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社長日記

2006年08月28日

続・林雄二郎さん

 久しぶりに林雄二郎さんと会った。大手町ビルの2階にある日本フィランソロピー協会だ。80年に最初に会ったのは、新宿の三井ビルにあるトヨタ財団だったが、九段の未来工学研究所や、虎ノ門の日本財団や、神谷町にあった日本フィランソロピー協会など、僕は何か新しいことを始めたり、本を出したりすると、僕は林さんに報告に行く。80年のはじめ、まだ「エスニック」というものが普及していなかった時代に、林さんはよく都内のエスニックレストランに連れていってくれた。当時は、トヨタ財団の仕事で東南アジアをよく回っていたので、アジア料理を食べながらアジアの文化と日本の文化について話してくれた。いつも江戸っ子のベランメイ調で、笑いながら世相を斬っていた。
 今日も、いきなり「小泉純一郎はしようがねぇなあ」という口上から始まり、90歳とはとても思えない声量と速射砲のような弁舌である。
 今回、訪問したのは、林さんが1969年に出した「情報化社会」と1970年に出した「高度選択社会」の2冊の本をオンブックで発行させてくれというお願いだ。僕は処女作の「企画書」という本を書き終えた時に、「情報化社会」という講談社の現代新書を読んで、驚いてしまった。自分がようやくまとめた論考の発想を、10年も前に書き終えていた人がいた、と。思わず、長い手紙を書いたところ、返事をもらって、それ以来の付き合いだ。書いたばかりの「企画書」のゲラを持参したら、推薦文を書いてくれた。僕にとって大事な本である「暇つぶしの時代」も、林さんに序文を書いてもらった。
「情報化社会」は、大型コンピュータが日本に5000台ぐらいしかなかった時代に、コンピュータ・ネットワーク社会の本質と問題点をえぐり出している。それは今読んでも色褪せることのない問題意識である。むしろ今こそ、これから社会に出る若い人たちに、この本を読んでもらいたいという思いで、復刻をお願いした。
 情報化社会という言葉は林さんが作った言葉だが、マイコンという言葉も、マイカーという言葉があるのだから、やがてマイコンという時代が来ると、1969年に書かれている。しかもそれらが電話回線でつながるということも具体的に書かれてあるのだ。
「情報化社会」の本は、10万部を超えるベストセラーになったが、続編の「高度選択社会」はそれほど売れなかったようだ。今、読むと、こちらの方がより具体的に現在でも充分に刺激的な社会構造提案が書かれてある。なによりも書名とサブタイトルの「マルチ・チャンネル・ソサエティ」という概念はオンブックのコンセプトそのものではないか。
 林さんの快諾を得て、早速、作業に入ることになった。
 新人作家の新刊もよいけど、実は、現代社会に本来残っていなければならない本が、数多く絶版になっているのだ。こうした本を掘り起こして、次の世代につなげていくこともオンブックの役割だと思っている。
 林さんとの談話はいつも楽しい。東京情報大学の学長時代に文科省の役人ともめた話しや、「文科系と理科系という分類方法はおかしい。浮世系と浮世離れ系とに分けるべきだ」という持論や、お孫さん(作家の林望さんの娘さん)がロンドンで画廊を開いたが名前が「ギャラリー雄二郎」というのだとか、「日本人は個人としては知と徳を持っている人が多いのに、それを社会的な公知や公徳にする力が弱い」というドキッとする視点なども見せてくれた。
 別れ際に林さんは「君は相変わらずサエてるなぁ」と言ってくれたが、なんだか子ども時代に同世代の友人に言われたように嬉しかった。
 フィランソロピー協会を出ると、隣はNPO協会だった。ここは、山岡義典さんがいるのだろうか。山岡さんは、NPOの法律を作る時に奔走した人で、トヨタ財団で林さんのスタッフだった。僕が、林さんと山岡さんとの3人で編集・執筆した本がある。「生活情報論」という教科書である。今度、林さんの所に行ったら聞いてみよう。

別れゆく人たち

 メタブレーンの太田さんの所に行ったら、木田昌廣さんが亡くなられたことを聞いた。木田さんは、80年代の初期はUPUの編集者で、雑誌の企画を一緒に作っていたことがある。何度か等々力のマンションには遊びに行った。UPUから日経ホームに行って、活躍していたことは知っていたが、会うことはなかった。最後は「日経ウーマン」の編集長だった。いつかどこかで「おお、久しぶり、頑張ってるじゃん!」と挨拶を交わすものだと思っていたのに、それも叶わなくなった。妹さんの隆子さんもUPUにいて、お世話になった。彼女は、「Pen」の編集長として相変わらず丁寧な仕事をしたが、今は「ELLE DECO」の編集長のようだ。UPUというのは実に多くの優秀な編集者を育てたインキュベーターだったのだな。今は、そういう会社が見当たらない。

 山下卓と出版業界の話をしていて、講談社の宇山日出臣さんも亡くなったということを聞いた。中井英夫の「虚無への供物」を文庫化するために商社を退社して講談社に入ったという伝説的な人だったが、退職と同時に亡くなるなんて凄すぎる。宇山さんの最後の仕事が寮美千子の「楽園の鳥」で、泉鏡花賞を取った。寮ちゃんのお祝いのパーティで宇山さんを紹介され、一言三言話しただけの関係だが。寮ちゃんとは、彼女が小説を書く以前からの付き合いだけど、今度、奈良の方に引っ越したようだ。

 多くの人と出会えば、多くの別れがある。インターネットで友人の近況を発見することもあるが、訃報に触れることもある。元平凡社の内田勝さんも亡くなっていた。元講談社の内田勝さんではなく(彼とは再来週、会う)、同姓同名の編集者がいるのだ。元講談社の内田さんのプロフィールを検索していたら出てきた。彼とは平凡社時代の付き合いで、彼が大学の仲間たちでやっていた「もぐらの会」という勉強会に講師で呼ばれたことがあった。

