recent entry

rssフィード


Movable Type 3.2-ja-2

社長日記

1981年08月05日

おりおりの変化

おりおりの変化
マネージメントガイド81年9月号 81-08-05

1.サラリーマンの勉強会

●企業から「人」がはみ出してくる。この10年間に、あっちこっちで「サラリーマンの勉強会」が盛んになってきた。組織の体系が強固に確立しつつある大企業からほど「人」がこぼれてくる。この動きはいったい、何を意味しているのだろうか? ある勉強会に参加してる人は、こんなことを言っていた。
「私のところみたく大きな企業になると、個人の仕事がどんどん細分化していって、専門的になる一方、まわりの人の仕事が見えなくなってくるんです。隣の席の人が、どんな問題を抱えているのか分からないんです。だから昼休みとか退社後なんかでも、同僚と仕事の話ができないんです。お互い分かんないから。すると当然、話題になるのは、競馬とか麻雀とか酒のことばかりで、知的じゃないんです。このままじゃ、ヤバイんじゃないかと思って、こういう勉強会に参加したんです」

●このままでは、会社の中に閉じこめられて、狭い視野しか持てない人間になってしまう……という危機感から、彼は、同じように、色々な会社から出てきた人とつながり、活発的な勉強会を運営している。ただし、会社からは、あまり好感はもたれていないようだ。まだまだ、今の日本の大企業組織者の頭は、っ個人の自発でフレキシブルな行動をする人よりも、酒とバクチなどの話にウツツを抜かしている人の方が使いやすいと考えているわけだから。

●いくつかの勉強会を見てみても、中心になっているのは、ほとんど30代の、いわゆる、「団塊の世代」というヤツである。考えてみれば、この世代は小学校の頃から、机が足りない、椅子が足りない、という環境で育てられたわけで、、当然、中・高・大という学生生活の中でも、旧来の学校システムそのものから、はみ出た部分がたくさんあった。他の世代との違いは、多分「はみ出ることに、それほどマイナー意識を感じない」ということではないか。実際、世の中に出ても、すんなり企業に入る人間も多かったけど、遠まわりしたり、自分たちで企業を起こした人間も多かったのである。世の中の活力というのは、旧世代の作った常識にあぐらをかいた者たちによってなされるのではなく、一歩はみ出したところで常識を覆すもの達によってなされるというのは、これジョーシキ。この間の話題で言えば、「ビニ本」も「ノーパン喫茶」も、それを動きとして作り出したのは、30代であります。企業〈内〉仕事が、ますますシステムとしてかんせいされてくるとき、おそらく、次に要求されてくるのは、旧来の常識から見れば、「なんやらわけのわからん」はみ出し者たちの発想なのではないだろうか。

2.ベンチャービジネスの問題点

●戦後の企業社会というのは、今、ある完成期に入っているのではないか。もはや、60年代のようながむしゃらな膨張のできない企業は、減量経営という内部の合理化を押しすすめている。機械の進歩がオフィス・コンピュータを生み、人的動力は、ますます省力化されていくであろう。ある人は「コンピュータ恐慌」という言葉を使った。オフコンはまだ導入期であり、取り扱いの不慣れ等から試行錯誤の段階のようだけど、これが本格的な活動を始めたら、大企業の大量解雇が始まる、と言うのだ。そういう情況がまず、ある。

●こういう大情況にたいして、個人の側からは、どう対応していくべきだろうか?まず考えられるのは、大企業の解雇を不当なものとして、コンピュータ打壊しなどによる、人間と機械の、仕事の奪い合いである。

●もひとつは、これまで企業組織の内部でやってきた大部分の仕事は、実は、本来は機械(またはシステム)がやれば良い仕事なのであるとして、自分はさっさか、人間の(・・・)やるべき仕事の方に立ち向かっていくことである。しがみつくか、ふっきれていくか、ここが思案のくれどころであります。

