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社長日記

1989年01月17日

カウチポテト族とは何だ?

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標題=カウチポテト族とは何だ?
掲載媒体=IS
発行会社=東芝
担当=松岡(NEXT)
執筆日=89/01/17
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 引っ越しを機会に、長年見慣れた16インチの画面から29インチの大型TVに変えた時、あるショックを受けた。画面が大きいというよりも、そこに映っている人間の顔が、むしろ「等身大」に感じられれたからである。それまでTVとは「電気紙芝居」であり、それは小さな箱の中で小さな人間がドラマを演じている魔法の空間であったはずなのに、大型TVの画面には、等身大の人間がリアリティのある生活をしているように感じられたのである。

 TVが情報や娯楽を引き出すだけの機械ではなく、やけに親しい隣人の生活を映しだす窓のような気がしてきた。そしてそれは見つづけていると、隣人ではなく自分自身の生活感そのもののような気さえしてくるのであった。カウチポテト族とは、単にチップスを食べて貸しビデオを見ているという表面的な現象ではなく、TVの画面の中に自分の生活感を見てしまった人たちのことなのではないだろうか。

 情報化社会とは情報を空気のように呼吸して生きる人たちの社会だ。そこでは膨大なデータベースから自分に必要なデータを瞬時に検索する能力も必要だが、日常のTV画面の中に他人事ではないリアリティを感じてしまうようなセンスと素質も必要なのだろう。TVの登場、カラー化の興奮、そして大型TVと、私たちは短い時間の中で大きな衝撃を次から次へと受けてきた。そして秒読みに入ったハイビジョンによる、更なる「画面のリアリティ化」は、ますますメディアの映像の中に、自分自身の生活のリアリティを感じる世代を登場させるだろう。

 白黒のTVが登場した時、それまで路地裏で遊んでいた子どもたちが一斉にいなくなり、各家庭のTVの前にくぎづけになった。これから、もっともっとTVの前にくぎづけになるだろう。私たちの未来はその画面の中にあるのかも知れない。