 デメ研のパーティに来てくれていた投資家の松本光さんは、スマトラの津波で行方不明になっていたことを知った。

 皆様のご冥福をお祈り致します。合掌。

2006年08月27日

宮本佳明くん

 宮本佳明くんが事務所へ来た。宮本くんは僕が知る現代建築家の中では抜群の感性と発想力を持つ。神戸の震災で全壊認定を受けた実家に鉄骨であたかもギブスをはめたようにして住居にしてしまった「ゼンカイハウス」で有名である。「ゼンカイ」ハウスがうまれたとき/王国社という本を出して、送ってもらったので、連絡をした。
 古墳を住居にしていた話や古代遺跡と都市計画の関係、彼の住宅デザインに使われた模型の話など興味は尽きない。彼のファンである元角川書店の編集者であった滝澤恭平くんと、高橋朗を呼んでおいたので、みんなで宮本くんの話を聞いて興奮する。
 宮本くんの卒論は、池袋の木賃アパートの調査だったらしい。普通のようにアンケート用紙を配っても回答率は1割もないので、彼は夜討ち朝駆けで訪問して9割の回答を得たということだ。彼の話を聞いてると日本中フィールドワークで歩き回っているみたいだ。なんだか辣腕ジャーナリストのような行動力である。
 近々、宝塚の宮本くんの事務所を訪問して、彼のスタッフたちをまじえてオンブックで何が出来るか編集会議をしようということになった。建築家の「ポートフォリオ・ブックス」は、オンブックのスタート時からの課題である。

 ちなみに宮本くんは、僕の義弟の小林秀樹の大学時代の後輩で、彼がまだ院生の時に、僕の家を設計してくれた。昔「新建築」で「K氏宅」と紹介されたことがある。小さな家だが、飽きのこない家である。

 あと、滝澤くんは今年の6月で角川を辞めた。角川の勤務中に工学院大学の夜学で建築を学んでいた。編集を追求したら建築の世界に辿り着いたという男である。今はフリーで編集の仕事と、いくつかの建築プロジェクトに関わっている。高橋くんは、長年、広告代理店でマーケティングやブランディングに関わり、トヨタ自動車のレクサスのブランディングを3年くらいやっていた。昨年から小説などを書き始め、1年間で10数冊の書籍を発行して、やはり今年の6月に退職して、フリーになった。長年サラリーマンをして、いきなりフリーになると大きな壁にぶつかるものだ。しばらくは、僕が、あちこちに連れ回して、いろんな人に会わせようと思っている。

 みんなが帰ってから、しばらくして山下卓がやってきた。山下も、僕のところに来る時はいつも「壁」を背負ってやってくる。ライトノベルスの世界では、2チャンネルのラノベ大賞をとったり、その筋では評価されているが、まだ自分が本当にやりたいものが分かっていない。「小学7年生」という雑誌企画を持っていて、その企画をどのように実現するかで、彼の方向性も決まるだろう。夕方になったので、これまでなら酒でも飲みに行くのだが、僕は禁酒中なので、一緒にカレーライスを食べた。

 人とつながり人と時間を共有する。編集者の仕事というのは、ただ、それだけのことである。

2006年08月24日

酒井弘樹くん

 ニューヨークのバーティカルの酒井弘樹くんが日本に帰ったついでに学芸大学まで遊びに来た。酒井くんの活動がどんなに凄いかは、サイトを見てもらえば分かるが、日本の本をアメリカで発行するための出版社を作ったのだ。酒井くんは、日本経済新聞社の出版部にいて、僕の「一応族の反乱」「生意気の構造」の2冊を編集してくれた。その後、日経ビジネスに移って辣腕記者として活躍。僕に「視点」の連載頁を用意してくれたのも酒井くんだ。

 日経ビジネスの取材でアメリカに行くたびに、日本の普通の本が出てないことに気づき、英語もそんなに得意ではなかったのに単身アメリカに渡って起業した。ヤニくんという天才翻訳者がいるのだが、彼も今回日本に来ていたのだが、都合が悪くて今回は会えなかった。残念。

 日本の出版社は、自分たちで作った殻に閉じこもって仕事をしているようで、海外出版とか、電子メディアや映像メディアなど、コンテンツの多元的利用の時代環境を理解しようとしない。日本の出版社に働く心ある出版人よ、ぜひ、連絡をくれ!(と、大昔から叫び回っているのに)(笑)

 8月31日の「アフターインターネット会議」には、バーティカルのスタッフも参加します。

▼尚、バーティカルの本は日本のアマゾンでも購入出来ます。


Kejiro Haitani, Kenjiro Haitani, Paul Sminkey / Vertical Inc(2005/12/30)
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清田義昭さん

 出版ニュース社に行ってきた。社長の清田義昭さんは出版業界の重鎮である。オンブックの販売を担当している中村が大学の同窓会関係で清田さんと出会って、僕の名前が出たのがきっかけだ。清田さんは、25年前、実に四半世紀前に出会っている。当時、僕は「ポンプ」という投稿雑誌の編集長で、清田さんの企画プロデュースでNHKが若者雑誌の番組を作った時に、僕を選んでくれてNHKで放送された。80年前後は、結構テレビに呼ばれることがあったが、テープも何も残してないので見ることは出来ない。誰か持ってたらください(笑)。

 清田さんは、雰囲気が25年前と同じだった。オンブックがやろうとしてることを、ひとわたり説明すると、昔のように、やさしくうなづいてくれた。確か、25年前にも「出版ニュース」に何か原稿を書かせてもらったことがあったと思うが、今度、書かせてもらうことになった。そういえば「ポンプ」という雑誌の意味を出版業界向けに宣言として書かせてもらったのは「新文化」だったが、それから25年して「オンブック」の宣言を書かせてもらったのも「新文化」だった。何か時代は回って、同じスタートラインに着いた気持ちだ。

