category

rssフィード


Movable Type 3.2-ja-2

社長日記

1973年09月03日

予感の音色について

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
標題=予感の音色について
掲載媒体=rockin'on 1973年10月号
発行会社=rockin'on
執筆日=1973/09/03
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

予感の音色について
But I fear tomorrow I'll be crying
Yes I fear tomorrow I'll be crying

 誰もが予感する事は出来るし、予感している。問題なのは、自分の予感を、信じる事が出来るか、という事なのだ。狂おしいまでの予感にまみれながら、なおそれでも素面で生活し得るか。

 予感とは意識ではない。認識ではない。感情ではない。

 存在の影の方向を意識と呼び、影の面積を認識と呼ぶのなら、予感とは、その影を一歩踏み外した淡い輪郭である。影の影。

 60年のキングクリムゾンの予感は、今まさしく現実である。結局、今、笑っているやつらが最後にも笑っているのだろう。それならそれで良い。最後に笑うものになりたいとは思わない。

 予感とは平たく言えばこうだ。例えば三、六、九筒でテンパイしてて、何か和れそうな気分になるのは予感ではない。自信だ。それより、辺三筒の地獄持ちで、状況は絶対不利だが、しかし和れそうな気がある、というのが予感だ。予感は危険であり、そうであるが故に、危険な局面では予感しか信じるものがない。と言いながら、親に六筒振り込んだりして。アハハハ、めずらしい事じゃない。自分に裏切られたのだからしょうがないよ。

 ところで一度抱いた予感が現実になった以上、最早、予感だけに頼って生きているべきではない。予感にうちふるえているだけが能ではない。

 そうは言っても、予感には根拠がなく予感を裏付ける何ものもない、というのが予感の正体である。予感とは経験ではない。私たちを待ち受ける見知らぬスナイパーの気配である。予感は未来を経験することだ。

 夜が個人の影を呑み込んでしまうように、予感の暗い愉悦が意識を溶かしてしまう。予感とはだからもしかして、死後の現実ではなかろうか。

 ニューロックは音色である。音に色を彩けた、つまり耳で音を見るという発想が〈ニュー〉であったのであり、そうであるが故に、その〈ニュー〉なる部分から腐解していく。例えば、その色は、レッドでありパープルでありブラックでありピンクでありシルバーでありクリムゾンである。クリムゾンは殺戮の色である。殴られてはれあがった口唇のうずきである。

 ところで音色から色がはぎとられて行き乾いているが、断固たる音だけが残ってくる、という状況の流れがある訳だ。それが宮殿のスキゾイドマンとライブ盤のスキゾイドマンとの落差だ。

 でも、そう何もかも情況の所為にしてしまうのも間抜けている。つまり、予感をもっと自分の肉体の側へと引き寄せなければ駄目だ。予感とは、情況と個人を通低する風のような接点であるのだから。

1973年09月02日

「疾走と微笑」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
標題=「疾走と微笑」
掲載媒体=rockin'on 1973年10月号
発行会社=rockin'on
執筆日=1973/09/02
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 歌は体験であり、そうである限り、歌は全き私性であると言えよう。あの時の歌はまさにあの時の事実を内包している事によってあの時の私を換起し得る。今、ビートルズのデビュー時を語る者が、たいがいブザマなのは、語る者の視線がビートルズそのものへと突いてはおらず、むしろ、〈ビートルズを聴いていた私〉へ向かって激しく思い入れられているからだ。現在聴いていても全く変質していない、あの歌そのものと、現在のあまりに変容してしまった〈事実〉〈私〉そのめくるめく落差を凝視める前に跳んでしまう無理がブザマなのだ。脱穀を脱穀と認識するという事は決してそのように燃えるという事ではあるまい。ブザマの範囲から僕自身を棚に上げる事ができないにせよ、ブザマである、という事はどうみたって自己肯定してはいけないのではないだろうか。

