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社長日記

1976年06月24日

21ST CENTURY SCHIZOID TIMES

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rockin'on NO.22_1976_06_P.29
21ST CENTURY SCHIZOID TIMES
手紙を読む 橘川幸夫
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紙袋の中には約300通位の手紙とか葉書が入っていて、僕は、一つ一つ、読んで行く。3時間位で一応読み終えた。つまり僕は今、3時間で300人の人達と出会った訳だ。でも、その中で、何人の人と出合ったのだろう。男の子、女の子、若い子、年の子。もう4年もの時間を、僕は、あなたと出合うために待ったのです。そして今夜も300人の通信を読み終えて、2〜3人の人に返事を出す・・・・・・この空白感。

 いろんな人がいて好き勝手なことを言うのは別にそれでもいい。でも80%の手紙は最初の2〜3行読んだだけで、ただそれだけでアキちゃう。前のと同じだ。客観的でグチっぽく無責任で・・・・・・つまりそういう人達にとってROというのは、宛名のあるゴミ箱、にすぎないのでしょう。どこを向いているのか分らない視線、誰に向かって言ってるのか分らない言葉、空虚な言葉が空虚な闇に投げ捨てられているだけ。

●年齢に甘えるな!特に中学生の人なんかは、自分が14才位でロックを聞いたりROを読んだりしている事が、何か特別な大冒険かアバンチュールのつもりでいる人がいますが、全然そんな事はありませんよ。あなたはまだ大冒険への出発もしていないんだから。もし、まだ自分は若いんだから10年位経ったら私にも何か出来るだろう、みたいな甘えがあるんだったら、そんなの捨てちゃえ。そういうことを思ってるあなたの10年後のサンプルがそこら中にいるじゃないか。14才のあなたが出来る事は、14才のあなたしか出来ない事なのだから。

●だいぶ前から言われ続けているんだけど、例えば「ROは宗派的」だとか、「岩谷は教祖みたいだ」という御忠告がありますが、でも、そういう言い方って、すごく痛みのない言い方だと思いません? 僕達自身、自分が神だと思ったことはないしそんなものになりたいとも思わないけど、人が不特定多数に向ってモノを言ったり、ステージに立ったりすれば、必然的に反対派とエピゴーネンの集団が出来る、という太古よりの歴史があって、でも少なくとも、僕達は、そういう一方通行的関係はヤダ、と言い続けてきたつりだし、その辺の僕達の努力みたいなものをあなたに感じてもらえなかったら、全く僕達の未熟の至りだけど、でも実際、あなたなりのあなた表現が多数の人に見られて、それでもなおかつあなたがタダの人でである、というのは、個人的にも情況的にもスゴイ大変な事だと思うよ。でも本来はそうあらねばならぬ訳だけど・・・・・・・・・(たださあ、ロック・ミュージッシャンはロック・ファンにとって神様だから、例えば、みんなデーコンに女房がいるとなれば、みんな裏切られたと思って頭に来る訳でしょ、だけど岩谷が子供産んでも怒らないじゃない。その違いはあると思うよ。関係ねえか。)じゃあ、もう一度ちゃんと言うね。

<僕達は神様ではありません。あなたに愛してもらいたい隣人であります>

 あっ、これ、いいフレーズだなあ。自分で感心しても仕方ないけど、説明しちゃいたくなったんで少し説明すると(ホントはこれから意味を考える)つまり、神様は<汝の隣人を愛せ>と僕とあなたの関係の外側から御命令される訳ですが、僕はタダの人だから、あなたの隣にも居ますよ、という事です。多分。

●才能のせいにするな! 才能なんて言葉を使うな! それから、これもよくくるんだけど、僕は文章書く才能ないから・・・・・・とか、僕は頭悪いから・・・・・・とか、すごくグチっぽくて何か言う前に自分で防衛線をはっちゃって、そういう臆病な人が多い。だけど才能って何? 頭の良いヒト? それだったら僕なんかまずヒドイものだ。文章書くのもギターを弾くのも、技術的な文法は最低限必要だと思うけど、あとはそれをいかに使いこなし、本質的な作業をするかだと思うの。投稿してくる文章って、大体が既にテクは持ってるよね。後はテクに磨きをかける必要なんてないから、あなたが素直に出て来ればいいのです。さあ、おいで。