平井雷太くん

 弟子である高橋朗にぶつぶつと小言を言いながら(笑)駒込の六義園を散歩してきた。子どもの頃に来た記憶があるけど、ものすごい公園だね、ここは。江戸時代の豊かさというのは何だったのだろうと思う。

 駒込に行ったのは平井雷太くんのセルフラーニング研究所があるからだ。行くのは2回目、平井くんと会うのは3度目なんだけど、なんだか、すっかり兄弟分だ(笑)。平井くんが30年間「セルフラーニング」というテーマで実践的に思考してきたことと、僕が「参加型メディア」というテーマで実践的に思考してきたことは、同じだったということだね。平井くんが「なんだ、おまえ」という位に、僕の書いてることと彼の書いてることは、中身が同じなのだ。本質的なことを探れば共通の所に至り着くのは当たり前か。参加型メディアというのはセルフラーニングのことであり、セルフラーニングは参加型メディアがあって実は成立する。

 当日は、平井くんは子どもたちの指導やってたので、スタッフの方と打ち合わせをしてきたが、特に打ち合わせをする必要もないだろう(笑)。平井くんの著作をオンブックでまとめて、「アフターインターネット会議」の2回目のテーマは「教育」にする。

 平井くんを紹介してくれたのは田口ランディなんだが、実は、彼とは10数年前に一度、会ってる。そんときは、変な奴がいるな、くらいの感じでしかなかったが。90年代のはじめに、仙台で「スピリットプレイス仙台」という、めちゃくちゃスピリチュアルな世界会議があって、僕はエコビジネスという分科会のスピーカーとして呼ばれた。仙台のカタツムリ社の加藤哲夫くんがプロデュースしたもので、それ以後、あそこまでの会議はないのではないか。加藤くんは、大昔、ポンプの投稿者であり、その縁がある。現在はNPO協会などで活躍している。分科会の僕の隣にいたのが大谷ゆみこさんで、今ではマクロビォティックな料理家としてはカリスマ的に有名になったし、世界穀物会議などの活動で世界中に活動の幅を拡げている。仙台会議の後に、僕のところに「未来食」の原稿を持ってきて何とかして欲しいと相談があった。未来食は「まずい・きたない」のエコフードを「おいしくて・きれい」なものにしようとする、今でいうロハスですが、そういうものの先駆けのコンセプトであった。出版社にあたったが、どこも、内容を相当いじられそうだったので、僕は当時まだあった鈴木書店という取次店に頼んで取次口座をもらい、メタブレーンという出版社を作った。「未来食」を出すために出版社を作ってしまったのです。その後、メタブレーンは太田さんという最も信頼している仲間の一人に押しつけて(笑)大谷さんの本を出し続けてもらっている。ちなみに「未来食」のDTPを大変苦労して僕と一緒に作り上げたのは、今は作家の山下卓である。奇妙な人脈が集まる時代だった。

 それで、大谷さんの未来食のプライベートなパーティが目白であって、そこで紹介されたのが平井雷太くんである。最も、彼は、その時に会ったことをすっかり忘れていたが。単なる小出版社の編集者と思ったのだろう。

 ということで、僕は、今も昔も、時代の新しい可能性に出会うことが多い。そして今は「オンブック」があるから、スムースに新しい可能性を社会化出来るはずである。

 平井・橘川のコラボレーションを楽しみにしてください。

2006年08月21日

『天使のメッセージ もう生きてるのに』室井忠道さん

 銀座にある室井忠道さんの事務所に行ってきた。室井さんは、戦後の消費者金融の創生期から金融業界にかかわっていた人で、その軌跡は近刊の「金が人と街を駆け抜けた―金融業界、一匹狼の足跡 」(現代書館) に詳しい。JAZZの呼び屋からはじまり、銀座で金融業を営みつつ、70年代には佐藤忠男さんの「映画評論」のオーナーにもなった。お金についての、素晴らしいところも汚いところも知り尽くした立場から、子どもたちに「お金」の本当の姿を伝えたいと、「おかね教育」についての本を岩波書店晶文社でも出している。「にっぽんお金ばなし」という紙芝居まで制作して、ボランティアの人たちが保育園などで上演している。

 オンブックからは『天使のメッセージ もう生きてるのに』を発行しているので、ぜひ読んで欲しい。胎児、少年の眼から見た大人の世界を描いたファンタジーです。不思議な本なので、いくつかの出版社経由で、オンブックに辿り着いた企画だ。ときどき銀座で35年やっているという室井さんの事務所に行くのだが、面白い情報や体験をまだまだ、たくさん持っている人だと思う。今後も、付き合いの中から、新しい企画を考えていきたい。


田口ランディ

●田口ランディからメール。ブログを再開したとのこと。田口さん(ランディ以前)とは1980年代からの付き合い。1990年に僕が「一応族の反乱」(日経新聞社)という単行本を出した時に、出版パーティの発起人に入ってくれた。もっともその時の出版パーティは、発起人が80人、参加者が800人ぐらいと、とんでもないパーティだったが。UPUという会社があって僕にとっては家族の一員みたいな会社だった。広本公朗が取締役をやっていて、一番仲がよく、いつも叱っていたという(笑)関係だ。広本と一緒にメタブレーンを作った。パーティの参加者800名は、橘川と広本の人脈を合わせて集めたものだった。田口さんは、最初に入った会社がUPUで、広本の部下となった。毎年、年賀状をもらっていたのだが、ある年に年賀状にメールアドレスが書いてあったので「おっ、通信やるのか。だったら、今度僕がニフティでシスオペやるから遊びにおいで」と、始めたばかりのFMEDIAというフォーラムにまきこみ、勝手にサブシスに任命してしまった。そこで、書き始めたら、ダイヤモンドの土江くんの目にとまり、出版活動を開始。そのあとの活躍はご承知の通り、すさまじいものがある。僕の個人的な誇りは、有名人の友だちがいることではなく、有名になる前の有名人と友だちだったということだ。お互い利害関係もなく付き合えるからね。編集者の喜びというのは、そこに尽きるね。今も、無名の若い人たちとの付き合いが一番楽しい。