 僕たちの過去は何ひとつ完了していない。だのにCFRの熱気もウェストコーストの健康さも、今の僕には、遠い他国の見知らぬ部屋にかけられた風景画のように無縁だ。僕は風景画に押し込められる以前の、紺青の空もまばゆい陽も、燃える想いも良く知っている。知ってはいるが無縁だ。そう呟く事は嘘だけど、そう呟かなければ僕は、もっと巨大な嘘に連行されてしまうような気がした。

 バニシングポイントという映画を、かなり遅れた観た時、図式的とも言えるほどの単純さに、以前からの友人たちの絶賛ほど良いとは思えなかった。しかし、今、思ってみるとその単純さの中にこそ現在の方向性を差示している大きな問題を孕んでいるのかもしれない。

 ファーストシーン。緑色の道路に巨大なブルドーザーが行く手を塞ぐ。疾走するコワルスキーがまさに〈袋のねずみ〉!というシーンから物語が始まる。自明の事だけど、誰の生涯も生誕のその瞬間にバニシングポイントが設置される、という袋のねずみに他ならない。それを承知でコワルスキーは袋の中を疾走する。いや、それを知ったからこそ疾走を開始したのだ、と言うべきなのかもしれない。

 イージーライダーには観光映画のようなシーンがたくさんあって、美しいアメリカの大地、という嫌味が鼻についたし、バンドなんていうのも今から思えば、御当地ソングであったかも知れない。だがコワルスキーには誇るべきアメリカの何ものもなく、ただフリーウェイと砂漠の中を疾走し続ける。コワルスキーの疾走は、言葉の解説を拒絶したある種の同感ででしか応えようがないわけだが、その彼が、疾走の涯にブルドーザーを再度、見出した時、これまた何とも言えない異様な微笑を現す。彼は一体、何を、誰を、笑ったのだ。逃げ切れぬ自分をか。追いきれぬ警察をか。何が何だかわからなくなって途方にくれているスーパーソウルをか。僕をか。コワルスキーは逃亡者ではなく追跡者であったのだろうか。

 この微笑を獲物を射程距離に捉えたハンターの欲望と誤解してはならない。

 コワルスキーもまた生涯を疾走してきたのだ。彼の精神のバニシングポイントは、ベトナムであり恋人であり職業でありしただろう。そうして蓄積されたわだかまりが、あたかもふっ切れたように微笑んだ。恐らく彼は、比岸と彼岸のはざまにある、全く異なる領域に突入していたのであり、この微笑みは、そこでの、ある納得を示しているはずだ。この瞬間において彼は最早、逃亡という事も陸走という事も、そしてブルドーザーに激突するという事さえも彼の目的ではなくなったのだ。行為とはこのようにして地平を越える事なのかもしれない。

 人は四面楚歌の真直中に置かれた時でも、自己の意思を確認する事によって、いくらでも強くなる事はできる。少なくともそこでは〈負ける〉ということはないのだ。人がその存在を危うくするのは自分の内側に楚歌を聴いてしまった時である。自分の内奥から、誘いに似た声を聴いた時である。

 アメリカは歴史のサーキットをその楽観のおもむくままに全力疾走してきた。〈われわれが走るのを止めたら、アメリカは生き残れるのだろうか。〉というE・ホッファーの不安は、アメリカというものの存在理由そのものに対して不安であった。コワルスキーは、自動車の運転を命ぜられれば自動車の運転をし、それと同じ位置で、ベトナムに行けと言われれば行って人を殺してくる、といった、何の変哲もないアメリカの〈良心〉であり、疾走の核であった。しかしアメリカという枠組みは異様な変色を呈し、コワルスキーはアメリカそのものであるにも関わらず、アメリカから弾き出され、自らの裡に楚歌を聴いてしまったのだ。内面楚歌の真直中で敗北の何たるかを知った時、彼は異形の〈アメリカ〉に対して、自分自身が楚歌である事を確認したのである。キャプテンアメリカは、アメリカの風景として殺されて死んでいったわけだが、コワルスキーはアメリカそのものと激突したのだと言うべきである。