●最後に一言。いいですか。母さんが台所で、あなたのおちゃわんを割ったからといって、あなたがそれを非難したりバカにしたり怒ったりしてはいけませんよ。だって、あなたが使ったおちゃわんは、あなたが洗うのが本当じゃないですか。

1976年06月01日

はなさかあかちゃん

Rockin'on NO.22_1976_06_P.56
はなさかあかちゃん

● 一人の友へ
男と女は違う、僕と君とは違う、日本と米国は違う・・・・・・今までの僕達の思考方法って、全て、それぞれの特殊性・異和点を前提として、それを拡大してゆくばかりの方法だった それゆえに文学者は痛み哲学者は苦しみ宗教者は泣いたのです でもさ、これからは僕達の共通点を、素晴しき本質のみを圧倒的に拡大していきたい。だって僕と君は名前が違う、とか、育ちが違う、とか、性格が違う、とかそんな分りきった事を一所懸命に自分自身にフィックスしたって面白くないよ もう分ってるじゃないか 君が見たものは僕が見たものだし、君に今起こった事は、ほら、僕にもこうして今起こっているよ 

● 一人の友へ
何で戦後のものすごい経済成長があったのか、って考えて、もしかしたらそれは皆んなが淋しかったからかも知れない、と思ったのです 戦争で、友や肉親やたくさんの人が死んで、生き残った人は、もう悲しくて、仕事でも何でも夢中になるしか自分を支えきれなかったのかも知れない、と、思ったのです 思っただけです、理由はありません ・・・・・・今日、僕の代好くな、板橋のおばちゃんから連絡があって、もう幸夫とは大分会ってないから、死ぬ前に一度だけでも幸夫に会っときたい、って・・・・・・あれば小学校3年の頃だった 僕は近所の銭湯に入ってて、突然、啓示のように<おばちゃんが死ぬ>という意識を受信したのだ すごく悲しくなって、僕は頭を洗いながら泣いていたハズだ でも、それは、絶対に、死への恐怖からではなく、こんなにもこんなにもおばあちゃんを愛してるって泣いたんだ

● 一人の友へ
人はパンのみで生きねばならない、という昔のROに書いてあった事を思い出して、今夜はそんな事を考えていた 今、食べてるパンの中には多種多様の神が入り込んでいる、とか、松村の文章が一番写植を打ちやすい、とか、そんな事を 確かに、 パン以外のもので生きようとして、西欧人(僕らも)は芸術を、科学を、戦争を、目指した訳で、そういうカラクリを知ってしまったから、僕は、僕を、否定した そして今、僕は、おいしいパンを食べたかってるがっつきやの僕を肯定しています つまり、機械になりたい、と言って現実的に機械になりたい、と言って現実的に機械になってしまう人は、やはりどこかおかしいのではないか バカダネェ〜、いろんな化粧を落としたらあとは、普通の、タダの人間になるしかないのでないのさ


毎日いろんな事がある。毎日いろんなことが起る。わあっ、僕は、もう、すごくて、毎日、毎日、僕は、ぼくは、すごいなあ。笑ったり怒ったり泣いたり憎んだり馬鹿にしたりされたり、すごいなあ、うん、すごい、すごいよなあ〜、もうこれ以上もこれ以下もないよなぁ〜、笑って、泣いて、でもそんな事がちっとも僕の方に帰って来ないから、やっぱ、すごいなあ、うわあ、うわあ、はちきれてしまいそう。僕をやわらかな僕達の連鎖へと導くものは、微笑そして膝。これからも、僕は一人で思考したり悩んだりしないで、皆んなと一緒に考えたり遊んだりしたい。今、実感として、大勢の微笑があり膝がある。だからもし僕がつまんない事でイジケたり、頭に乗ったりしたら、しかって下さい。孤独とは、そう孤独とは隔離されて孤立してしまう事ではない。それは敏感になる事だ。裸になって、僕達の世界に飛び出して、全身くまなく刺激を浴びることだ。そうだよな、俺、刺し抜かれてもいい!!まあそういう事だ。師は仲間なり。