 ランディは、オンブックへ、いろんなライターや面白い人を紹介してくれる。とにかくよく動き回る女なので(笑)人脈も半端ではない。ランディ経由でオンブックからスタートする人たちも、これから出てくるだろう。

2006年08月18日

林雄二郎さん

 古本屋で「高度選択社会」(林雄二郎・著/講談社現代文庫/1970年発行)を見つけた。僕が「情報化社会」(林雄二郎・著/講談社現代文庫/1969年発行)を読んだのは、まだ僕が20代で「ポンプ」の編集長をやっていた頃だ。本に感動するというのは、自分が想像もつかないことを語ってくれるのではなく、自分が格闘している得体の知れない概念を、きれいに言葉にしてくれる時だ。まさに「情報化社会」は僕にとって、その本だった。当時、林さんはトヨタ財団の専務理事として、企業のフィランソロピー活動を実践していたのだが、長い手紙を書いた。それは暗闇の中で、同じ灯火を点けようとしている先達への感謝の気持ちと興奮からである。すぐに秘書の方から電話があり、新宿西口のトヨタ財団で会った。江戸っ子の気っ風の良さと品格が溢れた人だった。僕が「企画書」という単行本を初めて出した時に、推薦の言葉をもらった。

 「高度選択社会」は、副題に「マルチ・チャンネル・ソサエティ」とある。まえがきには、こうある。「私は、最近さかんに唱えられている情報化ということについて、あるひとつの疑念を持ちつづけてきました。というのは、世間でいう情報化はコンピュータの普及、つまりコンピュータリゼーションとしてイメージされています。これでは情報化が進めば進むほど、ゆとりのない、ぎしぎしとした社会になるように見えるのも当然です。しかし情報化が本当にめざすものが、このような社会なのだろうかという疑念です。私にはどうもこれは全然逆ではないかと思われてならないのです」。これが1970年に語られた言葉であることに驚く。林さんは「情報化社会」という言葉そのものを作った人でもあるのだ。まだ、日本社会に、コンピュータと呼ばれるものが5000台程度しかなかった時に、本書では「マイコンピュータ」という概念が語られ、しかもこれらが電話を通して情報処理される姿を具体的に説明している。

 本文には、こんなことが書いてある。「社会が多様化してくるということは、当然ニーズが多様化することである。このことは、社会的機能の弾力性がますます大きくならなければならないことを意味する。つまり、状況の変化と人間の欲求に応じて、いろいろ選択できる機能が、社会にソフトにセットされていなければならないのである」。まさに、オンブックは、こうした意識と認識でもって活動している。

 朝になって、高揚した気分のまま林さんの自宅に電話した。相変わらず気さくな声が聞こえた。フィランソロピー協会の方で会う約束をした。嬉しい約束した後は、気分がゆるむね。(橘川幸夫)

2006年08月17日

『あなたにとって「生きる」って何ですか?』(永井翔・著)

オンブックで発行した『あなたにとって「生きる」って何ですか?』(永井翔・著)は、オンブックの可能性の一端を示す本だと思います。大学生の永井くんが、同世代の男女40人くらいに、書名の質問をぶつけ、インタビューし、写真を撮り、InDesignでDTPを行って発行した。タイトルづけも校正も、全部自分一人でやったのです。

こんなインタビュー記事が出てたので、読んでもらうと、永井くんの雰囲気が分かるでしょう。

内容的にも発行スタイルにしても、僕からすると現状ではベストのオンデマンド本だと思う。本としての完成度よりも、今の自分に出来る最大の努力で作られた本だからだ。こうした動きが若い世代で始まってくれると、もっと楽しくなるんですがね。

2006年08月12日

神保町あたり



●土曜日は午前中に洗濯して、午後は近くの平和通り商店街に買い物に行ってこよう。昼飯は、たこ焼きを焼いて、ダシで食べる。明石焼きだな。明石で食べた、朝取れのタコで食べた明石焼きにはかなわないが(当たり前か)、たこ焼きは何度も作ってると、それなりにおいしくなる。


●昨日の金曜日は、午前中にヌースフィアの布施くんが来て、もろもろ情報交換。その後、布施の紹介で、「ロジクロス・コミュニケーション」の吉村くんが来社。物流のエキスパートが新しい物流コンサル会社を作ったらしい。僕は専門家ではないが、ロジスティスックというのは、これからは単なる合理化だけを押し進めても日本そのものが沈没してしまうから、付加価値を加えるコンサルをしてくれ、というような話をした。3人で学芸大学の美登里寿司でジャンボ握りを食べる。


●そのあと、デメ研・亀田くんらが来て、文科省「新教育システム開発プログラム」の事務局会議。「採択一覧」の中の12番目「オンデマンド型教育コンテンツ・プラットホーム」の実施(学校による教育プログラムの選択導入システム)という提案が採択された。橘川が目指すのは、出版だけではなく、世の中全体が「オンデマンド型社会」に移行するということだ。関心ある教育関係者は「こちら」も。


