているから、きっとまた何か新しい出会いがあるだろう。山下くんは、ここのところ「小学7年生」という雑誌企画を抱えて動き回っている。山下くんを内田さんに紹介。これは僕の編集作業だ。70種類の生薬が入っているというスープでの海鮮鍋は、なんか元気が出る。おなか一杯。

 そうそう、内田さんと故・大友昌司との友情を描いた映画企画が動いているそうだ。これは、いろんな意味で期待出来る。「東京全集」の次は「戦後全集」だな。

2006年09月03日

メタブログ

 アフターインターネット会議で初披露したメタブログ・プロジェクトの運用がスタートした。僕と、フレンドリーラボの後藤くん、リアルテキスト塾5期生の橋本くんの3人がメンバーで動かしてます。
 現在のブログは、個人の日記が横軸に拡がっていくだけ。メタブログの発想は、同一のテーマを複数の人が記入するというもの。ランキングの仕組みが内包されていて、上位の内容はオンブックにすることが出来る。
 今後、さまざまなパートナーと組んで、テーマを拡大していきます。自分が答えたいものだけ記入していけばよい。これを続けていくと、今度は、自分が記入したものだけを集めると「自分の本」が出来るという裏技もイメージしてある。
 まずは、お試しのテーマである「ああ、缶違い!」がありますから、トライしてください。

小林晃一さん

 彫刻家の小林晃一さんらと田町のヌースフィアで食事。これまで多くのモニュメントを制作してきたが、黒幻焼という焼き物を開発。黒い陶器だ。陶芸家の焼き物ではなく彫刻家の焼き物というのがポイント。黒幻焼の商品化をヌースの布施オーナーと相談。オンブックとしてもいろいろと検討してみたい。

 小林さんは埼玉県の幸手市に住んでいて、僕の大学時代の友人で幸手市にいる斎藤幸三が連れてきた。小林さんは芸大出身で今をときめく現代アートの村上隆さんとは同級生。石を掘るという話などを聞いたが、なかなか興味そそられる。陶芸教室は山ほどあるが彫刻教室は聞いたことないしね。

 僕がオンブックでやりたい企画の一つに「ポートフォリオ・ブックス」というのがある。建築家の作品集を、同一の仕様で書籍化していくものだ。1冊1冊は建築家が自分で営業用に使うものだが、これが100人、1000人と制作されていけば、現代建築家カタログになる。しかもオンデマンドだから、毎年データを更新していける。ネックはカラー印刷がオンデマンドだとかなり高くなるということだ。このネックさえ解消出来れば、建築家だけではなくイラストレーターやカメラマン、デザイナー、花道家など、いろいろなことが出来る。まずは、小林さんの作品集を追求してみることとしよう。

 ポートフォリオ・ブックスを作ってみたい人がいたら、連絡ください。