 そしてジャニスも。ジャニスも巨大でグロテスクな自らの影に激突したのである。僕がロックをまっとうな意味で聴かなくなったのも、その瞬間である。その時の僕にとってロックとは直線的な疾走以外の事ではなく、それは僕自身の楽観の疾走であった。例えば、〈ヘアー〉に対して当時ある批評家が言い当てたように〈白樺派〉に過ぎなかったのが事実であるにしても、僕はアメリカのロックに対してはそのオメデタサをオメデタサの故に批判しようなどとは思わない。それはジャニスやジミヘンの死を単なる偶発的な事故に帰してしまう客観的態度が僕にはないからだ。彼らの疾走の涯の死は、むしろ悲しい必然であった。

 日本の戦後も疾走の日々であった。そして戦後精神、というようなものがあったとするならば、やはり戦後そのものと激突して自滅したと言えるだろう。見物人でしかない生者にとって自滅が鮮やかであろうはずがない。自滅者の想いが鮮やかであればあるほど僕たちは暗くならざるを得ない。

 それでも僕たちは、ひとつの共通の夜をくぐり抜けたのかもしれない。夜という可変性の胎内で、僕たちは僕たち自信をどのように変容し得たかは、また、ひとつの夜を待たなくてはなるまい。今さらいうまでもないが僕たちは、とうの昔に、バニシングポイント以後に来てしまっている。


1973年09月01日

ピンクフロイドン

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
標題=ピンクフロイドン
掲載媒体=rockin'on 1973年10月号
発行会社=rockin'on
執筆日=1973/09/01
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 食事を断ってから5日になる。こうした子供じみた行為は相も変らぬ僕の気紛れである。

 食物のイメージが浮かんでくる。――だいこんおろし。ひじき。おから。のりのつくだに。――あまり調理した食物のイメージは浮かんでこなくて、そういうのはむしろ――アカシヤ。石の家。いもや。南海。――といった具合に食物屋の店先のイメージが先行している。食物が浮かんできても実にリアリティが欠けていて、それは胃袋でなく頭が要求しているからだ。僕の胃袋はもう他人の所有のように何も語らなくなっている。ここ数ヶ月、実にそうだったんだ。食物屋の総体的イメージに誘われて、店に入り注文をしてから、実は少しも腹が減っていない事に気がつき、それでも出されればもったいないから全部食べる。度々そういう事があった。想像力と欲望とが微妙に食い違ってきていた。

 6日目。朝飯代わりにピンクフロイドを食う。アランのサイケデリック・ブレックファースト。イメージだけ腹一杯になれば良いんだ。と思ったが、想像力が欲望を再び起こしてしまったようだ。

 アトムハートマザーという標題から単純に想い起こすのは、僕なら鉄腕アトムの胸からポトリと落ちた人工心臓であるわけだが、ジャケットの牛さん達も、あれはやはりロボットでなくてはいけない。原子心母という訳、ミゴトだけど、ハハがボと濁って発音する所が気に食わない。母はやはり母であり永遠な無機であり死であるような、透明な純粋物質である。日常的な母はボでもババでも良いが、ハートマザーはどうしてもハハと呼んで貰いたいところだ。実はハハとは人間ではないのだ。それは石っころとか機械であっても少し困る訳ではないが、鉄腕アトムというのはもしかしたら女だったのではなかったか。

 ピンクフロイド空間、というものがあるとしたら、それは〈ぬるま湯にだらしなくつかっているヨイヨイじいさん〉の状態であろうか。それはもしかして、クレジオが言ったところの〈無限に中ぐらいなもの〉という奴だろうか。そこでは、僕たちの疲労の根幹である、執着、を忘れるのでなく捨てるのでもなしに、しなくなるのであって、要するに、僕たちはそこで何かを見るのではない。実は、何も見ないのだ。この、眼を開けたまま何も見ない、という状態が、日常生活での執着からの解放の第一歩であろう。何しろ、ピンクフロイドには、始まりと終わりがあるが、僕たちの生という奴には、始まりもなく終わりもなく、まして、中間なんてないのだから。