●そういえば、林雄二郎さんは「高度選択化社会」とかつて呼んでいたっけ。何だか急にあいたくて電話してみたが、いなかった。


●夕方になって、「ああ、今日は金曜日だ」と思いだし、神保町へ向かう。古書会館でだいたい毎週、金曜日と土曜日に古書展をやっているのだ。僕は中学生の頃から神保町が好きで、よく通っていた。高校生の頃は山岳部だったので、山の本を探しに行った。帰りに人生劇場でパチンコやったり、JAZZ喫茶の「響」で何もない時間を過ごすのが楽しみで。大学の頃は、マンガ評論家を目指していたので(笑)古いマンガ雑誌を買って、自分でバラして、好きな作家ごとにファイリングしてたりした。ウニタ書舗でみつけたロックのミニコミ雑誌がきっかけで、渋谷陽一と出会い、ロッキングオン創刊につながるのだ。


●しかし、今週は古書展はやってなかった。仕方ないので、古書街をふらつく。料理の古書で探しているものがあったのだが、見つからない。オンブックで近刊予定の「食道楽」は、僕が以前に購入していたものを亀田君に渡して現代語訳にしてもらった。明治時代に報知新聞で連載されたグルメ小説だ。明治・大正の文豪の本は、青空文庫でも岩波文庫でも(笑)読めるが、実用書や一般書は古本しかない。例えば、関東大震災の時に大儲けをした男の自慢話があったりするのだ。現在、株式の本はたくさん出ているけど、実際、金儲けの格言などは江戸・明治の米相場のノウハウなのである。「夕焼け文庫」は、そうした先人の知恵を現代語に置き換えて提供しようと思っている。


●以前、古本屋の書棚にあった本がなかったので、ワゴンにある本を買う。木村敏の「人と人との間」と湯浅明の「ネズミ人間の誕生」である。本というのは、個人で読むなら、やはり自分より年長の人のを読みたい。僕が、いわゆるベストセラーを読まないのは、若い女の子が古着に走るのと似ていると思う。おしゃれな子は、自分が気に入って着ているものを、友だちでなくても、すれ違った他人ですら、同じものを着ていると何か敗北感に近い気分になるのだろう。古着は、同じものがほとんどないから、そういう心配をしなくてよい。僕は、物書きだから、誰もが読んでいるものを読んでいては、解説者としては良いかも知れないが、表現者としては、つまらんと思う。オンブックは、小規模発行の書籍を多品種発行するためのソリューションである。そのことによって、もしかしたら、単一の価値観で騒ぎたてる社会の構造を変えられるかも、などというのは妄想ですが(笑)


●古書展がやってないので、時間の見積もりが狂ってしまい、そういう時は、近くの友人に電話をする。僕はだいたい都内であれば、そういう時に電話出来る友人を各所に持っている。神保町であれば、遊びに行く会社はたくさんある。「FACTA」編集部は古書会館のすぐそばだから、阿部重夫編集長の所に行ってみるかと思ったが、阿部ブログの状況では、とてつもなく忙しい時期だろう。お盆とか正月は印刷屋さんが長期ストップするので、雑誌編集部は進行管理が大変なのだ。阿部重夫オンブック第一著作「有らざらん 壱」はオンブックらしらぬ重厚な装丁になりそうだ。でまぁ、ここは、日販だろう。日販の新規事業開発課の柴田課長に電話して、三省堂の喫茶室で談話。恐らく日本の本読みの中では、量・質とも最大級の読書家だろう。取次にいるのだから、本の情報も最大級なんだから(笑)。フリーペーパーがらみの話と、検定についての打ち合わせ、その他、もろもろ怪しい話を。


●神保町から南北線で目黒へ出て、バスで帰宅。東京は地下鉄網がますます拡がっていく。70年代のロッキングオンに「地下鉄とは水平のエレベーターだ」と書いたことを思い出した。最近、昔のコトを思い出すことが多くなった。少し衰弱しているのかも知れない。

2006年08月11日

人と郵便物



●毎週、木曜日はオンブックの会議である。現在の運営体制は、全体管理の橘川、営業の中村、編集の市川、制作管理の小林、サイト管理のトモ、デザインの北川という最少スタッフで運営している。普段はそれぞれパラバラに活動しているので、毎週一回だけ全体会議を行って、進行調整をする。日常的にはすべてメールでの連絡・報告となる。外部との打ち合わせなども、なるべく木曜日に来てもらうことにしている。


●来客は、エクスパダイトの河原さん。書店営業用のFAX送信を依頼。オンブックはオンデマンド出版だけではなくて、書店向け小ロット出版も開始したので、営業体制が必要になっている。現在、中村とフリーの書店営業マンである宮寺とで書店回りを行っているが、全国は無理なのでFAXを活用することにした。


●夕方、若くて面白い連中がやってきた。「NPOコトバノアトリエ」の山本繁くん。「ライトノベルス作法研究所」のうっぴーくん、たち。新しい書き手がわさわさと集まっている感じ。オンブックとのかかわりあい方を議論する。


●郵便で三つのものが送られてきた。一つは「@ニフティデイリーポータルZの名場面集トランプ」である。林雄司くんが送ってくれた。「Webやぎの目」は、もう10年経つのだな。林くんは1996年に「東京トイレマップ」でインターネットに登場した。彼は緊張するとトイレにいきたくなるという体質があって、必要に迫られて作ったものだ。インターネットの初期にリンク集などを作ると、必ず「面白サイト」などの項目で使われたものだ。林くんは当時、富士通のデータベース会社であるジーサーチにいて、僕は、ジーサーチのコンテンツ作りを依頼されていて、打ち合わせに行ったら担当者が林くんだった。「ああ、トイレの」と言ったら照れてた。昔、ロッキングオンでも「東京トイレガイド」という本を出したことがある。その時は、ダイエーのどこかのトイレが最悪と書いて、それを読んだ中内功さんが激怒して店長が左遷されたという噂があった。何年か一緒に仕事をしていて、彼はそのうちニフティに移って、「死ぬかと思った」を出版して大ベストセラーとなった。2001年に僕が「21世紀企画書」(晶文社)という本を出して、出版パーティを大阪でやった。平日の金曜日にもかかわらず東京から200人ばかり参加して、総勢500人という派手なパーティをしたが、アフター企画で「林雄司と深水英一郎のトークライブ」という企画を実施した。橘川の出版パーティなのに、田口ランディがサイン会やってるというハチャメチャなイベントで楽しかった。

