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ぼくらに英語が分からない本当の理由
岩谷宏
一般書籍
  • 価格   2200円(税抜)
  • ジャンル 社会・歴史・思想・ことば
  • 仕様   四六判/320ページ
  • 発売   2007年6月発売
  • 発行   オンブック
  • ISBN978-4-902950-51-9 C0036

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内容紹介
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本書は、1982 年にロッキング・オン社から刊行された『にっぽん再鎖国論−ぼくらに英語は分からない−』を改題し、25 年ぶりに復刻したものです。アルファベット順に、さまざまな英語のキーワードをとりあげながら、英語と日本語の発想の違いを明快かつ鮮やかに説いてくれる内容は、「目から鱗が落ち、英語にも日本語にも理解が深まる」「英語を鏡にした画期的な日本文化論」として、ロック世代を中心に大きな反響を巻き起こしました。オンブックは、時代を超えて読みついでほしい“21 世紀への贈り物”として、本書をお届けします。外国語ブームや韓流ブームにわき、異文化コミュニケーションの輪がますます広がるいまだからこそ、ひとりでも多くの人に読んで欲しい一冊です。

●まえがきより
 イギリスとアメリカが世界制覇をした後遺症の中で生きている私達は、直接的にも間接的にも、また制度的にも非制度的にも、英語の学習を強いられつつ育ち、生活している。世界が多極化したといわれる今日でも、英語専門学校、英会話ブーム、幼児の英語塾、等の現象にみられるように、英語の学習にはいっそうの拍車がかかっているようにも思える。
 しかし、たいがいの日本人が、英語にスムースに熟達しない。日本人すべてが、もしかして、英語に対し、根本的な異和感を覚えているのではあるまいか?皮膚移植の場合、他人の皮膚だと、人体は必ず拒絶反応を起こすが、これと似た現象が、日本人と英語との間にあるのではないだろうか?
 そもそも私達は、はたして、中学一年から始まる英語の学習ステップを、そのつど、本当に「わかって」通過してきたのだろうか?むしろ、どーもよくわからないままに、心の底にためらいを残しつつも、やみくもに通過してきたのではないか?にがい薬や、まずい食べ物を、味を確かめるのがイヤだから、急速に呑み込むようにして…。
 また、“カタカナ”を用いることによって、いまではほとんど日本語化しているようにみえる多くの英語も、英語の元の意味とは相当にズレた意味で用いられているのは良いとしても、往々にしてそれらカタカナ英語を用いることが、そこが論理上の一種の“ごまかし点”となり、ことの実体から目を蔽い、個人と社会の健全な進化成長を停滞させる“マヒ剤”のようなものになってはいまいか。それは一種の“思考放棄”にも思えるのである。
 筆者と英語との関係は、もっぱらホンヤクでメシ食ってた時期もある、といった程度のものだが、仕事等を通じて英語により近く接するほど、日本語と英語との間にある根本的な《異和》、《断絶》を、よりハッキリ意識させられる始末となった。しかし、そこに、その都度とどまっていたのでは、学習も仕事も進まないので、いつも、適当に、飛び越えていくのである。
 本書は、筆者が、あるいは日本人の英語学習者の多くが、その都度、えいやっ、と目をつむって飛び越えてきた箇所の、再点検である。結果は、英語を鏡としての日本文化論になった。そこで、少々大げさな書名にし、また、内容も、単なる言語分析を大幅に踏み越えるものになった。
 とりあげた項目数は、一冊の本の分量として適切な数量にとどめた。また、順番は、本書の論旨の基本概念を示すと思われる項目を、できるだけ頭の方にもってきた。そして、項目ごとに短かいエッセイを入れたのは、論旨にひろがりをもたせ、また、本書の全体にリズムをもたせるためである。
 個人においても、民族においても、なにかお互いに“同じ”であるとか、“共通である”とかいったことよりも、むしろ個々のもつあきらかな“ちがい”の方が、個々の真価につながり、相互尊重の基盤になるものであろう。その意味で、本書はみずからの“ちがい”を忘却してつっ走ってきたかに思える近代日本への、一種の批判の書のつもりでもある。
昭和五七年三月 岩谷宏

■本書を推薦します
「日本人必読の名著、25年ぶりの復刻を心から慶びたい」
金谷武洋/モントリオール大学東アジア研究所日本語科科長

 本書は、英語と日本語の根っこを支えている発想がいかに違っているか、そしていかにその違いが指摘されないできたかを訴える力作である。その発想の違いこそが「僕らに英語が分からない理由」なのだ。全体として秀逸な「英語を鏡としての日本文化論」になっている。絶版になって久しかった名著が25年を経て復刻されることを心から慶びたい。
 「a」から「Wild」までABC順に様々なキーワードごとに日本文化と英語文化が「腑分け」されていくのだが、そのトップバッター「a」がいきなり場外ホームランだ。僕がこの本に一番啓発されたのは、ここで展開されるコトとモノの区別である。岩谷氏は「I am aboy」の「a boy」はモノだが、「僕は少年だ」の「少年」はコトだと喝破するのだ。モノだから「a」と数えられる。一方、「少年」は「少年であるモノ」ではなく「少年であるコト」を指すのだ。だから複数でも「僕らは少年だ」と言える。
 こう岩谷氏に説明されると、数量表現が英語と日本語で違うことに気付く。「Three boys came」と「少年が3人来た」を比べてみよう。Threeの方はモノを数えるだけだから形容詞的にboysの前に来るが、「3人」は「少年が」の前でも後ろでもいい。こっちは「少年が来た」というコトにかかる副詞だからだ。誠に、日本語の事(コト)は言(コト)なのである。そこから「コト+ハ=言葉」が生まれ、「私のコト、好き?」とも言えるわけだ。安易な「英語公用語化論」や英会話学校の氾濫する今日の日本だが、その発想が日本語とどう違うのかを明快に解く本書は、初版から四半世紀たった今なお日本人の必読書である。

※金谷武洋氏は、ベストセラーとなった『主語を抹殺した男 評伝三上章』(講談社)をはじめ、『日本語に主語はいらない―百年の誤謬を正す』(講談社)、『日本語文法の謎を解く―「ある」日本語と「する」英語』(筑摩書房) などの著作で知られる、気鋭の日本語学者です(オンブック・注)。

著者プロフィール
1942年京城市(韓国)生まれ。京都大学文学部フランス語学科卒業。卒業後、パンニュース社にて英文と仏文の翻訳業務に携わる。ロック雑誌「ロッキング・オン」の創刊に関わり、創刊時より精力的に批評を展開。現在、フリーのライター、翻訳家として活躍中。
主な著書・訳書:
「ロック訳詞集・世紀末解体新書」「ビートルズ訳詞集」「岩谷宏のロック論集」「ロックからの散弾銃」「ザ・ポップ宣言」「にっぽん再鎖国論−ぼくらに英語はわからない」(以上、ロッキングオン社)「ラジカルなパソコン入門」「ラジカルなプログラミング入門」「基礎からわかるインターネット」(以上、筑摩書房)「ラジカルなコンピュータ用語辞典」「Javaの哲学」「Linuxの哲学」「暗算の達人(訳書)」「怠け者のためのパソコンセキュリティ」(以上、ソフトバンク)「JavaServer Faces完全ガイド(訳書)」「軽快なJava(訳書)」(以上、オライリージャパン)「ひとつ上をゆくJavaの教科書」(技術評論社)他多数。
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