●「仕事」というものの意味と質が大きく変わりつつあると思います。組織の中で、上から与えられた仕事を機能的にこなしていくのが旧来の意味なら、これからは、ますます、仕事の質は、ひとりひとりの人間が意味付与していかなくてはならなくなるはずだ。

●スモール・ベンチャー・ビジネスの群が台頭してくる。大企業の個人同士が、会社が退けてから集まり、勉強会を開く等々の動きは、すでに、「仕事革命」が開始していることを確信させてくれる。後は、組織からはみ出してくる個人を、いかにネットワークで結び、効果的な情報流通システムを設置しうるか、である。

●ところで、私は70年代の初めに大学を出てしまったんだけど、そのころ、私の周辺の人間は、ほとんど、いわゆる「大企業」に入らず、落ちこぼれたわけです。ただし、そこには、「安定」を見るずっと以前に、私たちは、「大企業の安定性」なるものの不安定性を予感してたわけです。私は、友人と「ロッキング・オン社」という出版社をはじめた。あっちこっちで、落ちこぼれが集まって会社を作った。それから10年。頑張らなかったグループは潰れ、頑張ったグループは、いくつか優秀な企業に成長した。

●問題が起きている。これはベンチャー・ビジネスが抱える同質の問題になるだろう。今の日本社会を生きるための原則に従えば、スモール・ビジネスは、スモール・ビジネスのままで生きていくことはできず、頑張れば頑張るほど、結果的にビッグビジネスを目指すことになってしまうわけだ。
「TBS調査情報」の1981年6月号で、大阪の「プレイガイド・ジャーナル」の創設から現在までをよく知っている村上知彦が、現在の問題点を書いています。(「プレイガイド・ジャーナル」とは、通称「プガジャ」といって、東京では「ぴあ」や「シティロード」にあたる情報誌)。

●つまり、若者たちが集まって、新しい雑誌を作って、軌道にのったわけだけど、創刊期のスタッフと、できあがったシステムに途中で加入してきた若手との間に、大きなギャップが出てきた、ということらしい。10万部の雑誌にしてきた連中と、入った時から10万部であった連中との、意識の差は、これはどうしようもない。

●この問題は、最近、いろんなところできく。管理をいやがって、自分たちで会社を作った人間が、今度は、管理する立場にいつのまにかなっていて、とまどっている風景もある。創設期はがむしゃらに働いて、システムを作り上げてしまうと、今度は、がむしゃらにやらなくても、同じだけの金が入ってくるようになる。なにか、気の抜けたような、中だるみの状態が、ベンチャー・ビジネスの周辺に見られるようだ。

●6年前、新宿の夜の町は、60年代の熱気をそのまま世の中に持ちこもうとした連中の、がむしゃらに働いた後の、がむしゃらな酒宴が連日繰り返されていた。しかし、そういう連中の仕事がうまくいけばいくほど、熱気は覚めていった。

●ある知人たちが作った、ソフトウェアのベンチャー・ビジネスがあるんだけど、こんなことを言っていた。
「ぼくらは会社を作るんなら、既成の会社観とは違う、給与の面でも運営の面でも、新しいシステムを開発したかった。毎年1ヵ月かけて社員総会をしたりしてね。でも、最近、入ってくる若いのは、そんなの、メンドくさくてイヤダっていうんだ。普通の会社員みたく、ちゃんと働くから、それだけの給料をくれれば良い、って。なんか、世代の問題意識がつながっていかないんだ」

●ベンチャー・ビジネスが、単にビッグ・ビジネスの予備軍でしかないのか、それとも、そうではない、まったく新しい「会社組織」作り得るのか。ベンチャー・ビジネスは、単にグラフの成績だけを追尾せずに、なによりもまず、自分たち自身に対して「ベンチャー」でなくてはならないのではないか?困難な課題だ。