●それで、林くんが送ってくれたのが「トランプ」。変な写真を集めて作ったトランプ。いいねぇ、何が何だか分からなくて。トランプも素敵だが、トランプを作るためのプロセスが楽しそうで、それを伝えることが出来るのが林くんの才能だと思う。最近、全然会ってないので、久しぶりに会いたくなった。



●宅急便でドカンと送られてきたのが、「ビッグイシュー」。ホームレスが街頭で売っている雑誌だ。ビッグイシューとオンブックの共同で、新しい出版コンテストの企画を進めている。代表の佐野さんに、8月31日の「アフターインターネット会議」でビッグイシューを配りたいと連絡したら、すぐに送ってくれた。当日はスタッフの人も来るので、説明コーナーを作るつもり。ビッグイシューはイギリスで始まった、ホームレスに仕事を作る運動なのだが、日本ではホームレスは負け組であり子どもたちが殺意を向けるような存在なので、社会的に受け入れられているとは思えない。僕は純粋にメディアの制作・流通のあり方として新しい試みであると思ってアプローチした。新しい出版コンテストのテーマは「ヤングライフクライシス」。若者たちの精神的危機と社会構造的な危機(若者失業など)をテーマにした論文・創作を集めたいというものだ。なかなか支援してくれる企業がいないので、関心のある企業、代理店の方は、ぜひご連絡ください。

●雑誌と一緒にTシャツも送られてきた。ホームレス販売員が来ているものだ。オーガニックコットンのかっこいいものだ。



●あとは「ライトノベルを書く」(小学館)の本が送られてきた。小学館が「ガガガ文庫」という新しいシリーズを開始するのだが、それのお披露目みたいなものだろう。本書で山下卓がインタビュー受けてるが、やたらと僕の名前が出てくるので、読者は何のことかなと思うだろう。「橘川幸夫」で検索する人が増えるかも知れない(笑)。


2006年08月10日

三丁目図書館スタート!



携帯コンテンツ配信「三丁目図書館」がスタートしました。とりあえずauでのサービスになりますが、9月には、ドコモ、ソフトバンクでもスタートします。オンブックは単なるオンデマンド印刷ビジネスではなく、新しいコンテンツやオリジナルなコンテンツを時代に配信していくコンテンツ・データベース・システムです。オンデマンド出版でも行うし、携帯電話や電子ブックなど、新しいメディアにもコンテンツを提供していきます。

●「三丁目図書館」の特徴は、これまでの携帯配信コンテンツが既存の出版物を携帯用にカスタマイズしたものでしかなかったのに対して、電子メディア用にオリジナルに発掘・募集したコンテンツを提供し、その上で評価の高かったコンテンツについては、オンブックで書籍化しようとする試みです。9月には、「ケータイ文学賞」という、コンテストを開催します。

●パソコン文化に染まりすぎた人にはピンとこないかも知れませんが、携帯電話の世界は凄いことになっています。月間10億PVというコミュニティサイトが、携帯電話の中ではいくつもあります。ヤフーより巨大なのです。しかも、これらのサイトは、パソコンでは検索出来ないものが大半です。世代も10代、20代が中心なので、とんでもないパワーがあります。パソコン文化のコンテンツがどちらかというと「社会的」であるのに対して、携帯文化のコンテンツは「極私的」です。「情報」ではなく「なまなましい人間」が見える世界です。検索で一気に目的の情報に辿り着く、というパソコン文化とは違って、一つ一つのコンテンツを辿りながら、面白いコンテンツに辿り着くという、ヤフー以前のパソコン通信の世界が、携帯文化の中にあります。だから、驚くべきPVになるのだと思います。

●現在のオンブックのコンテンツは、どちらかというと正統派(ほんまか?)のコンテンツが集まってきていますが、携帯経由で集まってくるコンテンツは、かなり質が変わってくると思います。ホルモン系のパワフルなコンテンツがあふれてくることを期待しています。なんでもありのオンブックを目指しているので、いろいろなトーンがあった方が面白いでしょう。

●「三丁目図書館」は、ソニーピクチャーズエンターティメント(SPEJ)との提携で運営しています。SPEJはソニーグループの映画会社ですが、携帯コンテンツのビジネスを2年前から開始しています。僕をSPEJにつなげたのは、内田勝さんです。僕らの世代で出版をかじった人間にとって、憧れの編集者というと、マガジンハウスの木滑良介さんと講談社の内田勝さんです。木滑さんは、「ポパイ」「ブルータス」などを創刊した人で、内田さんは1970年に「少年マガジン」を100万部にした人であり、梶原一騎から永井豪、ジョージ秋山など、日本のマンガ界の骨格となる人材を発掘し育てた人である。内田さんは、70年代の後半に「ホットドッグプレス」を創刊するのだが、その時の事前ヒアリングで僕に声がかかった。「HDP」が創刊された時、業界新聞である「文化通信」の巻頭で、内田勝・橘川幸夫の対談が行われたりした。それ以来、折に触れ交流させてもらっていた。内田さんは、講談社を退社して、ソニーでアニマックスの立ち上げを行い、加盟世帯が500万という驚異的なアニメチャンネルを実現した。その時のソニー側の担当者が、今回、SPEJで携帯コンテンツ・ビジネスの言い出しっぺであり責任者の福田淳さんである。

●などなどという強力なバックボーン(笑)で「三丁目図書館」はスタートした。昨日は、SPEJの福田さんと足立くんと一緒に、飯田橋のパブリッシングリンクにて打ち合わせをしてきました。今後の展開に期待して欲しい。

●帰り道、台風一過の夕焼けがとても綺麗だったので、代官山で途中下車して、西郷山公園で空を見てきた。時には情動の趣くままに途中下車することも必要なのだろう。



▼「三丁目図書館」ライター募集頁

▼三丁目図書館スタート!