 7日目。通勤電車の中で、想像力と欲望とはどう違うのか、てな事ばかり思っていた。何かが、ふっ切れたような気がした。その瞬間、何も見えなくなってしまった。今まで何かが見えていたと思っていた事が幻だったのか。それとも、今、見えているものを理解できないでいるだけなのだろうか。

 僕たちの日常の悲哀は、日常が、つまり時間が解決してくれる。だが時間が解決してしまうような問題はニセモノではないか。何故なら、その時間こそが問題の発端であるはずなのだから。僕たちは時間の波におもちゃにされながら、しかし少しずつ確実に沈殿した毒を持ち得るはずだ。

 日常が虚構だとして、虚構を突き抜ける為にもうひとつ別の虚構を創らなければならないだろう。そういう毒が要る。だけど僕は日常というものの虚構性、曖昧性不安定性を声高に責める気にはならない。日常が虚構だとしてその虚構にあたふたしているのは、まぎれもない現実であるから。ただ、一つだけ確認しておきたいのは、現実の重たさ、とは、まさに現実その過ちの重たさに他ならないんだ、という当たり前の事。

 もうひとつ別の虚構、とは何か。それはもしかして、ピンクフロイドであり断食でありロッキングオンであるかもしれないし、全然違うのかもしれない。ピンクフロイドを僕はあまり好いていなかった。これまで僕は外部からこん棒でぶっ叩かれ続けるような音ばかり追いかけてきたが、どうやら暴力というのはそういうものではなさそうである。とりわけ自分自身に加えられる暴力という奴は。


Chicago 此/ Chicago

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
標題=Chicago 此/ Chicago
掲載媒体=rockin'on 1973年10月号
発行会社=rockin'on
執筆日=1973/09/01
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 今年の夏は、人が言うほど暑くはなかった。全員不快の日、でも〈不快〉ではなかった。それは何時の頃からだったろうか。それまで僕は夏になれば〈冬が好いなぁ〉と思い、冬になれば〈夏が好いなぁ〉と思っていた。何かが倒錯した。暑い、とか寒い、とかいった皮膚感情より以前の納得を持ってしまった。しかし、夏になれば夏が好い、と思うほうが自然なんじゃないだろうか。

 それでも今年の夏、〈暑い〉と感じた数日間があった。お盆とかで、三百人近い人々が東京から消えた時だ。その時の太陽は暑かった。青空が恐かった。とっくに失われていた東京という霊がさ迷い出た感じだった。

 シカゴのように暑かった。爽快だったかも知れないが、結局、ここまで来てしまった僕には、きまずかったし、なじめなかった。最近の東京の夏は、昔のように、あるいは田舎のように、直射の暑さではなく、じわじわと包囲してくるような濁った暑さだ。平気で馬鹿になれる。僕の肉体構造にそれはなじめるから〈不快〉ではないのだ。

 シカゴについて語るには、あまりに初期の印象が強すぎる。機Ν兇靴知らない僕が突然垢膨礁未靴討癲▲轡ゴ自身その落差を見るよりも先に、自分自身の断層に圧倒されてしまう。シカゴは今日もあの日の太陽のように正しい。しかし、その正しさは、僕(たち)が放棄した正しさだ。

 シカゴもそれなりに年をとった。かつての軍艦マーチのような音は薄らいできた。顔立ちにも落書きが出てきたし、成熟したと言うのだろうか。しかし、シカゴは少しも変わっていない!