3.個性は多様化

●ものすごく巨大で根底的な変化が、私たちの内部でも外部でも起こっている。人類がこれまで経験したことのない事態への対応は、いったい何に学べばよいのだろうか。これまでの経験は、参考になりこそすれ、解決方法とはなり得ないのではないか。それほど、私たちの直面している事態は、新しい。

●個性の多様化、という言い方がある。世の中のさまざまな現象、動きに対して、これまでの評論家たちはどういう態度で接してきたか、というと、現象の外側から、現象に対して一定のワクを与えること、○×世代とか△□の動きとかいった「名前」のワクをあてはめることだった。世の中の動きが大雑把でスローモーな時代だったら、それでも良かったのかもしれない。しかしいま、「縄文時代」とくくるようなやりかたでもって、はたして「現代」をくくれるのだろうか?

●たとえば、20年くらい前だったら、子供たちの集団で「優等生」と「不良」の差は明白だった。ユートーセーは誰が見てもユートーセーであり、フリョーはフリョーであった。本人たちも、その辺の客観的価値観を自覚していたと思う。

●しかし、今や、そんなくくり方はできない。ユートーセーと大人たちが認めている子でも、大人たちの知らないところで、平然とフリョーである。今の子供たちは、誰も、ある局面ではユートーセーであり、別の場面ではものすごいフリョーである。そういう多面的にうごめいている人々を、言葉のワクに封じこめることはできない。価値観は拡散している。

●「ニュー・ファミリー」も「ニュー・ヤング」も、ことごとく言葉が先行して実態を見失ってしまったけど、問題は、世の中の(特に若い人たちの)方向が、どんどん既成のワクからはみだしていこうとしているときに、この世で一番頭のカタイと思われるマーケティング・イデオローグたちが、性懲りもなく旧来の「言葉」にこだわったからだ、と思う。「個性の多様化」という言い方は、間違っていないのかもしれないが、そういうくくり方で安心してもらっては、実際に多様化しつつうごめいている〈現代〉の内実に、何ひとつ触れることはできない。モンダイは、あくまで、ひとりひとりが、どのように多様化していくかということであり、それは、ひとりの人間としては自分化(・・・)していくということである。

●「個性の多様化」と言うコトバは「個性的」ではない。その実体があらわれるのはこれからだ。それは、旧来の「組織」をはみ出すことによってのみ、あらわれ得るだろう。個性とはもともと多様なものであるが、多様であっては困る人間が作ったのが、「組織」であるのだから。「個性の多様化」が「組織の多様化」として語られる時代を、私たちは超えなくてはならない。

4.変化のこと

●さて、いろいろ新しい事態が起きているのだけど、ちょっと面白い事実があるので、次の表を見てください。

●50代以上の老人世代では圧倒的に女の方が多い。これは、女の方が長寿であるということもあるだろうし、若い頃の戦争で、男の方がより多く死んだということもあるのだろう。30代、40代の中年世代は、男女比がバランスよく平均化している。ところが若年層になってくると男の方がはるかに多い。

●ぼくは人口問題の専門家ではまったくないけど、これはどうもおかしい、と思って、素人考えをしたことがある。

●人間の男女の出生数の比率は、「性比」といって、女子100に対し男子105〜106くらいの割合で出生するのだそうだ。これは世界共通、人種を超えた原理だ。ただし、胎児の段階で流産したり、新生児のうちに死んでしまうのは、ほとんど弱い男の方だったから、適齢期には同数になるのだろう。

●それが、この間の医学の進歩その他の理由により、弱い新生児も育ってしまうようになった。これまでの人類の歴史では、だいたい、男は戦争で大勢死んだり、災害なんかあると、男が最前線の肉体労働をやるので、大量に死ぬ率も高かったのだろう。

●でもこの数十年間、戦争も、男だけ(・・・)が死ぬ災害もなく、技術の急速な進歩によって、男だけ(・・・)が体をはってやる仕事もなくなったので、図のような男女比ができてきたのではないか。男が増え、女が相対的に減っていく傾向は、テクノロジー社会の中での人口爆発が進めば進むほど、これからますます顕著になっていくだろう。