2006年08月09日

戦後社会の記憶叢書

●素晴らしい原稿が届いた。ある企業の商品設計を戦後一貫してやってこられた方の、コンセプト・ノートだ。戦後社会を築いた人たちは、どの業界にも、どの世界にも、こうした素晴らしい人たちが思考を磨き上げてきたのだと思う。もうリタイアされているようだ。本人から送られてきたのではなく、この方と関係のある方がコピーをしてあったのを見せてもらったのだ。ぜひ、オンブックで出したいと思うので、これから交渉に入ろうと思う。

●オンブックを始めたきっかけの一つに「リットン報告書」がある。満州事変について当時の国際連盟が調査した報告書だ。社会の教科書に出てくるから、名前だけは知ってると思うが、実物を見た人はいないだろう。この実物と戦前の日本の外務省が内訳した文書を、ある人が入手して、出版の相談に来たのだ。これは、市販の書籍にはならないが、資料としては貴重なものだから、オンデマンド印刷を調べてみます、と言って調べ直したのが、オンブックのスタートとなったのである。この資料は、オンブックでは出さないことになったが、こうした貴重な資料は山のようにあると思う。特に、アメリカはあらゆる事件を緻密な報告書として分析・記録している。イラク戦争のアメリカの報告書を読みたいと思わないか。

●歴史的な公文書だけではなく、僕は、戦後企業のキーマンたちの思索ノートみたいなものが、たくさんあると思っている。単なる自己満足の自分史ではなく、戦後史の証言としての自伝や記録文書の保存は、僕たちが戦後社会を本当に超えるためにも必要なのだ。欧米には自叙伝の文化がある。歴史的な政策に関わったりした人は、リタイアすると個人の立場で見たこと感じたことを報告するのである。日本人は「墓まで持っていく」ことが多すぎる。封建的な村社会であれば、そうした「墓に持っていった記憶」も、なぜか次世代の人たちに思いとして伝わったのかも知れないが、都市化された情報化社会の中では、個人の記憶も外部化したメディアとして残していかなければならない。

●インターネットは空間を超えるメディアであるが、書籍は時間を超えるメディアである。
生きている現在を歴史の未来へ届けることが出来る。「戦後社会の記憶叢書」をやっていきたい。

昨日の打ち合わせ



1.松下電器の中崎さんがいらした。松下電器とはインターネットが始まる時に、Hi−Hoの立ち上げを手伝ったり、ソリューションを提供したり、社員研修セミナーをやらせてもらったりと、お世話になってる。中崎さんとも古い付き合いだが、携帯コンテンツのテーマで、いろいろ楽しい企画会議を行いました。


2.株式会社ブリッジオンラインを立ち上げた新井さんがいらした。新井さんは、もともと三井不動産のプロバイダーをやってて、その後、ライブドアにシステムごと売られた(笑)。そこを辞めて、リプライオリティに移った。僕と会ったのは、三井不動産の紹介でリプライオリティ時代だ。書店に対する全く新しい流通事業のアプローチをしていたので関心を持った。リプライオリティはサイバーエージェントとアメーバーブックスの流通を始めたが、どうもうまくいかなくて、流通は幻冬社に移った。アメーバーの編集長は、作家の山川健一くんで、新井さんの紹介で、山川くんと25年ぶりぐらいの再会が出来た。今度、新井さんが、新しい事業を開始したので、相談に来た。いくつかアドバイスをした。事業も雑誌も、創刊前夜が一番楽しい(笑)


3.わずか1年の間に15冊以上の新刊を発行した高橋朗が、打ち合わせにきた。高橋は、僕の「やきそばパンの逆襲」を読んで、「これならオレのが売れるの書ける」と思って、いきなり原稿書いて僕の所に持ってきた。今や書店にコーナーが出来るほどの有名人になった。今回はコスメ関係の企画なんだけど、一緒に考えている。


4.さすがに、このペースで濃い人たち(笑)と会ってると疲れてきたので、近くの鷹番の湯に行って、少し休憩してきた。


5.夜、「メタブログ・ブロジェクト」のメンバーと会合。僕の中では「メタブログ」が僕の考えてきたこと、やってきたことのピュアなスタイルでの集大成である。編集能力と処理システムを融合させるということがどういうことであるのか、ということを示してみようと思う。プロジェクトのメンバーはフレンドリーの後藤くん、5期生の橋本くんである。橋本くんが、デザインイメージを持って来てくれた。橘川は、相変わらず、出来上がりつつあるシステムに、また別のアイデアを膨らませてしまうので、押さえ気味に。メタブログの概要については、8月31日のセミナーで少し説明します。セミナーの方は、今、60人ほどの参加表明が来ているけど、これから「新文化」などに案内が出る予定なので、100名は超えると思う。

▼8月31日セミナー案内頁



6.プロジェクトメンバーとカミさんと、近くのお好み焼き屋へ行く。たこ焼きを自分で焼かせてくれる店はないものか。

2006年08月08日

オンブック8月の新刊

オンブックの新刊が3冊発行されました。いずれもオンブックならではの自信作です。



1.『夕焼け文庫1』橘川幸夫・編
 僕がオンブックを始めたのは、インターネットが単なるデータを持ち寄る次元から、表現を持ち寄る次元へ移行するべきだと思ったからです。「夕焼け文庫」とは、もちろん「青空文庫」のアナロジーです。
 夕焼け文庫の「呼びかけ」に、多くの人が作品を送ってくれました。第一冊目は厳選して以下の作品を収録しました。