 それが成熟だと言うのなら、さっさと世の中のことでも、人間のことでも、分かっちゃってくれ。こちとら、そんなの分かりたくもねぇや。

 シカゴは、自分の信じている道を、自分の信じている足で、力強く歩く。素直なまなざしで、物事を正確に見る。実に健康で、実直だ。

 それで僕は何だというんだ!どうやったって自分なんか信じることが出来ずにふらふらして、はすかいでしか何も見ることがなく、いつも勘違いしている、不健康で、だらしない、僕は。

 しかしとてもじゃないけど、素面でシカゴみたいな顔にはなれず、結局、あんたとは出発点が違うんだ、と言うしかない。言葉の正確な意味で人種が違うんだ。僕はレコードを体系的とか構造的に聞くことが出来ない。ソロであれグループであれレコードはひとつのトータルな人格だからだ。僕は、〈シカゴ〉という人間を想定してからアプローチするしかない。もし、あんたの方が、俺の方が正しい人間なんだ、と言うなら、僕は別に人間なんかじゃなくたって一向に構わないさ。

 シカゴも、オースザンナへ帰って行く。帰る所がある人は帰った方が良い。帰って、もう二度と帰れないように叩き壊して来い。勿論、そんなことを、シカゴや三百万人に期待する方が馬鹿げている。アメリカのバンドは、アメリカそのものを叩き壊す音を創れずに、吸収、調和されてしまった。本当に打倒すべき敵は、先ず、自分自身だ、という発想が欠けていたのだ。

 シカゴの相も変らぬ一本気な音を聞いて、僕は、虚構の上に創られた虚構が一番強固な虚構だ、と思わざるを得なかった。

Janis Joplin Greatest Hits / Janis Joplin

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
標題=Janis Joplin Greatest Hits / Janis Joplin
掲載媒体=rockin'on 1973年10月号
発行会社=rockin'on
執筆日=1973/09/01
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 昨夜は頭の中が陣痛のようだった。手紙を4通も書いた。今となっては、物理的にも精神的にも、あちこちへ散ってしまった友人たちに対して、何か言いようのない熱中さで、書いた。怒りのような速度で、書いた。それぞれがそれぞれの場で何をしているのかも知らないが、それでも、私がその時、凝視めいていたものを、あいつも同じようにして凝視めいているのだという事だけを、信じていた。〈夜に書いた手紙は夜に出した方がいい、朝になるとたいがい嫌になるから〉と言っていた友人がいたが、結局私の手紙もそうなってしまった。それでもその夜私は、はっきりと信じる側にまわったと思った。

 私がものを書く、とは、それがどのような形式をとるにせよ、それは、手紙だ。それは、具体的な他者へであり、見知らぬ者へであり、あるいは見知らぬ自分へ向けての、である。

 しかし死者にだけは手紙を書けない。死者は許容もしなければ無視もしない。死者に語るべき理由も方法も、ない。

 死について語ることと死者について語ることは決定的に違う。死は観念であるが、死者はまぎれもない一個の肉体であるからだ。ジャニスは死んだが私の内部では今もみずみずしく生き続けている・・・・・などと白々しいことはとても言えない。その時、何かが確実に死んだのだ。個人的に関係した死者達、あるいは時代的に関係した死者達、彼らは、最早、無機の世界へ帰ってしまい、名前だけしか残っていない。彼らの死をかかえこんでしまった私の内面に捲かれた種は、死という観念の視線だ。いささか逆説じみるが、今は、忘れてしまうことが彼らに対する最大の供養であるような気がする。

 私達は死をかかえこまざるを得ないほど弱いが、死者をかかえこめるほど強くはない。
 無数の死者があり、それぞれ無数の死者の困惑がある。しかし死はただひとつだ。それはつまり私の死だ。
 死は確認に過ぎない。
 死者は証拠に過ぎない。


 日射病(異訳サマータイム)

 街角を
 子供連れの親子三人が
 通り過ぎた
 あはははは
 恐怖だよな
 
 夏の一日に
 意志があるとしたら
 それは
 太陽の素顔ではなく
 溶かされた大地と
 溶けきれぬ私との間の
 ゆらいだ支点ではないか

 明確な影というものがある
 そして
 明確な影をひきずった
 曖昧な肉体というものがある

 私は今
 全身で生きているが
 実はそれが
 私の
 恐怖の表面積であった

 ああ
 そんなに楽しそうに笑わないでくれ
 笑うなら
 もっと
 もっと
 真面目に笑ってくれ!