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社長日記

1989年09月24日

マカロニグラタン

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標題=マカロニグラタン
掲載媒体=日経トレンディ89/12月号
発行会社=日経ホーム出版
担当=福沢
執筆日=89/09/24
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 私は1950年、新宿の下町に生まれた。今は地上げの嵐が吹き荒れて、小学校の同窓会も開けないようほどにコミュニティは霧散してしまったが、当時は長屋のような家並みと、ほのぼのとしたアナログな人間関係が息づいていた。
 小学生だった私に最初の衝撃を与えたのはTVである。TVの登場は、それまで地域のガキ大将グループの一員として遊んでいた私を、部屋の中に閉じ込めてしまった。それまでは学校から帰るとランドセルを投げ捨てて、外に遊びに行っていたのが、TVの前に釘づけになった。1軒づつTVが入ってくるのに比例して、子どもたちは路地裏や原っぱに出てはこなくなった。そして、ガキ大将グループは、私たちが前の世代から継承したバトンを次世代に渡すことなく、消滅した。

 もうひとつの衝撃が、近所に登場した出前専門の「洋食屋」である。そこは「マカロニグラタン」という、これまで味わったことのない質の味覚を、私に教えてくれた。風邪をひいて休んでいると、母が頼んでくれるこの料理を、それこそ最後の皿をなめまわすまで味わった。

 出前の洋食屋の衝撃は、新発見の味覚だけではなく、やがて家の食卓そのものも変えていく。それまで食事というものは、家中で同じものを分けあって食べるのが当然であった。ところが、出前だと、それぞれが「食べたいもの好きなものを選べる」という、新しい発想を導入してしまったのだ。いわゆる個食化の始まりである。

 私はTVとマカロニグラタンに「出会った」という体験を持っている。しかし、私より10才下の世代、つまり1960年以降に生まれた人間にとっては、TVもマカロニグラタンも、最初からアプリオリに目の前にあったものであろう。それは「出会い」ではなく「常識」なんだろう。

 TVがなかったところにTVが現れた衝撃と、TVが白黒からカラー化したことの衝撃とは別のものであると思う。洗濯板の時代に電気洗濯機が登場したことは「新しい」が、電気洗濯機が渦巻き反転したり、フルオート化したりしても、そこから「新しさ」や「出会いの衝撃」を感じとることはできない。まして、デザインコンセプトが変わったとか配色のレパートリーが増えたということは、私たちが新鮮に新しいと感じることとは無縁のことである。

 そして、今は、もはや「出会いの衝撃」はありえない、と自覚しているところに私たちはいる。新しさを希求しながら、新しいものはないという絶望も感じている。

 10代の半ばごろ、新宿の小田急デパートの地下に日東紅茶のティールームが出来て、私は、ここで「ハンバーガー」なるものの虜になった。紅茶と焼き立てのハンバーガーは、食の幸福感を満たしてくれた。今は、システムになったファーストフードが全盛で、確かに量的には、ハンバーガーが溢れているが、幸福な気持ちにはとてもなれない。まるでガソリンスンドで給油するように食が消費されていくだけだ。そして表面的な「新しさ」だけを追及した結果、「すきやきバーガー」だとか「中華味バーガー」だとか、ほとんど世紀末である。

 グルメブームもまた「多機能電気洗濯機」と同じである。情報のバリエーションは増えたけど、本当の「おいしさ」と出会う体験はますますなくなってきている。さて、あと10年のうちに私たちは「新しい出会いの衝撃」を与える商品と出会うことが出きるのだろうか? まずは、これまでの方法論が行きつくところまで行かないと、誰も本気になって考えようとはしないのだろうな。

1989年09月01日

消費社会における企業と音楽の関係論89

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標題=消費社会における企業と音楽の関係論89
掲載媒体=宣伝会議9月号
発行会社=宣伝会議
発行日=1989年9月1日
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「凝縮」から「ライブ」へ。深夜がTV方法論を変えた

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標題=「凝縮」から「ライブ」へ。深夜がTV方法論を変えた
シリーズ名=VIEW POINT
掲載媒体=日経トレンディ 9月号
発行会社=日経ホーム出版
発行日=1989年9月1日
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