『檸檬』梶井基次郎 佐々木あや
『神楽坂の半襟』水野仙子 中川キリコ
『外科室』泉鏡花 藤木リカ
『舞姫』森鴎外 高橋朗
『悪魔の舌』村山槐多 松田一理
『蒲団』田山花袋 坂越賢太
『金魚繚乱』岡本かの子 すぎ山美彩

 原作は、いずれも近代日本の名作であるが、これらの本を単なる鑑賞するだけではなく、新たな表現素材として楽しもうという試みである。「檸檬」は、女子高生がガラス玉をなめる話になったり、「舞姫」は舞台が明治のヨーロッパならぬ宇宙ステーションになったりしている。いずれも原作を愛し、大きな影響を受けた著者による翻案となっている。

 音楽の世界は「カバーバージョン」が当たりまえなのに、なんで文学はそうならないのか、と思っていた。夕焼け文庫の著者の中から、将来の文豪が生まれてくることを期待している。

 また、若い世代は、明治時代の文章を楽しむなんてことは不可能だと思うから、現代語された本書から、日本近代の深淵を覗いて欲しいと思う。

 なお、シリーズは続くので、原稿を書いた人はオンブック・橘川まで連絡ください。



2.『大アジア思想活劇』佐藤哲朗
 著者の佐藤くんとは、「review-japan」のスタッフとして長年付き合ってきた。清涼感のある人物で、表面の静けさの中に秘めたエネルギーを感じていた。その彼が、膨大な量の作品を持ってきた。これが、もの凄い作品なのである。仏教というと、日本に古来からなじんでいるように見えて、そうではない。他のアジア諸国の仏教国と比べたら、とても「日本は仏教国」とは言えないだろう。実は仏教は明治の近代開花とともに、急速に日本に入り、日本を世界につなげる「窓」になったのだ、と著者は言う。
 本書は、日本近代における仏教の役割と意味を、野口復堂という明治の講釈師の人生を調査研究することによって捉えようとする、一大スペクタルである。こうしたパワフルな書籍をオンブックで出せることは、喜ばしいことであると同時に、大きな可能性を感じさせてもらった。


3.『お年寄りが教えてくれる人生にとっていちばん大切なこと』仲田妙子
 著者は関西で、介護福祉NPOを運営している。インターネット上でオンブックを知り、連絡をいただいた。
 日常の活動で撮影された、お年寄りたちの写真が素晴らしい。かわいいお婆ちゃん、歴史が刻まれたおじいちゃんのシワ。写真と短いテキストで構成された本書は、僕が目指す新しい書籍のスタイルでもあり、著者の今後の活動にも期待してしまう。

2006年08月06日

写真・環境・建築

1.テラウチマサト君
●原宿のQUESTで行われている、写真家テラウチマサトくんの写真展を見てきた。ニューヨーク、女優、屋久島という、つながりのない風景が、テラウチ君の中で一つにつながっている。彼には、以前、オリコのカードデサイン・コンテストで5年ぐらい審査員を頼んだことがあったのだが、着実に進化していくカメラマンである。彼が主宰している雑誌PHat PHOTOと協力して、新しい写真コンテストが出来ないか、検討中である。写真集はオンブックの可能性を広げる上でも大事なテーマなのだが、いかんせん、カラーのオンデマンド印刷のコストが高すぎる。スラーについては、プリンター技術の方が進んでいるので、プリンターを使ったオンデマンドの方式が出来ないか、探っている。CD−ROMのパッケージは、すでに目安がついているので、新しい写真集のスタイルを実現させたいものだ。



2.ヌースフィア
●長年の同志であるヌースフィアの布施くんから「サンタカフェ06」のイベント通知が来ていた。(テラウチくんは布施の紹介)。8月26日に上田壮一くんを呼んでトークライブをやるのだそうだ。布施からのメールを読むと、どうも、布施と上田くんが会ったことを覚えていないような気がしたので電話した。やはり覚えてない。上田くんは1995年くらい電通にいた。インターネットが始まった頃で、彼と今はインスパイアに行った中島くんが電通の中でインターネットが分かる数少ない社員だったのである。当時、僕は布施と組んで、有線放送CANの回線を借りて、「おしゃべり放送局」という、今思っても画期的な放送局を、小川町の倉庫を借りてやっていたのだ。毎日、いろんな人が来て勝手にDJ番組を作っていた。中島くんと上田くんが僕に会いたいというので、ここに呼んで、布施を紹介したことがある。
 上田くんは、その後に電通を辞めて「ガイア」の制作に関わることになる。 上田くんが編集ディレクションをやった『気候変動+2℃』(山本良一責任編集・Think the Earthプロジェクト編集 ダイヤモンド社)という本が出たので、今度、ヌースでトークライブをやることになったらしい。
 東京は広いけど世間は狭い(笑)。


.「ゼンカイ」ハウスがうまれたとき/王国社
●事務所に帰ってみると、1冊の本が送られていた。「ゼンカイハウス」とは建築家・宮本佳明くんが、神戸震災で全壊認定を受けた実家を全壊認定のまま鉄骨を串刺しにして補強し、そのまま住める空間として残した、というものです。宮本くんは東大建築家の学生の頃からの知り合いで、僕の家を設計してくれた人です。なによりもコンセプトを大事にする人で、もう何年も会ってないが、今度、東京に来た時に会ってみよう。

なんだろう、今日、思い浮かべた人とは、すべてオンブックの企画と直接、結びつく(笑)。みんなでオンブックの可能性を広げてもらいたいものだ。


オンブック・ブログを開始します。

オンブックの活動を中心に出版業界にかかわる情報を発信していきます。

なお、橘川のブログは以下で同時進行していきます。
http://d.hatena.ne.jp/metakit/