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社長日記

1989年10月23日

ネットワークは、失われた「家」のリストラクチャリング。

標題=ネットワークは、失われた「家」のリストラクチャリング。
掲載媒体=日経トレンディ90/01月号
発行会社=日経ホーム出版
担当=福沢
執筆日=89/10/23
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 10年を一単位で時代を語ることは、多分60年代以後に生まれたのではないかと思うが、「時代」を歴史に対する意識的な方法論としてとらえるのだとすれば、それはそれなりに便宜性のある分類方法であると思う。ただし、私流に言うと、60年代といのは、1960年から69年までではなく、70年代というのは1970年から79年までではない。時代というのは、スイッチを切り替えるように変化するわけではなく、前の時代の方法論を継承しながら次の時代の方法論を探っていくものだと思われる。私にとって、60年代とは、1965年から1975年までの時代的方法論であり、70年代というのは、1975年から1985年までの期間であった。時代には「前編」と「後編」がある、というのが私の認識である。これは、時代に対する個人的な実感としてそう思うだけの話ではあるが。

 60年代というのは、それまでの歴史が築いた総体の上にたって、それを急激に最後まで突き抜けようとしたラジカルな方法論であり、それは思想の領域でも経済の領域でも同じであった。60年代の前半、人は純粋に走った。それが高度成長を生み、大量の物質を獲得したが、同じだけの精神を喪失した。60年代の後半は、いわば、後ろ向きの高度成長であり、60年代の方法論を信じながらも、その方法論の行き着く先も見てしまった。

 70年代というのは、その純粋なラジカリズムが完全にくたばったところからスタートした。経済的には、オイルショックがターニングポイントになる。私たちは、個人的な衝動やガンバリズムだけではなく、周辺の関係性を見わたしながら前進していくべきだ、という、いわば反省し整理するということを70年代という時代の方法論とした。70年代というのは、60年代の子どもじみた単純な方法論とは違い、ある意味では地味で辛い方法論であったので、人気がないが、私はこんなに重要な時代はないと思っている。

 ほのかな時代を通過すると80年代がやってきた。これは60年代と70年代の時代的経験を踏まえて、異質な領域に踏み込むことであった。60年代を「起」70年代を「承」とするならば、80年代は「転」である。1990年は、「転」の時代のピークにきたという認識がある。そうなると(私にとっては1995年から始まる)90年代はいよいよ「結」の時代であり、60年代に始まったものが大団円を迎えるということになる。80年代、よく「転」じたものだけが、「結」へと導かれていくのではないだろうか。

 私たちは時代の子どもとして、古い「家」(権威や概念)から起ち、そして、何もないところで、起った気持ちを確かめてきた。「転」とはいわば拡散であり、古い「家」に対する完全な放棄である。「結」は、転じたもの同士の再会であるかも知れないし、ネットワークの完成になるのかも知れない。起つことによって喪失したものの回復かも知れないし、ネットワークとは、失われた「家」のリストラクチャリングかも知れない。とまれ、エンディングの時間が迫ってきていることは確かだ。