rssフィード


Movable Type 3.2-ja-2

社長日記

1984年12月01日

1975年の核爆発/841201

--------------------
1975年の核爆発/841201
--------------------
1975年の核爆発
(1984.12.01)
(『社会新報』1985.1.1号)

●時代が今どんな局面を迎えているのかという問いに対して、私たちは様々な回答を用意することが可能だという意味において、時代はますます多様化のテンポを速めている。このトレンドの進みゆく先を思えば容易に理解できるように、多様化とは「社会が個の側に向かって拡散していくこと」である。かつてのように「個が社会の中に収斂していく」ことが社会秩序であった時代とは180度逆さまの動きだ。商品社会も大衆芸能も市民政治も、すべての現行秩序は「個性の時代」を標榜し、「一人ひとりの個人」の価値を尊重するという。しかし、私たちが獲得しようとした「個人」は、かくも社会に「尊重」されうるものだったのか?

●私にとって80年代というのは、ある確信に近い感情をベースに生きている時代だ。この感情はまさに感情であって、ピンとない人には100万言費やそうとも伝わらない質のものかもしれない。それは、「1975年に核爆弾が自分の頭上で炸裂した」という認識である。この核爆弾は物理的には破壊しなかったけど、私たちを構成し支えてきたすべての要素(それは目には見えないものだったが確実に存在した)を徹底的に破壊してしまった。20年前、ある文学者が「戦後時代は崩壊したというよりも溶解した」というような言い方をしたと思うけど、「1975年の核爆発」は、溶解して骨だけになって路上にころがっていたものさえも跡形なく消去してしまった。それは、単に封建社会とか戦後社会とかいった歴史の過程状況を崩壊させたのではなく、私たちをして私たちあらしむ、人間の歴史を支える根幹的な原理そのものを無化してしまった。

●1985年、学校の中でも家庭の中でも都市の中でも電話の中でも……すべての風景の中で、崩壊の自覚と無自覚とが争っている。その争いだけが、おそらく私たちが本当の意味で「個人」になるための道だと思っている。「関係」や「教則」や「意義」や「価値」や「制度」や「規範」や「観念」や……人類を成立させてきた、それら意識は1975年に見事に崩壊した(なんか北斗神拳のケンシロウが「おまえはもう死んでいる」とつぶやく雰囲気だな、このいい方は)。現代選挙政治社会の中での保守と野党の争いは、実は争いでもなんでもなく、無自覚派の内部でのビジネスライクな生活様式にすぎない。崩壊の自覚が強烈すぎたゆえに自閉してしまった子どもに対して、その立場を外側から擁護する者はいても、その内実を共有しようとした<大人>は少なかったはずだ。

●私は「社会」は信じないが「時代」は信じる者です。「社会」は人間の勝手な思惑によって変容していくけど、プリミティブな時代の流れは、社会の枠組を超えて私たちのメディアを通して、あらゆるものが隅々まで静かに広がっていくと思っています。1985年は80年の折り返し点かもしれないが、1975年は人類の折り返し点かもしれないなぁと思ってみたりする。今日も崩壊の中で、トコトコと新しい関係を芽生えさせるための土作り。