●男尊女卑というのは、男が多数派であったからではなく、実は、戦国時代のように、男の数が少なくなった時代に育まれたのではないだろうか。逆に、「これからは女の時代」になる、というコピーの予感は、女が大勢登場してくるというのではなくて、女の数が少なくなっていくことを意味しているのではないか。

●「女の強い時代は平和である」というのは、論理の逆立ちでありまして、平和だと、女の数が少なくなって、男女関係の権力構造でいえば、女の方が強くなるわけです。選択権は女にあるわけだから。つまり「平和な時代は女が強い」というのが正しい言い方だ。

●さて、未曾有の平和と、技術進化の恩恵を得ている私たちにとって、これから突入していく社会のあり方もまた未曾有であろう。男女関係も、今までの歴史的な関係性(=世間の常識)にあぐらをかこうとすると、無理な事態がいろいろおきてそうだ。男が女を選んでいた長い時代から、女が男を選ぶ時代へと、確実に変わるのだから。

●(もともと、1個の卵子が無数の精子の中のひとつを選ぶわけだから、これは自然な事態なのかも知れない)。これから戦争が起きたとしても、もはや男だけが大量に死ぬというようなことは考えられない。(ただい、男女の産み分けという問題が出てくるかもしれないが、そうなったら、いったい、男を欲しがるのか女を欲しがるのか、まだわからない。もしかしたら、産み分け技術が完成したら、ますます男の数が増えそうな気もするが)。

●女が男の取り合いをしても、ののしりあいですみそうだけど、男が女の取り合いをはじめると、殺し合いにまで発展するかもしれない。そういう意味で、最近の若い男の子の軟弱さ、クリスタルさは、来るべき社会の中で殺し合いをしないで済むような自己防衛本能なのかもしれない。男の同性愛の傾向増加も、こう考えていくと納得できる。

●都市には男が労働力として集中しやすいのだろう。すでに東京では男の方がかなり多くなっている。「ビニ本」も「ノーパン喫茶」、結局、都市のだぶついた男人口が飛びついたのだ。

●性産業を見ても「赤線」から「トルコ」へという流れと、現在の「ノーパン喫茶」から「のぞき部屋」へという流れとは、なにかまったく異質なもののように思える。最近の性産業は「女を買う」という感覚じゃないからね。

●技術の進化は、あらゆる領域で、人間関係そのものを変えようとしている。旧来の常識が成立していた社会から、人類は大きくはみ出そうとしている。最早、あらかじめ決まっている「常識」なんてないのだ。私たちは時代の流れをみつめつつ、私たち自身の「常識」を自分らで創っていかなくてはならないのだろう。

●「ポパイ」(マガジンハウス社)と「ホットドッグ・プレス」(講談社)という男の子向けの2冊の雑誌があるけど、どうも違うな、と思っていた。そしたら、この間、「ホットドッグ・プレス」(以下HDP)を作った内田勝さんの話を聞いて、ビックリしてしまった。スゴイ人だと思ったね。男女比の問題が出たんだけど、つまり、「ポパイ」というのは、やっぱり男が女を選択する時代の発想で、ダンディズムの系譜なんですね。いかに女の子をモノにするか、という編集トーンです。ところが「HDP」は「女が男を選択する時代」という認識をはっきり自覚していたわけです。だから、HDPの誌面は「いかに女の子を振り向かせるか?」「気に入ってもらえるか?」という感じの記事がいっぱい。

●昔、多数派だった女は、少数の男を振り向かせたくて、化粧をしたりシナを作ったりしたけど、それと正反対の現象が、男の側で起きているのかも知れない。田中康夫というのは、そのことに自覚的であった人類(インテリ)であります。(「アウディ」という車は、男の子が好きな車というよりも「女の子」が好きになる車だから田中康夫も好きなのです)。